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風邪の休日:ツォン×ルーファウス
「38度5分…はっきり申し上げますが、これは重症ですよ?」
「ああ、煩い!そんなことは分かってる!」
「分かってません。だからそう安直に起き上がったりするんでしょう?」
夏に風邪。
あまり歓迎できない現象であることは間違いない。
厭な授業のある日の学生ならば喜びもするだろうが、こと休日の社会人とくれば話は全くの正反対である。
切り詰めて切り詰めて何とか手に入れた、たった一日の休日。それが今、38度5分の熱により駄目になろうとしている。いや、もう既に駄目になっている。
この切実な休日について、ルーファウスは特に何をしようというつもりは無かった。つまり本来は休日など要らなかったのである。
そんなルーファウスが切り詰めてまで休日を手に入れたのは、他でもないツォンの為だった。~の為、というのはいささか大仰かもしれないが、ともかくツォンの一言があったからには違いない。しかしそれは強制ではなく、単にぽろっとでた言葉である。
”もし貴方に一日でも休みがあれば、どこかに出かけることも考えるのですが…”
その一言を受けたとき、ルーファウスは少しムッとした。
何だそれは。まるで自分に休みがないからどこにもいけないとでもいうふうではないか、と。
そう思ったが、それは事実その通りで、二人が共に遠出ができないのはほぼルーファウスの予定に余裕がないからだった。ツォンも多忙人には変わりないが、それでもルーファウスよりかはまだ余裕がある。
そういった訳で、さも自分に非があるとでもいうようなツォンの言い草に少々苛立ったルーファウスは、これはもう何が何でも休みをとって、そのような口を二度ときけないようにしてやろうと思ったのだ。それが、このたった一日の休日に込められた気持ちだったのである。
――それなのに。
「もう良いから眠って下さい。そんなんじゃ下がるものも下がりませんよ」
「ふん、これ以上テンションが下がるわけないだろう」
「何を上手いこと言っとるんですか貴方は。テンションの話じゃなくて熱の話でしょうが」
「ああ、煩い!こんなことなら休みなんか用意するんじゃなかった!」
ルーファウスはこの理不尽な状況に、すっかり不機嫌になっていた。
高熱ということでツォンが自宅にかけつけてくれたのは少々嬉しかったが、結果的に予定がキャンセルになってしまったことには変わりなく、やはり素直には喜べない。その上ツォンの口調が気に障ってますますイライラしてくる始末…全く遣り切れない休日である。
「全く…」
大振りのベットを横にしながらもまるで眠ろうとしないルーファウスに、ツォンは遠慮なしに大きなため息をつく。
ルーファウスの顔は全体的に赤く、歩き方もどこかよたよたとしている。どう見ても高熱でしんどいふうだ。そんなルーファウスのことを、ツォンはベットサイドの椅子に腰掛けながら見つめていた。
折角の休日の予定が駄目になったこと。
それについて、正直ツォンはそれほどダメージを受けていなかった。というのも、そもそもルーファウスの休日など念頭には置いていなかったからである。むしろ休日が取れたといわれて、どこか良い場所を用意せねばと焦っていたというほうが正しい。だからツォンにとって、この突然の発熱はそれほどショックなことではなかったのである。
しかし、ルーファウスにとってこの発熱がどれほどショックだったか――それは何となく予測がついている。
そうなのだ、ルーファウスはこれをショックに思っているのだ。
先ほどから文句を垂れイライラと部屋を歩き回っているが、それはツォンの態度に対する怒りなどではなく、本来はショックなのである。
ツォンの言葉を挑発的に捉え無理やり休みを取ったルーファウスは、そこだけ聞けばまるで負けず嫌いの頑固者だろう。が、その裏にはある気持ちがひっそりと眠っているのである。…と、ツォンは思っている。
「そういえばルーファウス様。以前、急遽食事に行こうということになった時、腹痛で倒れたことがありましたよね」
「知るか、そんなの覚えてない」
「ありましたよ。良く思い出してみてください」
ツォンは優雅に足を組みながら、依然高熱でふらふらとしているルーファウスを見て笑った。間違ってもサディスティックな気分に浸っているわけではない、その意地っ張りな姿が妙にけなげに感じられたのである。
「それだけじゃない。貴方という人は何かこう、私との予定が入ると高確率で体調不良になるんですよね。気づいてますか?」
「そんなことあるか!」
「ありますって。仕事にしろそうですよ。久々に私が貴方専属の護衛につくことになった時だって、突然吐き気がするとわめきだしたじゃないですか。ケアレスミスも連発してましたしね」
「お前ってやつは…どれだけ私を侮辱すれば気が済むんだ!」
「別に侮辱はしていません」
ツォンはにっこりと笑うと、高熱の上にすっかりお怒り顔になってしまったルーファウスに、あろうことかこんなことを言った。
「可愛らしい人だなあと思ったんです」
「…は?」
「だってそうでしょう?何万人もの前で演説しても緊張しない貴方が、私との予定一つに緊張したり高揚したりして体調を崩すんですから。まあ、嬉しいですけどね」
「…っておい。何を勝手に解釈してるんだ!」
ツォンはくつくつと笑うと、最早鬼の形相になっているルーファウスを見遣りながらすっと立ち上がる。それを受けて、何か罵声を浴びせようとしていたらしいルーファウスの動きがピタッと止まった。
「おい、帰るのか?」
静止した鬼が仏頂面でそう問う。
ツォンは笑顔のままでそうしようと思います、と口にすると、忙しなく動き回っていたルーファウスの脇をすっと通り抜けた。
その際、ツォンの口からこんな言葉が漏れる。それがルーファウスの反抗心…いや、その裏にある気持ちにカッと火をつけたのは言うまでもない。
「何しろルーファウス様は、私が側にいたら気持ちが昂ぶって眠れもしないんでしょうから…ね」
ツォンが部屋を去った瞬間。
怒り…か何か知らないが、顔を真っ赤に破裂させたルーファウスはマッハの勢いでベッドにもぐりこんだ。
「うう、くそお…!」
――もう何が何でも眠ってやる、天変地異が起こっても眠ってやる!
そう勢い込んでいるルーファウスの姿を、一度閉じたはずのドアをほんの少しだけ開けて、こっそりとツォンが覗いていた。
ようやく膨らんだベッドを見ながらツォンは穏やかに微笑む。
作戦成功、と。
END