――――――――…最悪。
想像だけで疲れてしまったツォンは、それだけは阻止せねばとルーファウスに向かって否定の言葉を向けた。
「駄目です。今日は帰ります」
それから無駄と分かっていても一言こう付け加える。
「今日の事は一切口外してはいけませんよ。私とルーファウス様だけの秘密です」
「何?秘密?」
「そうです、秘密です。折角二人だけの秘密なのに誰かに言ってしまったら、幸せが逃げてしまいますよ」
「そうかあ…それはマズイな」
何やら秘密という言葉に魅かれたルーファウスは真剣にそんな言葉をもらして考え込む。それを見たツォンは、しめしめ、などと心の中で思っていた。
ここまで言えばルーファウスは誰にも今日の事を言うまい。そうすればツォンが明日、疲労することもない。
そもそもツォンとて二人だけの秘密であれば、もっと色んなことを口にしたいと思っていた。それこそ恥ずかしい台詞も真顔で言えるかもしれない。しかし後々を考えると言えないのが現状である。
「分かった。今日の事は二人だけの秘密にしよう」
ニコニコと笑ったルーファウスはそう言って納得をした。
その笑顔を見て、ツォンもなんとなくホッとする。やっと分かってくれたのだろうか、やはり説明の仕方がモノを言うようだ。
じゃあ、そう思ってツォンは、久し振りに少しばかり恥ずかしい言葉を口にした。
しかし、やはり少し恐かったのでちょっぴり脅しの言葉も交えて。
「秘密を守ってくれるような貴方なら、全てが愛しいですよ。全てが欲しいです。でも秘密を守れないようでは別れなければならないですけどね」
その翌日。
きちんと別々の場所から出社を果たした二人は、それぞれの仕事をしていた。それは正にいつも通りである。
しかしその日のツォンは久々に心が軽かった。
今日はレノに何かを言われる心配も無いし、偶然セフィロスに会っても普通の世間話で済むことだろう。そう思うと仕事もはかどるというものである。
―――――――が。
……やはりその日も“いつも通り”だったのである。
背後からかけられた声にすっきりした声で答えたツォンだったが、その内容に思わず口をぽかんと開ける。
………まさか!?
「ツォンさん~昨日は極悪だったんだって?」
何故予想したのと似たような言葉を吐かれにゃならんのか?
「な…何の話だ?」
まさかルーファウスが話したはずはあるまい。何しろ昨日は素直に言わないといってくれたし、それなりに脅し言葉まで付け加えたのだ。秘密を守れなければ別れるとまで言ったのに。
しかし―――実はその言葉こそ災いの原因であった。
「ツォンさん、とうとう別れ話出したらしいじゃん?」
「は…?」
別れ話?
「貴方が欲しいだとか何だとか言って散々やっちゃった後に用済みだなんて極悪なんだぞ、っと」
「待てーっ!何だソレは!!」
そんな話がどこから来たんだ!?そうすかさず思ったが、心当たりは一つしかない。…それこそ悲しい。
しかし今度こそ話が飛躍しすぎである。
これは何としても否定しなければ、そう思ったツォンだったがレノはあくまでいつもの調子で話を飛躍していくのだった。
「しかも何?ヤニふかしながら凉しい顔でこの事をバラしたら駄目だとか言ったんだって?バラしたら副社長の命の保障は無いだとか何だとか…いや~いくらタークスとはいえ上司にそれは無いよなあ」
「おいおいおいおいっ!まずそれは違うぞ、レノ!」
“幸せが逃げる”が何故に“命の保障は無い”になるんだと言いたい所である。
しかしスッカリそれで納得してしまっているレノは、ふむふむと頷いたりして全然ツォンの言葉など聞こうとしない。
「まあそりゃ副社長も悪いことしてるけど。でもツォンさんにマジぼれだっただけに少し可哀想かもな~」
「おい!聞いてるのか、レノ!」
聞いてる訳が無い。
「あ~でもさすがにホテルに監禁もマズイよなあ」
「……」
――――――誰か…助けてくれ…。
…ツォン、心の叫びである。
あまりに話が飛躍しすぎて一気に心労が募ってしまったツォンは、よろよろと廊下に出ると、まずは落ち着こうとレストルームなどに向かう。
しかし。
こういう時に限って更に悲しいことにセフィロスなどに出くわしてしまうのである。何故いつもこうタイムリーなのだろうか。まるでこの会話を繰り返すために此処にいるかのようである。いや、結果的にはそうなる気がするが。
そして、当然のように、例の如く、会話発生。
内容は―――言わずと知れた例のものである。
「ツォン、お前…大変なことをしたものだな」
…その先はもう聞きたくないと思うツォンをよそに、セフィロスのトーク開始。
「ホテルのスイートにルーファウスを監禁の上、暗殺未遂まで…最悪だ。その上、逆らったからといって強姦…はあ、さすがの俺もそれだけはできんな。まあお前の気持ちも分からんでもない。確かに極秘事項を漏らそうとしたら口は塞ぐべきだ。しかし別の口を塞いでもなあ…。でも、アレだ」
その「アレ」が恐ろしい。
「ちょっと待て!私にも喋る隙を…」
そんなものは無い。
「極秘とはいっても単にお前たちの情事ビデオだろう?そんなものを秘密にしてるから駄目なんだ。何だったらそれを肴にベットで…ああ、いかん。俺としたことがこんな俗的なことを口にするとは。ああ、ツォン。分かるぞ、分かる。確かにルーファウスとの付き合いにいちいち金を出していたら底をつく。しかしだな、だからといってそのビデオを売って金にしようというのはさすがに安直だ。もっと利口な方法があったんだ」
「待て待て!ビデオって何の話だ!?」
そんなものあったら、とっくに廃棄してる。
しかも更に話が飛躍しているではないか。というか飛躍しすぎだろう。
しかしそんなツォンの悲痛な叫びはセフィロスには到底届きそうも無い。それもいつものことである。
「俺には関係ないとはいえ、感心…いや感動すらするような話だ。まあルーファウスもルーファウスだからな。暗殺未遂までされてまだお前の気持ちに気付いてないんだからな。この際別れた方が良いのではないか?暗殺はその後にゆっくりやれば良い。…ここだけの話、恋人関係では処置のごまかしがきかんからな」
何故そこでコソコソ話の声量になるのか不思議だ。
「なに、気にするな。ビデオの件なら俺が請け負おう。一番高く売れるところを知ってる。…これもここだけの話だがな」
「違う!だからだなっ!」
しかしセフィロスはそのツォンの言葉をさくっと無視して、あるモノをツォンの手の平に置いた。
それは――――――……
「“素人裏ビデオ…高く買います!今ならポイント還元!”…?」
――――ポイントを貯めるとどうなる…??
…ということを考える隙もなく、セフィロスはふっと笑ってツォンの肩をポン、と叩くとそのまま去っていった。
――――…というか。
「……話が全然違うって言ってるだろうがーっ!!!」
何がどうなってそんな話になったのかも良く分からないまま、ツォンは叫びを上げるしかなかったのだった。
ちょっとした、最後の脅し言葉が引っかかったルーファウスは、秘密は守ると頑なに思っていたにも関わらずこんな事をレノとセフィロスに言っていた。
秘密を守れなかったら別れるってツォンが言うんだ、と。
それはいわゆる相談というやつに当てはまるが、相手が悪かった。
レノとセフィロスは言ったものである。
秘密って何だ?、と。
そこでルーファウスは守らなかったら別れることになってしまう秘密がどんなものであるかをサクッと説明してしまった……と、そこから話は一気に飛躍したのだ。
その秘密を説明するには昨日の状況を説明しなくてはならないわけで、その説明の断片だけを拾ったレノとセフィロスは、ところどころを繋ぎ合わせて、正に変ちくりんな話を作り上げていた。
まだマトモだったのは、二人の口からその話題を聞いたのがツォンだけだったという点だろうか。
ああ、口は災いの元だ。
ツォンは改めてそう思うと同時に、暫くルーファウスに色んな事を言うのは止めようと決意したのだった。
恥ずかしい言葉は勿論のこと、脅しの言葉も。
結局どう転んでも「いつも通り」にしかならないということを悟ったツォンであった。
END
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