57:純血種とパティシエとドクターと
バットタイミングだ、そう思って振り返った先にいたのは例の純血種の男で、彼は一際ぴしりとしたタキシードに身を固め爽やかな笑顔を浮かべていた。
「ルーファウスさん、お久しぶりです」
「ああ」
軽くそう挨拶をした先の男は、正装をしている事も手伝って、いかにもVIPであるふうに見える。
神羅令息として此処にいるルーファウスがそんな事を口にしようものなら一笑に付されること請け合いだが、実際、彼はいかにもそれが板についていたのだ。
それは肩書き如何ではなく、恐らくはそういった肩書きを背後に持ちながら培った態度がそうさせるのだろう。
彼の後方には背の高い男が二人立っており、この二人は純血種とはどこか違うように見えた。その理由は、純血種の言葉で明らかになる。
「先だって申し上げていた通り、これは我が家のパティシエとドクターです」
パティシエであるらしい男は、長身のひょろりとした男で、蛇のような顔つきをしていた。
とてもそのような職種の人間には見えないが、それでも高名なパティシエであるらしく、純血種は滅多矢鱈とその功績を称えてくる。
「是非今度、彼の自慢の一品をご賞味頂きたい。とても素晴らしいのですよ」
「そうか。…近い内に是非」
社交辞令でそう口にしたルーファウスに、パティシエは蛇の顔をくしゃくしゃにして「お待ちしております」と言った。どうやら心からそう思っているらしい。憎めない。
「それから彼ですが、矢張りとても高名なドクターなのです。以前から難関だと言われ続けてきた大手術を見事成功に導いた功績がありましてね、その他にも医学会の推薦を受けているほどの大先生です」
彼にかかれば治らぬものなど何もないのですよ、と純血種は笑う。そして、おかげで我が家はとても健康ですよ、と続けた。
おかげで健康な純血種の家系が、それほど高名なドクターを抱えておく必要性などどこにあるのだろうかと疑問に思わないでもないが、まあVIPというのはそういうものなのだろう。
残念ながら神羅にはそういったお抱えというのがいないからルーファウスにはよく分からない。
取り敢えず、会釈などをしておく。すると、高名なドクターであるらしい男はやはり同じように会釈を返してきた。
このドクターなる男は、蛇のようなパティシエとは違い、長身であるものの中肉中背の精悍な顔立ちをした男である。いわゆる、男らしいという感じだ。
「治せないものは無い…というのは賞賛に値するな」
どういうふうに感想を述べてよいか分からず、純血種の口にした言葉を思い返してそんなふうにルーファウスは口にする。
これといって意味を込めたつもりはなかったが、よくよく考えればこの言葉は少しばかり皮肉のようだった。
治せないものはない高名なドクター。
―――――そんな人間だったら、あるいはあの癖も直せるのだろうか。
なんとなく、そんなことが浮かんでくる。
膝を抱える、あの癖。誰かが治してみせると豪語した、あの癖。
未だに治すことの出来ないあの癖を治してくれるのだったら、ものの試しに彼の診療を受けてみようかなどということすら頭を掠める。
「そのようなお言葉を頂けるとは、身に余る光栄です。医学発展への貢献と思い苦心してきましたが、その甲斐あったというものです」
丁寧すぎるほどのその言葉遣いは、彼の背景にある学歴を思わせた。純血種の家のお抱えであるというのも頷けるところだろう。
蛇のようなパティシエはどことなく違う匂いがするが、純血種とこの男はどことなく同じ種別といった感じだ。妙に営業らしきことを口にするところもそっくりである。
「もしお加減が悪いようでしたら、いつでもお呼び下さい。どんなものであっても結構ですよ。それが我々医師と呼ばれる人間の使命でもありますから」
「ええ、全くです。ルーファウスさん、是非そうしてください」
心からなのだろう、そんなふうに言う二人に、ルーファウスは戸惑いながらも笑みを返す。
どんなものであっても、などと言うが、まさか幼少からの癖を治して欲しいなどと告白できるだろうか。そうしてみたいとは思っても、心のどこかで阻まれる。
「時にルーファウスさん、そちらは?」
「え?」
唐突にそう言われ、ルーファウスは一瞬面食らった。
しかし何のことはない、それはどうやらレノのことであったらしい。
お抱えのパティシエとドクターを紹介してくるくらいの男である、見慣れない人間が傍にいるとなればどんな人間なのか気になるのだろう。
「ああ、これは私の…」
ルーファウスはチラ、とレノを見遣った。
そして、一旦区切った言葉の続きを口にする。
「部下なんだ。骨のある男で、このパーティには是非参加してもらいたいと思って私が招待した」
「なるほど、そうでしたか。もしかすると神羅カンパニー精鋭のソルジャーというものですか?」
ソルジャーのことをいまいち分かっていないらしい純血種は、レノを見てそんなことを言う。言われたレノの方は一瞬呆れてしまったが、それを表面に出すこともできず、まあそんなところです、とだけ答えた。
今時、庶民であれば誰だってソルジャーの姿形など了解している。それであるのにそれすら分からないとは、ある意味VIPというのは凄いな、などとレノは思ってしまう。
しかし純血種のこの、ある意味では精錬されているともいえる俗世間への無知は、実際ありがたいことには違いなかった。
このパーティにはVIPが沢山招待されている。
VIPと称される人々は金や利害の合致でもって横の繋がりを持っていることが少なくない。つまり、顔見知りという状態が頻発するということだ。
そのような状況でレノがタークスだなどと知れたら、いつ何時例の悪党にそれが伝わるとも限らない。誰がどうという特定はできないものの、用心に越したことはないのだ。
「お会いできて光栄です」
「俺もです」
レノはなるべくしゃんとしながらそう答える。勿論、純血種に不穏な動きが無いかどうかをチェックしながら。
「ルーファウスさん推薦のソルジャーとなれば、随分とご活躍されておられるのでしょうね。今度是非私にもその姿を見せて下さい」
「そうですね、まあ機会があれば」
レノは愛想笑いを浮かべながらもそう答えたが、内心ではそんな事が出来るはずないだろうと舌打ちしていた。そもそもソルジャーではないし、それにソルジャーの勇姿は任務あってこそである。観賞用じゃない。
しかしそんな事を目前の純血種に言ってもまるで意味がないことは分っていた。何せ相手は高尚な趣味を持つようなVIPなのだ、物の考え方そのものが既に違っている。