GLOWFLY(1)【ザックラ】

*GLOWFLY

最大の任務:01

 

「10000ギル」

そう声が響いて、木目のあるウッドテーブルの上から一枚のカードが抜かれた。

「そりゃ痛い。せめて1000ギル、だな」

「無理ね、ギャンブルってのは破産を覚悟でやらなくちゃ」

「はん、寝ぼけてるな」

そう言いながらもテーブルの上からは新たなカードが抜かれていく。

ザックスは手持ちのカードの中に秘蔵のカードがあることを計算し、それを顔に出さないようにしながら相手の出方を伺っている。

 

 

つい今しがた相手は、自分のカードに10000ギルをかけた。

このカードゲームのルールには妙な特徴があり、それはカード一枚一枚に犠牲が払われることである。つまり一枚のカードを出しそこで口にした金額が、そのカードの価値。

ジョーカーとエースには特別価値があり、トリプルで出せば、今まで積み重ねられた価値、つまり犠牲となった金額がチャラになる。ダブルで出せば半額チャラ。

しかしジョーカーやエースというのは元々手元には配られないようにできている。つまり山となったカードの中から一枚捲りあげるとき、そこに可能性はあるというわけだ。

積みあがった山が全て無くなり、手元のカードも全て無くなるとき、最後にそのトリプルが出せれば最高…積まれた犠牲金額が全て手に入る。しかしその奇跡が無ければそれぞれ口にした金額を支払わねばならない。

つまりこのゲームは、いかに金を払わずに脱するか、というものだった。

「クラッシュ」

そんな声が響き、一同は視線を彷徨わせた。

“クラッシュ”は、相手の出方を伺ったいわば「型破り」な方法である。ジョーカーやエースのトリプル、もしくはダブルを誰かが所有していると予測した場合にこの合図を出すと、一番型破りなことに全額がその人のものになる。

しかも全額を払うのは奇跡のカードの所有者。しかしもし間違っていれば、それこそクラッシュ。合図を出した者が現時点でのチェックをすませることとなる。

「さあ、結果は?」

合図を出した者が、そう言ってぞれぞれのプレーヤーに答えを求める。クラッシュを出された場合、それぞれのプレーヤーは手持ちのカード内に奇跡があるかどうかを正直に述べねばならない。

「セーフ」

「セーフ」

それぞれのプレーヤーがそう言って、自分は奇跡が無いということを告げる。
しかし、最後のザックスだけは渋い顔をしていた。

何故なら―――――――――…。

「…アウト」

ふう、と重い息をついてザックスは、手持ちのカードをばら撒いた。その中には、トリプルエースが含まれている。

「ちっ!やられたな…お前は動物の感でもあるんだろ?」

ニッと笑ってザックスがそう言うと、クラッシュを出した当人は、ふふ、と笑って、

「そんなこと無いわ」

そう言った。

このカードゲーム特有の書記は、それぞれのプレーヤーが賭けた犠牲を計算し、それをザックスに報告した。

正に、賭け。

ザックスは財布を取り出すと、ワンゲームで皆がかけた犠牲である54000ギルをヒラリ、と差し出す。はっきり言って、この金額だったら酒が浴びるほど飲める。それがこんなワンゲームで摺られるのだから参ったものだ。

しかしそれがギャンブルなのだから、それに参加した以上は仕方無い。

「ほらよ、ルヴィ」

そう言って、ルヴィと呼ばれたクラッシュの主に金を差し出す。その金は紙幣で、その紙幣はどこか汚れ折れ曲がっていた。

「悪いわね、ザク。じゃあこれで今夜は天国にいくことにするわ」

そう言ってウインクなど飛ばしてくるルヴィを、ザックスは呆れ顔で見つめ、そして「うえ」と吐く真似をした。

「お前、止めたら?またそれで男買うんだろ。最悪」

「あら、良いじゃない。どこが悪いの。だったらザクが相手してくれるの?」

「誰が!気色悪ィな。俺はお前なんかお断り」

「ふふ、残念」

そう言って笑うルヴィは、誰が見ても綺麗な女性だった。整った顔と、はっきりとした瞳。すらりとした足はいかにもそそる。

実際ナンパは留まることがないし、元はといえばザックスもそれに近い口だった。たまたま酔った酒場で美人を発見とくれば、少しお話でもということになるのが常道。

しかしザックスの場合はカジュアルなナンパであって、それは大概会話だけで終わる。だから問題は無いし、こうして今では友人の枠にまでなれたのだ。

此処は、そうしてルヴィと出逢った最初の酒場で、ある時期から良くザックスが出入りするようになった場所である。

大体街のゴロツキが多い夜の酒場では、耳を劈くロックが流れ、一見強面の男達がうようよとしている。更に酷いのはドラッグが流通していること。しかしそれは仕方無い、それが夜というものだ。

そう思っていたザックスは、すぐにその雰囲気に溶け込んだ。

どちらかといえば昼の面持ちだと言われているザックスだが、夜の仲間にも十分受け入れられている。それが何かといえばザックスが何かを否定するような人間ではないことと、それらを受け入れるだけの許容力を擁していることが大きな理由だった。

ルヴィはその夜の酒場で出会い、またそこから何度も会っている。とはいえそれは特別にというわけでなく、この酒場の仲間として。

その何だか分からない性格は、ザックスにとっては少し心地よく、話していても特別な気を遣わずに済む。

このルヴィに関しての一番の驚きは、そう―――――…。

ルヴィが正真正銘の「男」である事実だろう。

思わず声などかけたものの、それを知った時はさすがに蒼白になったザックスである。ルヴィはそれをこっそりとザックスだけに教えてくれたのだが、それも慣れれば何だか面白い気がした。

彼女…彼が言うには、男性が好きだからそれを手にいれる為に女としての生き方を選んだ、らしい。

人の好みなど様々だ。

だからザックスは特にそれに冗談は言っても、本気で否定などしなかった。

ただ、少し勿体無いと思うことはある。ルヴィはその造作からいって男でも十分に本領発揮できる人間だからだ。今が美人なら、本来の姿は美形でしかない。

「じゃあ取りあえずは…一杯、どう?」

金を握りながらルヴィがそう言うのに、ザックスは「ああ」と言って同意する。元々は自分の金だと思うと少し空しいが、どうせ飲むときは自分で払うのだから同じことかと納得して。

 

 

 

行きつけだけあって好みは理解してくれているらしく、望み通りの酒が運ばれてくる。カウンター席に座りなおして、ザックスはルヴィと肩を並べ会話をし始めた。

その会話は、ルヴィの方から振られる。

「前から聞きたいと思ってた事を、聞いても良い?」

そう始まった会話は、あまりザックスの触れられたくない領域の話だった。それはつまりザックスの過去…この酒場で出会う前にまで関わる話である。

それがもしゴンガガを飛び出す前まで遡ればまだ楽だったが、勿論その話題の中心は此処に現れる少し前の話であった。

つまり、あの忌まわしい過去の。

「ザク、男と住んでるんでしょ。それって、誰?」

「男?…ああ、クラウドの事か」

そういえば何時かそんな話をしたのだったか、いつも一緒にいる奴がいるんだと。しかしそれは仕事の際に連れ出すわけにもいかず、この酒場にも当然連れてはこれない。

ザックスには寛大な此処の連中が、クラウドに関してもまた同じ態度でいるとは限らないのだ。

特にクラウドは―――――問題がある。

それはもうザックスにとっては慣れ切ってしまったものだが、クラウドはもう話すこともままならないのだ。

それでも彼は、生きている。
生きて呼吸をして、目を開けている。

だからそれは、例え人間として正常な意識を無くしても生かすことができるということなのだ。本人がどう感じているか知る術の無い今となっては、その状況が辛いのか、それとも辛くても生きているだけでも良いのか、そういう事すら分からない。

だからザックスは、ほぼ自分の望みだけでクラウドを養っていた。

例えクラウドが本当はそう望んでいないとしても、生きていれば良い。生きていることに意味がある。何しろソルジャーという夢の職を失ってもまだ自分は生きたいと願っているのだから。

多分…今生きている中で一番気を遣うのは、クラウドのことだった。

それは確かに疲れる。実際問題も何度か起こったものだが、それでもクラウドを見放すわけにはいかない。

親友だから、そう理由をつけてザックスはクラウドを世話していたが、はっきり言ってもう既にその領域は軽く超えていた。

「誰って…まあ、親友だな」

悩んだ末にそう答えると、ルヴィは、ふうん、などと言って笑った。

「親友。じゃあアレだ。ザクのステディって訳ではない、と」

「はあ?何でまたクラウドが。…親友だって」

「そうなんだ。まあ良いの、何でも。じゃあ親友はおいといて、ビジネスの話でもしましょ」

「え?」

ザックスは今度こそ真面目な顔になって首を傾げた。ビジネスだなんて、ルヴィの口から出てくる内容には思えない。

そういえばルヴィが昼間何をしているかザックスは知らなかった。普段女として生きている男なのだから、やはりそれなりに男がいそうなところで働いているのかもしれない程度には思っていたが、はっきりその口から聞いた事が無い。

ルヴィは、酒を口に運びながら意味深な笑いを浮かべる。

「ザク、アンタ、元ソルジャーだって言ってたわね。ってことは…」

「ちょっと待て!神羅に関わるのは御免だぜ。ミッドガルも御免だ。事情があって、それは危険すぎる」

言葉を遮ってザックスがそう言うと、ルヴィは驚いたような顔をした。それは、あまりにもザックスの顔が真剣だったからである。

元ソルジャーという経歴は、それなりの仕事や依頼をもたらした。それはつまり神羅の内部情報だったり、潜入だったりしたわけだが、ザックスはそれだけは断固として拒否してきたのだ。

もし自分ひとりなら、若しくは受けていたかもしれない。けれど、クラウドを守らねばならない今の状況ではそれはあまりにも危険だった。もしザックスがその先で命を落とすようなことがあれば、クラウドは路頭に迷うことになる。

ザックスのあまりの真面目な回答にルヴィは少し戸惑ったが、すぐに笑顔になると、それは違うと言ってザックスを安堵させた。

「そうじゃなくって、力仕事。此処からちょっとした所にある建物があるんだけどね、そこの解体を手伝って欲しいわけ。ま、簡単な仕事よ。ほら、この前仕事が無いって言ってから、どうかなと思って」

その解体の日程は一日だけだという。しかしその日の解体要員があまりにも足りず、だから何でも屋のザックスにそれを依頼しようと、そういうわけなのだ。

その上、ルヴィが言ったように確かに先日ザックスは言ったのだ、何か仕事は無いかというようなことを。

「分かった。じゃあ受ける、その仕事」

ザックスがそう了承すると、ルヴィは嬉しそうにして、それから懐に手を入れて何かを取り出した。

それは…。

「先払い。太っ腹でしょう?」

「…って、それ」

それはどう見ても、先ほどザックスがカードゲームで支払った犠牲だった。勿論まるまる54000ギルある。

「ソルジャーへの報酬としちゃちょっと安い?でも我慢ね。だってこれは一日だけの仕事だし、それに…これでも我慢してるんだから」

「我慢?」

何をだ、そう思ってザックスが首を捻ると、ルヴィはいかにも妖しく笑った。

「そう、我慢。…アンタの下半身を、ね」

「……あのなあ」

聞いて損した、そう言ってザックスは大げさに溜息をつく。

ルヴィはたまに、こうあからさまに誘ってきたりする。その度に「お前は男だろう」と突っ込みを入れて交わしてきたものの、時々それは本気なのか嘘なのか訳が分からなくなる。

何しろルヴィは男が好きなのだし、聞いたことによるとその好みにザックスは当てはまっているのだ。

「でも我慢してあげるからご心配なく。だってアンタのステディに怒られちゃうでしょ」

「だからステディって誰だよ」

「だからほら、ええと……クラウド?」

ぶっ、と飲みかけの酒を噴出し、ザックスは咳き込む。先ほど確かそれは否定したはずだが、またそんな事を言い出すのだから困ってしまう。

「ザクを此処まで虜にするなんて、どんな感じなのか見てみたくなっちゃう」

ニヤニヤしながらそう言うルヴィを見つつ、ザックスは一言。

「狙うなよな」

「分かってますって。でもザク、その彼とずっと一緒にいるんでしょ?そりゃ疼くでしょ、アソコ」

「お前は何でそういう方に話をもってくんだよ。無いって、本当に」

嘘~などと言いながらルヴィはすっかり、いつもの調子に戻っている。ビジネスの話などどこへやら、すっかり天国行きの状態。こうなってしまうと後はあからさまな下世話ネタと男の話が続いてしまう。

それはそれで楽しそうで良かったが、それにしても少し困り物である。

「だってザク、どうやって処理してんの?アンタって女に慣れてるけどベットまで持ってかないタイプみたいだし、男は食わないし」

「食うとか言うなよ!…だからそれはもう置いといて…」

「寂しい夜に隣を向きゃ可愛いクラウド君がいるんでしょ。やらないなんて、それこそクレイジーでしょ」

「お前の方がクレイジーだっての」

「じゃあアタシが…」

「駄―目っ!!」

はあ、と溜息を付きながらザックスは酒を一口飲んだ。

昔はそれこそ、そういう意味で遊ぶのも好きだったしそういう会話も盛りだくさんだった。けれど今は違う。そういう状況に溺れてる暇はないし、ちゃんと見据えないと消えてしまいそうな現実がある。

ルヴィは相変わらず隣でそれらしきネタを飛ばしていたが、途中からザックスは一人考えに耽っていた。

ルヴィが言うように――――クラウドは確かに可愛い存在だった。

その可愛いというのは別に外見とかではなく、自分にとっての存在位置の問題である。まるで弟ができたみたいに可愛い存在、それがクラウドだったのだ。

 

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