NOISE RAIN【ツォンルー】

ツォンルー

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■SERIOUS●SHORT
ある日、父親が連れてきたその男は…。

NOISE RAIN:ツォン×ルーファウス

 

自分はとても冷めた人間なんだと思っていた。 

世間の同じ年代の子供がどういうふうに過ごしているか、実際には触れ合う事が無かったが取り敢えずは聞き知っている。

それと自分は随分と違う―――自分は特別な存在なのだから当然だ。

そう思う。

しかし実際は、皆がそうするように自分も振る舞ってみたかったのかもしれない。ただ、その感情は決して表に出してはいけないものだった。

自分自身の孤独に、負けてはいけない―――。

そう、絶対に。

 

 

 

その日は雨が降っていた。

湿気が強く暑苦しい雨は、普段から冷めていた態度をより一層ひどくさせる。

だからきっと目前にいる見慣れない男も自分の事を何とつまらない子供だろうと思っていたに違いなかった。

つい今し方、会社を経営する父親がその組織の男を連れて帰宅してきた。

家庭を顧みない父親が、会社の人間を家に連れてくるのはひどく珍しい。だからなのか、その男の存在が妙に気になった。

黒く長い艶やかな髪に、少し冷たそうな目―――。

とても印象的な容貌だった。

今まで見てきた誰とも違う。自分の知る限り、男女関係無く容姿端麗な人間は確かに何人か知ってはいたが、それともまた違っている。

違う要素だ、と思う。

「お初にお目にかかります、ルーファウス様」

「……」

その男は、ツォンと名乗った。

どういう訳かあの父親は、このツォンという男をルーファウスの部屋に連れて来て自己紹介などをさせた。

ツォンは礼儀作法を良く心得ており、それはとても洗練されている。その態度を崩さぬままに挨拶をする様子は、ルーファウスにとってはとても不思議でしかなかった。

15才の頃から神羅に出入りしていたルーファウスは、会社内では社長令息として有名だった。

とはいえ、まだ思春期の少年に過ぎないのだから、大人から見れば“子供”の一言で片付けられる事が多く、彼に対して真面目に心ある敬語を吐き出す者はそうそういなかった。

しかしツォンは違っている―――。

言葉に敬意が感じられるのだ。

「お前はどういう立場の人間なんだ?」

ふと開かれた口は、そんな言葉を放つ。

「私はタークスという…」

「タークスの存在は知ってる」

神羅の秘密組織である。

「そうですか。ではそのタークスの人事異動についてはご存じで?」

「…?」

首を傾げたルーファウスに、ではそこからご説明致しましょう、とツォンは言葉を続けた。

「従来のタークスは今回の人事異動により、本社管理の方に異動になりました。社された方もいらっしゃるそうですが…。とにかく総入れ替えとなり、この度は私がタークス主任に就任致しました」

「タークス主任か…」

ルーファウスは無意識にその言葉を反芻する。

タークスという秘密組織の担う仕事は多岐に渡り、諜報から管理、ひいては暗殺までもを管轄内としていた。

その統括を任された男が、目の前にいる―――。

多分、恐ろしくずば抜けた能力の持ち主なのだろう。

「宜しくお願い致します」

「何故、俺にそんな事を言う?」

怪訝そうな顔を向けると、ツォンは初めて笑顔を見せた。

「…いえ」

外では雨がひどくなっていた。

 

 

 

特に気に入ったという訳でも無かったが、一向に自分の部屋から出ていく様子の無いツォンにルーファウスは、普段はあまりしない他愛もない話をした。

興味のある事柄は特に無かったので、それは本当に他愛無い、そして差し当たりの無い会話といえたろう。

ツォンは時々相槌などを打ちながらルーファウスの話を聞いていた。

それはとても従順に。

「貴方はとても聡明な方ですね」

話の途切れ目にその言葉は唐突になはたれた。

「聡明?」

「ええ。思考が深い事は、物事の本質を掴む事と同意。貴方はそういう方ですよ」

「…そんな事を言われのは初めてだ」

あまり口を開く機会も無いのだから、たまにそうした機会があった所で己の考えを表に出す事など無いに等しい。それにしても自分が聡明だとは思えなかった。

本当は―――いつも矛盾を隠していたから。

醜い感情を認めたくなくて、それは間違いだと言い聞かせ、自分に課せられたものだから仕方無い、いつもそんなふうに押し込めてきた。

それを自分は、嫌というほど知っている。それなのに。

「貴方がそういう方で、良かった」

ツォンは顔を緩めてそんな事を言った。どういう意味かは良く分からない。

だが、敢えてルーファウスはその言葉について何も聞かなかった。

なぜなら―――本当の自分はそんな人間では無く、それを言えばこの目前の男は軽蔑するに違いないのだから。それは、どういう訳か嫌な気がした。

親しい訳でも無く、特別な存在でも無いのに…けれど、そう思う。

「ルーファウス様。貴方には欲しいものがありますか?」

突如、ツォンはそんな事を聞く。

「欲しい物?」

「そうです。欲しいもの―――それとも、手に入らない物は無いですか?」

その言葉にルーファウスは怪訝な顔つきになった。

馬鹿にしているのか?

「それは…」

それでもその言葉は頭の中にこびりつく。何となく妙な感じがした。

欲しいもの―――それは物質的なもので無く、もっと曖昧な、もの。

物体的なものはあまりに容易くて、欲しいという気も起きなかった。しかもそれは手に入れた所で何の感情もなく、やがては壊れ、廃れていくものでもある。心がそれで満たされる事などあるはずが無い。

だからいつも渇望していた。

―――望みは…。

「動かない、心…」

ふと漏れた言葉は、ツォンの耳にしっかりと届いた。

どう思ったかは分からない。

淋しい人間だと哀れに思われたかもしれないし、やはりつまらない子供だと思われたかもしれない。

そう思うルーファウスの隣で、ツォンはただ微妙に口の端を上げた。

それは何を意味してなのか―――想像する事すら許さない、本当に微かな動きであった。

そして、口は動く。

「やはり貴方は聡明な方ですね」

窓に打ち付ける雨の音に、その言葉は溶け込む。それはまるで本心を打ち消すかのように。ツォンの言葉は呪文か何かのように、心を渇望するルーファウスの耳に流れ込み、心元無い感情の中枢に何か小さな衝撃を与えた。

頑なに繰り返されるその言葉が、頭を麻痺させる。

「…私は貴方にお仕えする者。貴方が―――そういう方で、本当に良かった」

「……」

意味の分からない納得の言葉が、ルーファウスの耳に流れ込む。そして、その次の瞬間に、ツォンの右手はゆっくりと持ち上げられた。

その手はルーファウスの左頬に、近づく。

そしてそれを触れながら、今度は妖しい光を宿した眼が近づいた。

それは―――ルーファウスの顔の寸前まで来るとふいに動きを止め、吐息すらも感じるほどの至近距離で、今度は言葉が放たれる。

 

「――――宜しくお願い致します」

 

心臓が、鼓動を早めた。

ふいに感じたのは、恐怖。

良く分からない畏怖の念が全てを支配した。

頭も、身体も、空間も、全て―――――――――。

 

雨の音が…。

 

雨の音が、耳の流れ込んだ。

 

ザアアー……

 

 

だから、その後に囁かれた言葉が何か、ルーファウスには分からなかった。ただ、微笑んでいるツォンの顔だけが眼に入る。

 

 

 

――――聡明な人間の心の隙間には、闇があるのですよ

――――完璧なまでの概念は、非常に脆い

――――とても単純な事でそれは、音を立てて崩れるのです

――――…だから

 

 

 

貴方は、脆い。

“動かない心”に囚われるのは、貴方自身。

 

 

 

雨の音が、響いていた。

 

 

 

その数ヶ月後、神羅の正式な人事としてルーファウスが副社長に就任した。

父親であるプレジデント神羅は、新たに組まれたタークスの全権をルーファウスに委ねると言い、ルーファウスはそこでまたツォンと再会する事となった。

あの眼、が―――すぐ側にある。

しかし出会いのあの日に感じた恐怖は、その時のルーファウスには無かった。

 

END

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