GLOWFLY(22)【ザックラ】

*GLOWFLY

真実の選択肢:22

  

「脱…って、まさか…」

「そうだ!お前と、それからクラウドのことさ。親切にもデータ付きで渡されたんだぞ、お前達の書類をな。世界のどこにいるとも分からないお前達を探せと、そう言うんだ。…まあ、案外と近くにいたみたいだけどな」

「……」

ということはルヴィはザックスが今迄ひた隠しにしてきた事実まで全て知っているということか。

それを思って、ザックスは絶句した。

なるべくそれだけは知られたくなかった。そんな気がしていた。

勿論もうこのような状況なのだからそんなレベルの話ではないのだろうが、それでも何時の間にか知られていたというのは少なからず衝撃である。

ルヴィは――――ザックスの体やクラウドの体に施された実験の詳細までもを知っているのだろうか。

だとすれば、今迄神羅とは全く別個の所で関わってきたからこその安堵は、この瞬間に消え去ってしまう。…いや、もう消え去っているだろうけれど。

「…まあ、そういう流れがあったんだ」

ザックスの何ともいえない表情を眺めながら、ルヴィはすっかり真面目な表情に戻って静かにそう言った。

それから、今までの行動についてを口にし出す。それは大方ザックスの想像通りのもので、その追跡の為にザックスに近付いたこと、そして身を隠す為に女性の姿をしていたことなどをルヴィは淡々と語った。

あの姿も性格も、本来の自分を想定させない為の芝居。

要するにそれは、やはり裏切り行為に変わりはなかったということである。

「お前は俺を責めるかもしれないが、これはあくまで市から要請された仕事だ。確かに書類の人物とお前が同一人物だと知った時には驚いたもんだが…だが安心しろ。神羅に頭なんか下げるつもりはない。要するに…」

「俺とクラウドを、殺すつもりも差し出すつもりも無いって事だな」

「そうだ」

頷いてそう言ったルヴィは、長らく同じ体勢でベット脇にもたれ掛かっていたのをすっと正すと、前かがみになってザックスを見遣った。それから、

「むしろ、敵はもっと近くにいるはずだ」

そんなことを言った。

その言葉の意味が分からずに首を傾げたザックスは、それについて深く考えることはせずにそのまま話題を流す。

それよりも気にかかるのは、自分らを見つけたルヴィが、それをそのままに行動してきたという事である。あの酒場で何度も会って語らって、仕事まで斡旋して…そしてクラウドの状況まで知ってしまったルヴィ。

仮初とはいえ神羅の臨時社員として行動しているというのに、ザックスやクラウドを見て何も思わなかったのだろうか。

市は確かにルヴィのような一部の何でも屋に神羅の潜入を要請したのだろうが、多分その仕事の中で神羅に従わねばならない状況になるだろうことは分かっていたはずだ。

もし最初から神羅を敵に回すことができるなら何でも屋など雇わなかっただろうし、そのリスクの大きさは十二分に分かっていたはずである。

だから、仮にルヴィが神羅の仕事に従ってザックスとクラウドを差し出しても、市は何も文句など言えないはずなのだ。それがどんなに市にとって問題のあるものであっても、致し方ない状況となれば話は別なのだから。

実際、神羅はザックスとクラウドを捉えることに関してはそれなりの報酬を出すのではないだろうか。

だって、あんなに大きな事件だった。

そこから逃亡した事実は―――――大きすぎる。

「俺はな、ザク」

思考に陥るザックスの耳に、ふっとルヴィの声が入り込む。

「お前の深い事情なんて知りやしないさ」

その言葉を聞いて、ザックスは何か引っかかるような感じがした。

どこかでそれと同じ言葉を聞いたような気がしたからである。

一体どこで聞いたのだろうか…そう思ったが、少しばかり考えたら直ぐにその答えは出てきた。そうだ、確かそれは瓶底オヤジに言われた台詞だったはずだ。

「書類に書かれていたのはお前とクラウドの経歴とかそんなものだった。それから、ある実験の途中に逃亡したこと――――だから俺は、その実験とやらがどんなものかは知らない」

「そうか…」

「でもな。あの酒場でお前と会って、色々話して、俺は思ったんだ。どうやら事態は深刻なんだろう、とな。…それにお前は、必死だった」

クラウドを助ける方法がどこかに無いものか。

無いのであれば、今後どうしていけばいいのか。

そういう事を抱えながら笑っていたザックスを、ルヴィはずっと見てきたのである。

どんなに笑っていてもその奥にはいつもそれが付き纏っていて、それはずっと消えないものだったから…だからルヴィは、時として強い言葉を放ってきた。

それは結局、ザックスを認めていたからこその行為だったのである。

「ザクを見てて、俺は決めたんだ。よし、こいつに手助けしてやろうって」

そう言って自信ありげに笑ったルヴィに、ザックスは無意識の内に小さな笑みを返した。

良く分からない、分からないけれど何だかそれが妙に強くて安心できるもののような気がしたから。先程まで疑っていたのが酷く浅ましい行為であるような気持ちになったほどに。

ルヴィはふと立ち上がると、床に蹲るようにしてベットの下をガサゴソと遣り出した。そしてそこから小さな袋を取り出すと、それをザックスに放る。

それを受け取ったザックスは、その物体が何なのかを把握して、すっと笑みを消していった。

「ルヴィ、どういうつもりだ」

一転して少し尖った口調でそう言ったザックスは、続けざまに、

「こんなものは必要ない。俺はこんなのに頼るつもりなんかない」

そんなふうに言う。

――――――それは、ドラッグだった。

いつだったかルヴィが酒場でザックスに手渡したものと同じドラッグ。量はあの時と同じで、多すぎるわけでもない。

しかし今此処でこれを受け取ってはいけないような気がして、ザックスは頑なにそれを拒否しようとした。

けれど本当は…あの時だって、捨てられなかったのだ。

最後の一粒であるドラッグを見詰めて、ザックスはそれを捨てることができなかったのである。

その理由など、あまりに簡単すぎる。

だって――――クラウドに会えなくなってしまうから。

「嘘はもう良い、ザク。だってお前、飲んだじゃないか」

「なに…」

そんな事は一言も言っていない。それなのにどうしてそれを…?

そう驚いて目を見開いているザックスの目の前でルヴィは、良いんだ、と言った。

「隠したりしなくて良いんだ。もう分かってる。お前は結局クラウドの事が好きなんだろう」

「……」

「クラウドを抱いたっていうのが、その良い証拠じゃないか。それは悪いことじゃない」

ルヴィはそんなふうに言ったが、当のザックスにはそうは思えなかった。

確かに、好きということは認めざるを得ない事実だったし、それはもう痛いくらいに分かってしまった。

けれど、だからといって意識的に何かを感知することもできないクラウドを、己の一方的な感情だけで組み敷いてしまったことはとてもじゃないが良い事とは言い切れない。

クラウドの同意を得たわけでもないし、クラウドの気持ちとてザックスにあるかどうかなど分からないのだ。

そういう観点からすれば、あの行為は強姦と言っても過言ではない。

そう…あの日のように。

「…ルヴィ。お前はそう言うけど、俺はそれで散々後悔してきたんだ。今だってそうだ。会いたくても会えなくて、話したくても話せない。アイツがどう思ってるかなんて分からないんだ」

ぽつりとそう零したザックスは、手の中のドラッグを見詰めて辛そうな顔をしている。その背後では、ぼうっと天井を見詰めているクラウドの姿があった。

ルヴィはそんな二人の様子をベット脇から見遣りながら、大丈夫だ、などと言う。

「大丈夫だよ、ザク。お前の気持ちはクラウドに届いてるさ」

「何を根拠にそんな事言うんだよ」

顔を上げて反論したザックスは、そうしたた割には、どこかそうあって欲しいと願っているふうだった。密やかに混ざりこんだ寂しそうな語調が、それを示している。

しかしそれに返された言葉は、妙にラフなものだった。

「勘だよ、勘。それにお前、セックスしたんだろう。前にも言ったはずだ、セックスは本能でやるもんだと」

それは、いつだったかザックスの脳裏にこびりついて離れなかった言葉である。

「その時クラウドはどうだった?もし生理的にさえお前を拒否するなら、クラウドも勃ちゃしないだろう」

「やめろよ、そんなふうに言うの」

「本当のことだ、何が悪い?…それに。第一に問題なのはお前の気持ちの方だろう。お前がごちゃごちゃと言ってる方がよほど拉致があかない」

「…畜生」

忌々しそうにそう吐いたザックスに、ルヴィは笑った。

あまりにラフで思わず腹立たしくなったが、ルヴィからすればそれは勿論理由があるからこその言葉である。その理由には勿論ルヴィの持つラフな私見も含まれていたが、その他にも理屈を持った理由が含まれていた。

それこそが、そのドラッグの存在である。

「そのドラッグ…実は神羅の建物の中から拝借したものなんだ」

ルヴィのその一言はすっとザックスの耳に入り込み、そしてザックスを絶句させた。

神羅の作ったドラッグ…ということはつまり、これは何がしかの研究の際に使われている薬ということだろうか。

そうだとしたら、ザックスやクラウドのように過去忌々しい実験の試験台にされた人間にとってどんな副作用があるとも分からない。ルヴィは実験の詳細は分からないと言っていたからそんな事は考えることができなかったろうが。

もしかしたらこれは、危険すぎるかもしれない。

ザックスの脳裏にそんな感情が走ったその時、目前のルヴィの口からはこんな言葉が発せられた。

「神羅があの建物で行っている実験は、男女を使ったものだ」

「な…どういう事だ?」

「人員募集は、男女各50名づつ。その50組にそれぞれ性交渉をさせ、子供を産ませる。…一年前も同じ内容だったらしい。だが、実験は失敗だった。50人の女は子供を宿したその後、産むまでいかずに重度の精神障害になり―――行方不明に。男の方も、身体や精神に異常をきたした」

腹に宿った子供が原因だとすれば女に発症した障害は頷けるだろう、とルヴィは言う。確かにそうだ、その体の一部なのだから。

しかし、だったら何故男にまでその異常が及んだのかが問題になる。

元来男の方は精子提供をしているだけに過ぎないのだから、それが終われば女の体に繋がりは持たない。

「要するにそれは、セックスの時点で何らかの問題があったということだろう。男の方にも薬か何かが投与されて…多分その結果が“異常”なんだ」

「それで…その後は?」

「さあ。女の方は行方不明だから消された可能性がある。男の方は、体や精神に異常をきたしたまま生きているか、それともやはり消されたか…どちらにせよ、一体何がしたいんだかは分からないけどな」

話を聞いたザックスは、それがおそらく自分の体に施された実験に近いものなのだろうと思っていた。同じものではないとはいえ、実験というからにはその指揮はあの宝条という男だろう。確か神羅の科学部門統括という地位の男だ。

しかしそうして男女にそんなことをさせてまで、一体何がしたいのか…そこまでのことはザックスも分からなかった。

ただ気になったのは、精神異常、という部分。

違う実験とはいえ、クラウドも精神に異常をきたしている。そこからすると、その女性たちの精神異常の原因にも魔晄が絡んでいるのかもしれない。

ルヴィの言う通り、性交渉の前にそれぞれ薬のようなものが投与されていたとしたら―――そしてそれが、魔晄を凝縮したものだとしたら。

そうだ、あのニブルヘイムの魔晄炉で見た、あの光景のように。

「俺がこんな話までしたのには理由がある。それはあのドラッグのことだ」

  

  

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