ここにいる(1)【ツォンルー】

ツォンルー

インフォメーション

■SWEET●MEDIUM
他でもないツォンの言葉だったから、信じていたいんだ。

ここにいる:ツォン×ルーファウス

 

初めて口付けを交わしたときのことを、覚えている。

ほんの少し試すみたいに口にした告白に、わずかばかりの期待をかけていた。それでも、きっとこの部下はそんなことは受け入れないだろうと思っていた。

けれど、思いがけずその部下はその告白を受け入れたのだ。

『貴方にそんなふうに思って頂けるなんて光栄です』

彼はそう言っていた。ごく真面目な顔でそう言った。

だから、少し嬉しかったのだ。

例え、その人がその人自身の意思で手を伸ばしてくれなくても、それでも嬉しかった。

 

寂しいから一緒にいていいかと聞くと、その人は、どうぞ、と言った。

たまにはキスしたいなと言うと、その人は、少し困ったような顔をしてキスをくれた。

そうしてほんの少しの時間だけ、恋人になれる。

大概の時間は何も無いように過ぎていってしまうし、その人が自分に言葉をくれることもなかったけれど、それでも嬉しかったのだ。

勿論、もしかしたら今でもまだ片思いなのかもしれないと思うこともあった。都合のいい相手に見られているかもしれない、と。

でも、自分の気持ちは変わらなかったから、その生活に不満は無かった。

ほんの少しの時間だけでも、たった一秒でも、恋人であれればそれで良かった。

 

そうして緩やかに過ぎる日々の中―――

ある日、その人はこんなことを言い出したのだ。

『宜しかったら、ウチにいらして下さい』

そんなふうに彼のほうからアクションされたのは初めてだった。物だろうと言葉だろうと何だろうと良かったのだ、彼がくれるものなら。

そうして初めて貰った言葉で、彼の家についていった。

他愛無い会話をして、何となく寄り添って、初めて身体を重ねあう。そうしてその時やっと感じられたのだ、もしかしたら自分が思うよりも彼の心には気持ちが詰まっているのではないかと。

髪を梳き、頬を撫で、額にキスをして、彼は言った。

『ずっと……此処にいてくれませんか』

それは、常識外れな言葉だったろう。世間からすれば確実にそうだったが、それは初めてその人が見せた真摯な欲求だった。

だから、喜んで受けようと思った。

他でもない、その人の言葉だったから。

 

その生活は、誰も知らぬところでひっそりと続けられていた。自分の家になど、もはや帰ろうとは思わなかった。

一人だけの家でその人を想うよりも、その人の側にいることを選んだのである。

初めて家事というものをして、何度も失敗した。けれどそれも苦にはならなかった。

『こういう時は、こうすれば良いですよ』

そう隣で教えてくれるから、それが少し嬉しかった。

そんな些細なことが、嬉しかった。

 

 

 

帰宅時間はお互い違っていた。ルーファウスは大体ツォンのタイムスケジュールを把握していたが、神羅を出てからはさすがに把握できない。

ある時期になって、ツォンは帰りがやけに遅くなった。

仕方なくスペアキーでドアをあけ帰宅を待ってみるものの、全くそんな気配が無く、その内眠気が襲って寝入ってしまう。

朝になると、やはり姿がないのでそのまま出社する。

神羅に着くとそこにはツォンの姿があり、おはようございます、と挨拶をされた。

どうやら、いつの間にか帰宅をして、いつのまにか家を出ているらしい。それはそれで何か事情があるのだろうと何も聞かなかったが、そういう事がずっと続くとさすがにルーファウスも気になってくる。

どこに行っているのだろう?

ずっと此処にいて欲しいと言ったのは、やはり気まぐれだったのだろうか?

それともこの生活には飽きてしまったのだろうか?

どちらにしても―――少し寂しいと思う。

そんなふうに思い始めたある日、帰宅すると珍しくツォンがいたので、ルーファウスは安心して嬉しくなった。

けれど、今まで感じていたものを拭いきることもできず、こう聞いてみる。

「最近、遅かったじゃないか。どこに出かけてるんだ?」

その言葉にツォンは動きを止めた。そして、真面目な顔つきになってこう言う。

「…それを言ったら、貴方は此処にいてくれないでしょう」

「え?」

「誰しも人には言えないことが一つや二つはある。…貴方なら、分かって下さいますよね?」

「……」

何となく、それ以上を聞くことはできなかった。

 

 

 

ある日、ルーファウスが珍しくタークス本部まで訪ねると、そこにはルードしかいなかった。ツォンとレノは仕事で出ているという。イリーナは体調が悪いといって医務で休んでいるだとか。

「ツォンとレノは一緒なのか?」

「…いや。ツォンさんは別口の事に関わっていて、それを…」

「別口の?…何の仕事だ?」

ルードは詳細を知らないようだった。ただ、以前の仕事で見つけた情報が関わっているという。

それは、その時には重要視されるようなものではなかった。それなのに、ツォンはそれをまだ調べているらしいとルードは言った。

「…随分長引いているし、危険な事なのかもしれない…」

「危険…」

まさか危険とはいっても、命を奪われるようなことはないだろうと思う。彼もまたプロなのだから。けれど、その情報はやはりルーファウスを不安にさせた。

まさか、そんなことをしているとは知らなかった。

もしかしたら、夜が遅いのもその仕事をしているからなのかもしれない。

けれど、それが何かを聞くことはできない。何せ、どこにでかけているか、と聞いても答えは貰えなかったのだから。

そんな不安を持ちながら、ツォンの帰宅はやはり遅いままで、緩やかに日々は過ぎていった。

 

 

 

同じ家に住んでいても、顔を合わせることが少なくマトモに会話をしていない。神羅内でもそれほど頻繁に会うわけでもないから、妙に距離感を覚える。

2人のあいだにはそんな日々が続いていた。

ルーファウスがこの家に留まると決まった時、ツォンはベットを一つ購入した。元々家は綺麗で、使われていない部屋が一つあり、そこを自由に使って良いといわれたが、ルーファウスはあまりそこにはいなかった。

寝室だけが一緒で、帰っても寝るくらいなので、ほぼそこだけが使用される。

そのベットにごろんと横になり、壁につけられていた時計を見遣る。

時間はもう深夜12:00を過ぎていた。ツォンはまだ帰ってきていない。

今日も話せなかったな、そう思いながら目を閉じる。

もしかしたら、このままずっと同じ状況が続くのだろうか。そう思うと寂しいが、元々少しの時間だけでも恋人になれればそれで良かったのだから、仕方ないのだと思う。

此処に一緒にいられるだけでも、嬉しいことなのだから―――。

そう思いうとうとし始めた頃、遠くで物音がした。どうやらそれはドアの開く音だったらしく、その音の後に足音が響きわたる。

うとうとしながら、帰ってきたのかな、と思う。

やがて寝室に光が漏れて、その足音は止んだ。

それでも目を開けられずにうとうとしていると、やがて顔にスルリ、と何かの感触があった。それから少しして、唇に温かい感触。

それは、少し外の匂いを含んでいて、冷たかった。

その後に、髪を撫でられる感触がした。

それは何だかとても気持ちよくて、優しかった。

 

 

 

家で久々に顔を合わせたその日、ルーファウスはやはり少し気になってツォンにこう聞いた。

「神羅を出た後も、仕事してるのか?」

どういう内容かとは聞けないけれど、それくらいなら聞いても良いだろうと思う。ルードは危険かもしれないと言っていたし、何だかそれは不安だった。

「……」

「やっぱり、それも言えない事なのか?」

ツォンが何も言わないので、ルーファウスは答えたくないなら良いんだ、と続ける。無理に聞きだすのは何だか憚られたのだ。

そんなルーファウスに、ツォンは突然こんなことを言い出す。

「負担ですか?この家にいるのは…」

「え…」

「この家にいると色々不安になるのでしょう、今の話のように」

その言葉に当然ルーファウスは驚いた。

まさかそんな事を言われるとは思わなかった。此処にいて欲しいといったのはツォンの方だし、それは勿論嬉しかった。だから此処にいるというのに。

「出ていけ…って事か?」

「その方が宜しいなら、そうされた方が」

「…ツォンはそれで良いのか?」

ためらいもなく発された言葉に寂しさを覚え、ルーファウスは切げな表情でそう問う。

やはり―――あの言葉は気まぐれだったのだろうか。

そうだとしたら、とても悲しい。

話せなくても、会えなくても、一緒にいると思えるのは、此処にいるからだというのに。

もしここで「それでも良い」という言葉が返ってきたら嫌だなと思っていたが、ツォンの答えはそうではなかった。

「いいえ。私は貴方が此処にいてくれたら嬉しいと思ったから、此処にいて欲しいと言ったんです。けれどそれで貴方が不安になるのは望ましくありません」

「不安なんか…」

無い、とは言えなかった。

でも、ある、といったら此処にはいられない気がする。どちらにしても、ツォンは何も教えてくれないだろう。

「不安なんか無い」

すこし考えた末、ルーファウスはそう返した。きっと本心は見抜かれているのだろうが、それよりも此処にいることの方が大切だったのである。

「良かった」

そう言って、ツォンはそっとルーファウスを抱きしめた。何だかその感覚は妙に久し振りな気がして、ルーファウスは思わずドキッとしてしまう。

「安心しました」

「…そうか」

「私には価値が無いから」

「…価値?」

何を急に、と思ってルーファウスは身を離した。何だかそれは、言われたこちらの方が悲しくなる言葉のような気がして。

そんなふうに突然離れたルーファウスに、ツォンは苦笑を漏らし、さきほどの言葉をこう言い直した。

「私には、貴方を此処に留めておくだけの価値はありません。…本当ならば」

「何で?」

「そんな大層な人間ではないからですよ」

「…そんなの、私が決めるものじゃないか。…もっと自分を信じれば良い」

そうですね、そう言ってツォンは立ち上がると、何か淹れましょうか、と言って歩き出した。何だか中途半端な気がしたが、それ以上触れないまま終わってしまった。

 

 

 

その夜、本当に久々に抱き合った。

事が済んだ後、それでも離れずにいると、ツォンはルーファウスを見つめてこう言った。

「我侭は承知です。それでも…何も聞かずに此処にいて下さい」

何も聞かずに、不安にならず、という意味で放たれたその言葉は、いかにも分が悪い気がする。けれど、意味があるのは”此処にいることそのもの”だった。

「駄目ですか?」

本当は聞きたいことが沢山あったが……それでもルーファウスはこう返す。

「分かった」

”ずっと此処にいる”。

そう返すと、ツォンはとても優しく笑った。だから嬉しかった。

でも、本当は少し悲しかった。

 

 

NEXT

 

タイトルとURLをコピーしました