最大の任務:10
ゆっくりとクラウドの唇を捉えたザックスは、重ねるだけでは足りなくて、その唇を割って舌を忍ばせた。捕まえた舌先は、まるでザックスのそれを待っていたかのように深く絡まってくる。
最初はゆっくりとした動作だったそれは、やがて吐息をもらすほどの絡まりを見せた。
「ん…んっ」
漏れる息遣いに、そっとと眼を開けてみる。僅かな隙間から覗いたその先には、確かにクラウドの姿があった。
それは何だかとても不思議で―――――…まるで信じられなくて。
たった一度の過ちをおかしたあの夜、こんなことを考えたりしなかった。その唇やその首筋が、これほど大切なものだとは気付かなかった。
あの時は、感情にかられるようにその体を雁字搦めにして己の欲求を満たした。
しかしその満足とは、一体何だったろうか?
満たされたのはたった少しの優越感だけで、残ったのは後悔だけだった。何てことをしてしまったのか、そういった後悔だけしか、あの場所にはなかったのである。
けれど今この腕にあるものは、単なる優越感などではない。
多分これはあの夜に求めていたもので、今この逆境になってようやく辿り着いた場所なのだろう。
重ねあう唇は、あまりにも大切だった。
いつか見たその首筋は、あまりにも大切だった。
絡めた腕も、共有する温かさも、吐息すら、全てのものがあまりにも大切で、ともすればこの行為の中で壊れてしまうのではないかと思う。
それでも今その体に触れられるのは、あの日と今この瞬間が確実に違うという証拠だった。
「ザ…ックス…」
衣類の下に忍ばせた指先の動きに、クラウドが小さくその名を呼ぶ。そうされてザックスがクラウドを見詰めると、その瞳は真っ直ぐにザックスを捉えていた。
ふっと、微笑む。
そうした後に返ってきたのは、同じような微笑だった。
「…あの頃とは…もう違うんだな」
ザックスの手に伝わるクラウドの感触はあの頃とは違っている。
あの頃はまだ幼い感じがしたのに、今ではなんだかしっかりしたような気がするのだ。期間にすれば約ニ年ほどの話だが、その間に随分とクラウドは成長したらしい。
たったそれだけの時間なのに…きっとその時間は膨大だったのだろう。
それに気付いたザックスは、何故だか無性に切なさに襲われた。その切なさがどういった類のものであるのかは理解できない。ただ単純に、ああ、それほど時間は経ってしまったのだ、と思った。
それほど時間は経っていて、その時間は確実に何かを変えてしまった。それはクラウドの成長だけではなく、二人を取り巻く環境まで。
そう…まるで、この苦しい現状に耐える為に、生き急ぐように急成長したとでもいうように。
そして―――――…。
「…そうだね…それだけ、一緒だったんだね…」
――――…ああ…、
こんなふうに変わってしまうほどの時間――――側に、いた。
大切すぎる時間は、まるで夢を見ているかのように早く過ぎていく。
壊れてしまうのではないかと思う体を、それでも強く、強く包む。
愛などという言葉では伝えきれないから、“好きだ”と告げる。
“好きだ”、と。
―――――“ねえ、ザックス。約束して?”
愛しい人は、微笑んで言う。
―――――“…また、会いにきて。…必ずだよ”
そう言って、唇に暖かさが触れた。
“会いに来て”。
その言葉を聞いた時、どうしてそんな事を言うんだろうかと思った。
だって今、此処にいるのに。
一緒にいる、側にいる、そして触れている。
それなのに……何だかその言葉は、寂しい響きをしているような気がして。
しかし、ザックスにはその理由がわからなかった。体を包む暖かさの中では、その寂しさを追求する気になれなかったのである。
その理由がはっきり分かったのは、ある大きな落伍感を覚えたのと同時だった。
周囲にあるのは、暗闇。
手に、指先にあるのは、確かに暖かい肌。
けれど、それは―――
「……ク、ラウド…!?」
―――――それは、虚ろな眼をした無反応なクラウドのものだった。
先ほどまで重ねあっていた肌を緩やかにはがしたザックスには、自分の目に映ったそれは到底信じられるものではなかった。
何しろ眼前にあるのは呻き声を発するだけのクラウドで、先ほどまであれほどハッキリとしていたその瞳はまるで虚ろである。
その瞳は今やザックスの姿を見ているのではなく“映し出している”だけに過ぎず、とても現状を理解しているとは思えなかった。
それが意味するものとは、一つしかない。
自分は―――“この”クラウドを抱いたのだ。
ベッドの隅で蹲りザックスの言動に何一つリアクションを返さない、あのクラウドを。
それを理解した瞬間、ザックスは呆然とする。
何故?
最初に思ったのはそれだった。
しかし時間が経過すればするほど、その「何故」は「後悔」や「嫌悪感」に変換されていく。
あの暖かさの中で対峙したその人は確かに正常なクラウドそのものだったが、実際に抱いたのはこのクラウド―――つまり、無反応で何一つ理解できないその体を、自分は抱いてしまったのだ。
その事実に直面した時、ザックスの脳裏からは“何故そんなことが起こったのか”という疑問は消失していた。そんな理由よりも、事実そのもののがあまりにも大きくて。
がしかし、呆然とするザックスの手にはしっかりと答えがあった。
「………」
その手には、ドラッグが握られていた。
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