GLOWFLY(9)【ザックラ】

*GLOWFLY

最大の任務:09

 

ふっと、眼を開けた。
その瞬簡に視界に入り込んだのは、暗い部屋の、木製の天井だった。

それを理解したとき、ああ、今までのは夢だったんだ、とそう思った。そうだ、夢に決まっている。まるであの頃に返ったかのような気分だったけれど、そんなはずはない。

此処は暗い。

セフィロスはもう笑わない。
クラウドも、もう笑わない。

自分は―――――――…。

「…俺は…変わってない、かな…」

ふと、そんなふうに思う。

けれど今迄見ていた夢の中でのセフィロスの言葉を思い出し、ザックスは一人静かに首を横に振った。

そんなことはない、あの頃と一緒だなんて。

「だって俺には今、目的があるんだ」

セフィロスは言っていた。
一生をかける任務はどんなものか、と。

そう聞かれたとき、確かにその答えは存在しなかった。がしかし、今はこの腕の中に確実にその答えが存在している。

例えば一生をかける任務は、今、クラウドを守る事。
死ねない理由もそこにある。

今自分が死にでもしたら…そんなふうには考えたくない。つまりそれは、「死ねない」というのと同等の意味をもつ。

ザックスはそんなふうにあの時のセフィロスの言葉に答えを出しながらも、暗い中ですっと片手を天井に掲げた。

延びる腕は、今クラウドを守っている唯一のもの。

「俺だったら信憑性がある、か…」

あの時クラウドはそう言っていたけれど。
それでも自分にはそう思えなかった。

でも今は?
今はどうだろうか。
今の自分は、この腕にかかる重みに信憑性を持てるだろうか。

「……どうだろうなあ」

思わず息をつくように笑ったザックスは、すっと腕を下ろした。それからふと、隣に眼をやる。隣には確かクラウドが眠っていたはず―――。

「……クラウド!?」

瞬間、ザックスは目を見張った。

シンと鎮まる部屋が、更に鎮まるような感覚。
それを肌で感じながらも、信じられないといった目でクラウドを見詰める。

――――そこには、瞳を開いたクラウドが、いた。

しかし衝撃はそこで終わらなかった。更なる衝撃が襲ったのは、その次の瞬間である。

「…クス」

「………え?」

言葉―――?
今、言葉を――――発しなかったろうか?

ドクン、と心音が高鳴る。

まさか…クラウドが言葉を?

今迄どんなに話しかけてもリアクションすら返さなかったクラウドが、まさか。

「ザックス」

ドクン、更に心音が高鳴る。
まるでその音が破裂しそうだ。

「ザックス。…俺だよ、分かる?」

「ク…ラウド―――…?」

とてもじゃないが、信じられない。もしこれが偶然で、いつもの呻き声が自分の名のように聞こえたというならばまだ解決のしようもあったろうが、これは確実に違う。

クラウドは、言葉を話している。
それは空耳などではなく、しっかりとした口調で。

しかもその瞳は今までのどこか虚ろなものと違い、はっきりとザックスを見ているのが分かった。単に“映し出している”のではなく、“見ている”のである。

これは―――――何かの間違いか?

それとも自分がおかしくなってしまったのだろうか。いや、もしかするとまだあの夢の中なのかもしれない。

そう何度も考えてみたが、それでもそれが現実だと分かったのは、クラウドの手がザックスの頬に触れたときだった。その手はゆっくりとザックスの頬を撫で、その先端から暖かさを伝える。その腕は、クラウドの意思で動いているのだ。

シンと鎮まる暗闇の中、ベットの上に横たわる二人は、お互いを見ながら沈黙していた。

クラウドとザックスの顔のあいだには僅か10センチほどの距離しかなく、クラウドの吐息すら感じさせるほどそれは近い。

「…ザックス、俺が分かる?」

そう二度目に問われたとき、それは頬を撫でられながらで、その暖かさにザックスは思わず込み上げるものを感じながらも、

「…ああ、分かるよ。クラウド、分かるよ」

そんなふうに答えていた。

今この事態がどういう理由で引き起こされているのかという真実の追究よりも、その時は「話ができる」ことや「実感できる」ことが嬉しかった。そちらの方が大きすぎて、それ以外は考えられなくなっていた。

だって…話を、している。
クラウドと。

「会いたかったよ、ザックス」

耳に入り込む言葉に、ザックスは小さく頷いて、ああ、と返す。

「俺も会いたかった。お前に会いたかったよ」

「でも、ずっと側にいたよね」

「そうだな、一緒にいたな」

「…ありがとう、ザックス」

暗い中で良く見えないはずのその瞳が、何故だかその時ははっきりと見えるような気がした。クラウドの蒼い瞳は、真っ直ぐにザックスを捕らえ、そんな言葉を投げかける。

礼なんて必要ない、そう思うのに、何故だかその言葉が咽喉につかえて出てこない。

気にするな、俺がそうしたかっただけなんだ、そう言ってクラウドを安心させてあげたいのに、それができない。震えるように動く口は、その言葉を作り出してはくれない。

そうしてじれったさを感じている間に、クラウドの方が口を開いた。

「ザックス…これからも、親友でいてくれる?」

「え…?」

唐突にそんな言葉を言われて、震えていたはずの口が声を上げる。

親友でいてくれるか、そう問うクラウドの眼は、とても澄んでいる。淀みが無い。
だからこそ、ザックスはその言葉にすぐに答えを返せなかった。

それに…ついこの前、この部屋で思っていたのだ。もう親友ではいられない、と。だから、今ここでクラウドの言葉に肯定を返してしまったら、それは嘘になってしまう。

だから、言葉が口をつかない。

「ザックス…」

「…俺…俺は―――…」

すっと自分の頬を撫でるクラウドの指先。それを感じながら、ザックスは目を細めた。

とてもじゃないが―――――嘘など、言えない。

こんなふうに撫でられる頬に、親友という言葉以上のものを感じている今は。

「…俺は…もう親友じゃ、駄目だ」

やっとのことでそう返したザックスは、そう言ってしまった後、クラウドから目を反らした。

こんなふうに言ってしまったら、それはクラウドにとっては裏切り行為なのではないだろうか。だって、あの時だってそうだった。

強引にクラウドの体を抱いてしまったあの後――――クラウドはそれでも求めてきたのだ、親友で居続けることを。

そんなクラウドにとって、親友というのは余程大切なものだったに違いない。そう考えるとこれは立派な裏切りなのだ、時を越えた。

そうしてザックスがある種の深みに嵌っていたとき、クラウドは意外なことを口にする。それはあまりにも予想外の言葉で、思わずザックスの視線を戻させた。

「…うん、俺も―――親友だなんて、思ってないよ」

「クラウド…?」

それは……もう友情が存在しないということだろうか?

そんな考えに行き着いた瞬間、ザックスの鼓動は早まった。

終わりだ、何故かそう思う。
きっとこれこそが、ルヴィが言っていた「クラウドが必要としなくなった時」なのだ。
そう思った。

―――――が、しかし。

「親友じゃ、足りないんだ」

「……な、に…?」

「溢れちゃったんだ、きっと。親友って言葉じゃ納まりきらなくなっちゃったんだ」

「クラウド。それは、お前…」

俺はそう思うんだ、とザックスの言葉を遮って響いた言葉は、何だかやけに優しさを帯びていた。昔感じていたたどたどしさなどそこには破片もなくて、ただしっかりと、それは伝わってくる。

そのある種の告白のような言葉を受けたザックスは、先ほどと同じようにどうして良いか分からなかった。

しかし、今度は先ほどとは全く種の異なる感情が沸き上がる。焦りは焦りでも、全く違うのだ。

多分今言ったクラウドの言葉は、ザックスにとっても本音である。だから今その気持ちはしっかりと合致している。

それはあまりにも幸せなことで、こうして暮らしてきた一年半…いや、もしかすると神羅にいた時からかもしれないが、とにかくずっと抱えていたジレンマだった。

親友、それ以上、そういう中でせめぎあっていたザックスの心は、ついこの間の決心まではずっと親友という言葉に縛られてきた。例えそれ以上のものを求めてしまっても、親友なのだから、と押し込めてきたのである。

それはルヴィに色々と指摘されたときも同じことで、だからこそザックスはそれらの言葉に否定を返してきたのだ。

それが今――――解放された。

「…そんな事、言って良いのかよ」

駄目だろう?だって俺は…

そう続けながら、ザックスは自然とクラウドの頬に手を伸ばす。クラウドの手は今なおザックスの頬を撫でており、その二つの腕は交差するようにお互いの頬に触れていた。

その中で、ザックスは自らの過ちを吐露する。

「あの時、お前を傷つけた。…お前は泣いてた。あの時は俺の勝手な敗北感が…お前を傷つけたんだ」

敗北感を覚えたのは、クラウドは自分の側にいるものだ、と勝手に考えていたからだろう。しかしクラウドが自分から離れた瞬間、それまで感じていた当然のことが、本当は当然ではなかったのだと知った。

それが悲しくて、空しくて、自分の無力さを知って――――だからあんなにも強引なことを、した。

今ここで友情という殻を破ることは、あの頃押し込めたものを解放させることと同じだ。

もちろん気持ち的にはそうしたいと思う。しかし、そんなことをすれば自分の感情がクラウドを傷つけたという過去をもよみがえらせてしまう。

過去の過ちがリンクするようで、怖い。
これ以上触れてしまったら―――またあの時のようになるのではないか?

しかし、クラウドの言葉はそんなザックスの考えを否定した。

「でも俺は…それでも良いんだ。だって今は、邪魔するものなんて何も無いよ。もう敗北感なんて感じなくて良いんだよ。此処は神羅じゃないし、今は俺達しかいない。探してたのは、こういう場所だったんだよ」

「こういう場所、って…」

「何にも縛られなくて、本当の気持ちを言える場所」

「……」

あの時言えなかった事が沢山ある気がするんだ、そう言ったクラウドは、ザックスはどうかなどと聞いてくる。

その答えは聞くまでも無いだろうが、あえてザックスはそれに頷く事で肯定を返した。

そうだ、多分あの頃――――言えなかった事が、沢山あったんだろう。

「…クラウド、俺は」

「うん…」

「俺はずっと――――…」

 

 

多分ずっと、長い長いあいだ――――――――…見詰めていたんだ。

  

 

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