寂しい恋人:ツォンルー
「…ずっと一緒にいますよ。……これで良いんですか?」
しかしルーファウスは何だか納得いかないふうな顔をした。まだ何かが足りないらしい。
「何だか投げやりだな…まあ良い。で、ツォンの中で俺はどのくらいを占めてる?」
「は?」
「だから、どのくらい俺の事、考えてくれてるんだ」
ツォンは呆然とした。いきなりそんな事を聞かれるとは思ってもみなかったし、これまた随分と重い内容である。しかしこれもきっと、また普通に答えてなどしまったらば嫌な顔をするに決まっているのだ。それはもう容易に想像がつく。
ツォンは少し考えてから、ええと、と言いながら両手を肩幅くらいに広げてこう言った。
「このくらい…でしょうか?」
それを見てルーファウスは少しムッとする。この答えも気に食わないのかとツォンがドギマギしていると、ルーファウスはいきなりツォンの両手をグイ、と広げた。
結果、肩幅×2くらいになる。
「このくらい。このくらいが良い」
「あ……ど、努力します」
ツォンは何だか押され気味になり困ってしまった。ルーファウスが求めているのは正に完璧な答えである。
ツォンとしては、そういう事はあまり口に出したくないというのが本音だった。
それでもルーファウスの攻撃は止まらない。
「ツォン。お前、この先…絶対に浮気しないだろうな」
「…え」
「……する予定なのか…?」
少し寂しそうな顔になってルーファウスはそんなふうに聞いた。思わずツォンは慌ててそれを否定する。それは勢いだったが、別に嘘という訳でもなかった。というか大体、浮気の予定を立てる奴はそうそういないだろうと思う。
しかし問題はそこではないだろう。何故いきなりそんなふうに未来の約束をしなくてはならないのかが問題である。
きっとルーファウスが求めているものはそういったものではないだろうけれど、もしそれらの答えに対して大真面目に答えを返すというならばそれは、約束は出来ない、というものでしかないのだ。例えそう自分がそう望んでも、そうはいかなくなる事態がやってくるかもしれない。
それが自分の意思と関係なくとも…。
と、そこまで真面目に考えてみたものの、ルーファウスはそういった答えはやはり望んではいないらしい。ただ、単純に欲しい答えだけを求めているようである。
「じゃあ、俺だけを見てるって言えるんだな」
「えー…っと。まあ、そういう…事にしておきましょうか」
「何だよ、その言い草は!そういう事です、だろ」
「…じゃあ、そういう事で」
“じゃあ”は余計なのに、とルーファウスはぶつぶつと文句を言っていたが、それでも何とかそれで収まったらしい。ツォンにとっては一安心というところだろうか。
ルーファウスは何か思いついたような顔つきになると、ツォンに向かって小指を差し出した。
「じゃあ、約束」
そんなふうに言うルーファウスが何だか妙に子供じみて見えて、ツォンは何となく頬が緩んでしまった。そうして、気恥ずかしい感もありながら小指を差し出して、ギュッと結んだ。
「約束、な」
ルーファウスはもう一度そう言うと、とても幸せそうに笑ったのだった。
また別の日の事。ツォンとルーファウスはリフレッシュルームの前を通りかかった。珍しく二人で行動する予定の日で、それは偶然だった。
やはりルーファウスはまた、社員達をチラリと盗み見る。
相も変わらず、何気なくデキてる社員達が何かをしていた。
今度は、言葉は一切なかった。
ただ見詰め合って、キスをする。
そうしてから目を閉じて笑いあっていた。
そうする二人は、本当に本当に幸せそうな顔をしていた。
その現場をルーファウスの隣で見てしまったツォンは、やれやれ、などと言いながら苦笑する。それからルーファウスに向かって笑いかけると、こんなふうに言った。
「まったく昼間からお熱いですね」
別にそうするのが悪いというわけではないが、ツォンの感覚からすればそれはやはり非常識の範囲内だった。リフレッシュルームは皆で利用する場所だから、悪いとは言わないがあまり良いともいえない。とはいっても、ひとたび会社を離れて、一個人として恋愛に向き合えば、それも分からないでもないかな、とは思うが。
しかしそう言った相手のルーファウスの方はといえば、その二人の行動に釘付けだった。
「ルーファウス様?」
あんまりにじっと見ているものだから、ツォンは疑問に思う。
ルーファウスはツォンに声をかけられていることを分かっていつつも、それに答えられなかった。何故なら、あまりにも衝撃的だったのだ。
キスをするということがではなく、そうして公衆の面前でそうする事が、である。今までのように手を取り合ったりするのとこれは、また微妙に違う。
それをボーッと見ながらルーファウスは、ポツリ、と呟く。
「良いな……」
それを耳にしてツォンは驚いてしまった。罵りに近い言葉ならまだしも、まさかそんな言葉がでるなんて。副社長ならば注意の一つもするものかと思っていた。
が、ルーファウスは少し違っていたのである。
それを見て、羨ましがったのだ。
「ルーファウス様……もう、行きましょう」
ツォンは何となく真面目な顔つきになると、ルーファウスの腕を強引に引っ張る。何となく、すぐにこの場から離れなくてはならないと思ったからである。
ツォンに引きずられるようにしてその場を去ったルーファウスだが、それでも心の中からあの二人の姿が離れなかった。
何とかエレベーターまで引きずってきたルーファウスは、まだ呆然としている様子だった。エレベーターは1Fまでを直行するようになり、その間は二人きりである。
その静かな空間で、ルーファウスは少し寂しそうな声音で呟いた。
「良いな。ああやって誰の眼も気にせずに…」
「非常識ですよ」
ツォンはその言葉に幾分か強い調子でそう答えた。ルーファウスがそんなふうに思うのは、何だかとても嫌な気がしたから…それが何故だかは、何となくツォン自身も気付いていた。
ちょっとばかり非常識とはいえ、それは誰しもが自由である証拠だから。
自由に恋愛をし、それが周囲から見ても問題が無い。
それは、とても自由だった。
「そうかな?俺は、あんなふうにしたこと無いから」
ルーファウスは少し笑ってそう言う。
「…やめて下さいよ」
「何が?」
「……ああいう事を、したいとか…言わないで下さいよ」
そう言うツォンは至って真面目だったが、ルーファウスは悪戯っぽく笑うと、
「ばれたか」
そんなふうに言う。
そんなルーファウスをチラリ、と見遣り、そして視線を元に戻すと、ツォンは「駄目ですよ」と念を押した。その言葉はルーファウスにとっては、単に嫌がってるのだというふうにしか取れず、何となく先に制裁されたような気分にさせた。だから、少し残念だったな、そんなふうに思う。
けれどツォンにとっては違った。
何となくルーファウスを見て気付いてしまったのだ。
仕事中に呼び出しなどをしてわざわざ、あんなふうにしたその理由。それがきっと、そこにあるという事に。
それは多分、純粋な羨望でしかなかったのだろう。けれどそれがルーファウスでなければ、もっと違っていた。
例えばルーファウスには自由は無かった。それは仕事中に何か違うようなことをすることは序の口だったけれど、それでもその肩書きから逃れることはできない。だから、自由ではなかった。
その上―――――相手が、ツォンとなれば。
そんなふうに自由に、公衆の面前でキスなどできやしない。ましてや神羅の中など、不可能だった。
「なあ、ツォン」
考え込むツォンの横顔を見ながら、ルーファウスはその袖の辺りを引っ張った。
「何ですか」
「……どうしても、駄目か?」
ルーファウスの眼は、本当にそうしたくて溜まらないような感じだった。そうしなければ収まらないというのが良く分かる。確かに今までもそうだったのだから、今回もその通りなのだろう。
きっとルーファウスはああして仲睦まじくする恋人達を見ながら、その度にそれと同じものが欲しくてツォンにそれを求めていたのに違いない。
それは、他愛も無いピアスに喜ぶように。
今までは疑問だったけれど、それが今になって分かる。
ツォンはルーファウスの手を袖から離すと、少し寂しそうな顔をした。
「―――じゃあ、一回だけ」
そうして、ツォンはそっとルーファウスにキスをする。それは二人きりのエレベーターの中で、結局は誰もいない空間だったけれど、それでもルーファウスは嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
そう言って幸せそうに笑ったルーファウスに、ツォンは「いいえ」と言って視線を反らした。
やがて1Fについた時には、ルーファウスはすっかり普通に戻っていたが、ツォンは反対に寂しさが込み上げていた。
手に入らない自由に憧れる、この寂しい恋人に。
END