この道の先に:28
ガッタン…
ガッタン…
デコボコの道を、トラックが走り抜けていく。
そのトラックに揺られて、時間はどんどんと過ぎていく。
そんなふうに過ぎゆく時間、ザックスはトラックの荷台に乗りながらぼうっと空を眺めていた。
ルヴィと別れてから8時間ほど経ったろうか。
陽の光が段々と弱まっているから多分そのくらいだろうと思うが、詳しい時間はわからない。
ただ、三度のトラック乗り換えを済まし、その途中で昼食を摂ったことからすれば、昼はとっくに過ぎて今は夕方に差し掛かっていると断言できる。
夕方にはミッドガルにつく――――そう言っていたから、多分もうすぐだろう。
ザックスの隣に座っているクラウドは、膝を折りたたむようにしてぼうっとどこかを見詰めていた。
勿論その目に何を映しているのかは分からないし、それは何かに焦点を合わせているというわけではないだろう。
そんなクラウドに目を落とし、ザックスは考えた。
今クラウドは―――どんなことを考えているのだろう?
あの地を離れ、かつて幸せだった土地に向かっているというその事実すら、多分クラウドは理解できていない。
ザックスを見遣るでもなくどこかを見詰めるクラウドは二年前から特に変化なく、もし変わったことがあるとすればそれは体の成長くらいだと思う。
「16…17、18。―――そっか、もうクラウドは18なんだな」
そんなことを呟いて笑ったザックスは、そっか、などともう一度実感を込めて呟く。あの時は自分がその年齢だったのに、ずいぶんと時間は過ぎてしまったらしい。
「なあ、お前の誕生日っていつだっけ?確か…夏だったよなあ?」
答えの無い空間で、ザックスはああでもないこうでもないというふうに記憶の中のクラウドの誕生日を探ったりする。
それでもはっきりしたことは思い出せず、ただ、じゃあもう過ぎちゃったなあ、なんて言葉でその話題を終了させた。
本当ならお祝いでもしたかったが、どうやらそういう状況でもない。何しろ今は、あのミッドガルへ向かっているのだ。
あたりはまだ知らない土地だったが、それでもそろそろミッドガルに着きそうだと推測ができる。それはあの頃の膨大な記憶で、宝条に何らかの処置をされてもなお残った記憶達だった。
クラウドは全ての記憶を無くしてしまったが、それでも自分は覚えている。その事実は悲しいが、逆に考えればある意味では救いなのかもしれない。
いつだったか…同じようにそれを共有できる人がいないことは寂しいと口にしたけれど。
それでも、たった一人でも、自分だけであっても、それを覚えているなら、きっとその過去は消えないような気がした。
もう誰も――――昔のようには笑ってくれない。
それは、知っている。
今此処でどんなに笑ってみてもクラウドは笑わないし、何かの拍子にセフィロスに遭遇したとしても彼は笑ってなどくれないだろう。
むしろ過去など捨て去って、今度こそ自分を殺すかもしれない。今度は、セフィロスの見つけた道という美徳を邪魔する者として。
しかし、それであっても忘れはしない。
それに、こうしてミッドガルを離れていた時間、そこにだって笑顔はあった。大切な誰かが無くした笑顔を、まるで繋ぎ合わせるように…そこにもやはり、笑顔があったのである。
ザックスは、緩やかにクラウドの手を握った。
そして、どことも知れない場所を見詰めるクラウドに、そっとこう告げる。
「もし…この先で離れることがあったとしても…最後は絶対、笑ってような」
そう告げたザックスの脳裏をすっと通り過ぎるもの。
それは、憎しみに顔を歪めながらセフィロスに飛び込んだクラウドの表情。
そして、全てへの憎しみを心に蔓延させたセフィロスの表情。
―――――そんなものは、別れじゃない。
話せなくても、会えなくても、この今という状況は別れではない。だってあんな表情での別れなんて寂しすぎる。
まだ、側にいる。
まだ側にいるはずだ。
そう思うと、僅かでも希望があるような気がして、ザックスの心は俄か安堵する。そういう笑顔の別れが出来る時まで…勿論別れなど無い方が良いが、それでもそういう時がきてしまうならば、その時はきっと笑顔でいよう。
そんなふうに思う。
「おーい、兄さん。どうだい、調子は?ケツが痛いだろ」
ふと運転席からかけられた声に、ザックスは慌ててそちらを振り返る。
するとそこには、運転中だというのに後ろを振り返って話しかけてくるドライバーの姿があった。それを見て、慌てて「前!前!」などと言ったザックスに、ドライバーはガハハハと景気の良い笑いを見せる。
その豪快な笑い声を聞いて、ザックスは肩を竦めて笑った。
そして、
「なあ、ミッドガルはまだか?」
そんなふうに聞く。
もうそろそろ見知った場所まで来ていいはずだが、今のところはまだである。時間も分からないから何となくそんなことが気になって、どんな状況かと聞いてみる。
するとドライバーの男は、あ~、などと言って頭をボリボリとかき始めた。
「まあ…もうすぐだ!公道を走りゃ早えんだけどよ、何せ裏道ばっか通ってるもんで道が粗いんだよ。こんなんじゃスピードなんか出やしねえ」
ちぇ、と舌打ちをした男は、そのあと気持ち良さそうに鼻歌を歌い始める。文句を言っているわりには嫌だという気持ちはそれほど無いらしい。
確かに道はデコボコで、スピードを出す出さないの問題の域ではない。
しかし、思えばそれも、ザックスとクラウドの為に考えられたルートなのだ。だからザックスはその男の愚痴には困ったふうに笑うだけで何も言葉は返せなかった。
「おーい、兄さん!アンタよ、一体何者なんだ?そんなデケえ剣なんか持ってよ、ミッドガルに出稼ぎかあ?」
再度投げかけられたその言葉に、ザックスは「まあ、そんなようなもんだ」と無難な言葉を返す。それを真に受けた男は、そりゃえらく大変だ、などと言ってそのまま世間話を続けていった。
「ミッドガルっつったらあの神羅がデンと構えてんだぜ?おーそうだ!兄さんだったら神羅で雇って貰えんじゃねえか?いけよ、なあ!」
「ああ…まあ、な。考えとく」
「人生一度っきゃねえからなあ!男だったらひと花パアっと咲かせて散れってもんだ」
「そうだな」
ザックスはそう返したものの、そんなふうには考えていないようだった。しかしそれは、前の座席にいる男の眼には映らない。
男はそのまま鼻歌を歌い、ザックスはその上手くもない鼻歌を耳にしながらクラウドを見詰めた。
ガッタン…
ガッタン…
デコボコの道は続いていく。
車体と、乗車する人間の体を振動させて、長い長い道を走り続ける。
ガッタン…
ガッタン…
男の鼻歌が、そよ風に乗って流れていく。
見上げた空には、幾層にも重なる雲がすうっと浮かんでいた。
それを見ながら、もう一度、しっかりとクラウドの手を握り締める。
そうした瞬間に、ガッタン、と車体が揺れ、それに伴って揺れたクラウドの体が隣のザックスの肩にぶつかった。
そうしてクラウドの体重が肩にかかると、ザックスはそれを避けることなく金の髪に口付けるように顔を埋めた。
何となく、目を瞑る。
ガッタン…
ガッタン…
――――――――ガタン…!!
「!!」
来た―――――!
一際大きな揺れを感じ、ザックスはバッ、と顔を上げた。
それと同時に「ぎゃあああああ」という絶叫が聞こえてくる。
それが誰の声なのかということは見なくても直ぐに察する事ができ、ザックスは瞬時に手に掴んだ剣に力を込めた。
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