08:WHO IS THAT? 言葉の真意
耳に届く言葉に、ツォンは表情一つ変えなかった。
ただ、頭の中だけでその言葉を反芻し、そして憤りを感じていた。
主は、部下に対して“自分を殺せ”などと言う――――それが何を意味するか?
ツォンは冷めた目で、苦しみもがく主人の顔を眺める。
そういう下克上は、いけない。それは離反であり、裏切り行為だからだ。こんな状況に陥ってもなお、不思議とツォンはそう思っていた。
主従関係を崩すつもりも無いし、そもそも死んでもらっては困る存在なのだ。それは部下として、勿論大切な人物なのだから、一般的にも当然の考えといえる。
「私を見くびって貰っては困りますよ」
意識が途絶えそうなルーファウスの耳に、そんな言葉が流れ込む。ルーファウスにはその意味が分からなかった。
ツォンは自分の行為に怒り、それに対して罰を与えようとしているのだと、ルーファウスはそう思っていたが、実際それは違う。
しかしその真意を、ルーファウスが知るはずも無かった。
「私が貴方を殺す、なんて事は無い。私は貴方に尽くす者…そうでしょう?貴方は私を何だと思っているのです。殺せなんて…私に裏切れとでも言いたいのですか?」
「……」
最早、ルーファウスの口からは声が出なかった。頭の中でさえ、考えるといった事も危うい状況になっている。
それでもツォンは言葉を続けた。…しかしそれは、一言だった。
「―――貴方は、本当に我侭ですね」
ツォンは、従順に仕える事を大切な縦の関係と見ていた。その主人を手にかければそれは、崩れてしまう。そうしろと望むルーファウスはそれを催促するかのようで、腹が立った。
結局は――――その大切な関係すら、この人にはどうでも良い事なのだ。
死んで逃げようとする、この人には。
意識が薄れ、もう息も絶えようとする寸前に、ルーファウスの口が微かに動いた。
それは声としての響きを持たなかったが、ツォンはその動きを巧妙に捉える。
そして、綺麗に生気を失っていくその顔を、睨み付けた。
“セ…フィ…ロ…ス”
ツォンの右手は、ゆっくりとルーファウスの首筋から離れていった。
その関係に疑問を感じ、そして新組織の話の中にその名前を聞いた時から、ツォンは心の中に翳る何かを増幅させていった。
どうしてあの男なのだろうか―――それが疑問だった。
神羅の英雄である人物は、勿論ツォンも知っている。だが、かといって仕事絡みでも殆ど顔をあわす事は無かった。時々、タークスとソルジャークラス1stとで連動される調査のときなどに、顔を合わせるくらいのものだったろう。
タークスでも主任の立場であるツォンは、ルーファウスとの関わりが深く、その行動の殆どは把握していたといっても良かった。
それなのに、その事実だけは知らなかったのだ。
ルーファウスとセフィロスの接点など、考え付きもしなかった――――そう、ルーファウスがその名前を出す、その時までは。
普通ならば、それは副社長という立場から兵士の一人として、という考えになるだろうが、その時のツォンはそう思えなかったのだ。
ドアの前で、立ち止まったあの時。
その向こうから流れ込んでくる言葉達が、それを証明している気がした。
『新組織を作ろうと思っている』
そのルーファウスの言葉に、男の声が反応した。プレジデントか何かの秘書だろうか。とにかく、その男の声はとても驚いていた気がする。
『副社長、しかしそれは…一体どういう趣旨で?』
『今まで以上に治安維持活動を強化した方が良い。最近は神羅の繁栄に伴って反乱組織の動きも馬鹿にできなくなっているようだしな。結構な数の組織がいるらしいじゃないか』
その情報は、ツォンが与えたものだった。
『しかし…今のままでも十分な対応はできますが』
その言葉に、ルーファウスは多少声を強める。それは強い意志を表すかのように。
『いや、いざという時の為に自覚を…そう、責任を持たせた方が良い』
『…そうですか。で、そのような組織に誰を起用しようというのですか?』
問いに対する返答には、少し間があった。それは聞き耳を立てる状態になったツォンも気になる部分である。
そして、ルーファウスの声は静かに流れてきた。
『…組織には、セフィロスを――』
ツォンは耳を疑った。タークスという秘密組織があるにも関わらず、また同じように特殊な組織を作ろうとしているその考えも理解しかねたが、それよりも問題はそちらだった。
何故、セフィロスを?
ソルジャークラス1stで、英雄―――確かにそれは良い人材といえる。
だが、ソルジャーはソルジャーに過ぎない。立場からいえば、セフィロスは英雄で優遇されている部分が多いとはいえ、タークスより下に位置する者である。
そのタークスでさえ差し置いて、何故そんなふうにする必要があるのだろうか。
そう混乱するツォンの耳に、続きの会話が入った。
『また…セフィロス、ですか?副社長は随分とセフィロスを優遇されておいでですね』
『…つまらない事を言うな。ただ、実力があるからだ』
『でも確か以前も―――――』
“以前も、セフィロスに名誉地位を与えようとしていましたよね”
『…あれは、もう良い』
『ああ、セフィロスの方が断りを入れてきたのでしたっけ』
その言葉は、ツォンの耳をすり抜けていくかのようだった。
セフィロスに名誉の?
それは確かに分かるが…そう思った時に、いつかのルーファウスの言葉を思い出した。
…どうして互いに違うものを求めるのか
違うもの?それは相容れない感情?
…納得できない結果など、欲しくない
納得できない結果?それはセフィロスが言う事をきかなかったから?
…全てを服従させるには、どうしたら良い?
服従させる?服従しない奴などいないのでは…いや、セフィロスは?
…こんな苦しい思いは初めてだ
どうして苦しい?
…お前は裏切らないな?
裏切る筈が無い。裏切る者は…誰だ?
”もしやそれは。特定の誰か…、なのですか?”
”…違うっ!”
特定の、誰か――――――。
あなたが拘っている特定の誰かは、もしかしてその男なのですか?
その為に苦しい思いをして、
そして、
貴方は私を利用したのですか?
それはとてつもなく重いものを運んできた。今まで純粋に悩んできたことすら馬鹿らしくなるくらい、重い。
しかしその一方で何かが弾けたような気もした。散々考えた事への答えが、今そこのあったのだから。
それが例え、納得のいかない答えだったとしても。
何故か笑みが漏れたのは、心のどこかが壊れた証拠だったかもしれない。
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