2nd [FIND]:04
今日はシステム稼動のテストをするから、絶対に顔を出してくれと、そう言われていた。けれど、その前にツォンにはどうしてもしておかなければならないことがあった。
ルーファウスの元に……行かなければ。
今その人が自分をどう思っているかは分からないし、確かにあの別れは良いものではなかった。それこそ誰かが言ったように、ルーファウスにはもう理解ある誰かがそばにいるのかもしれない。
けれど、それでも良いから、どうしても会いたかった。
会って何をしようという訳でもなかったけれど、それでも。
もし一言だけでも言葉を交わすことが許されるなら、ただ一言、謝りたかった。
本当はどちらが悪いということもないのだが、昨日ようやく事の真相に気付いたツォンとしては、どうしても自分が許せなかったのである。
あんなに傍にいたのに気付かなかったのは、自分の落ち度だと思う。
ルーファウスと離れたことで、自分自身も酷い痛みを感じたあの日。あの時にこの答えが出せていたら良かったと思う。例え結果が同じであろうとも。
急ぎ、昔の土地へと向かう。
共に過ごしてきた土地は今もそのままだが、大きく見れば変わってしまったように思える。丁度ツォンが働く事になったあの地に近いからだろうか、区画はあの頃よりかはしっかりしてきたようだ。
もう一度――――そんなふうに言ったら、都合が良いといわれてしまうだろうか。
多分ルーファウスはあの日と同じように、ツォンの言葉に耳を塞ぐことだろう。許してはくれないはずだ。
そう思うと、やり直しはきかないと思うけれど……。
ふと、いつかのルーファウスの言葉が思い返された。
“良いんだ、ツォン。今のままで、良い”
「…今のままで」
―――――今は、良いはずがない。
別れの日、ルーファウスの告げた言葉に嘘はない。今でもなお、嘘ではないと思う。その人への想いは変わらずに持ち続けているし、今は理解できてもあの日は理解できなかったものがある。
つい小走りになる中、ツォンは無意識に呟いていた。
「貴方は…最後の人だ」
傍にいて欲しいと思う、最後の人。
恋人や家族、友人…人生には何度か傍にいてくれる人がいるものだが、最後の人だと思えるのは一人だけだった。
それはもう、神羅が崩壊する以前から分かっていたことである。だから今そう思うのはきっと、再確認なのだ。
このまま生きていて―――…一体、あの人以外の誰を愛せるのだろう?
辿り着いた懐かしい場所で、ツォンは勢いのままにドアを押し開けた。そこにはあの日のままの姿の家が建っている。とても綺麗とは言えない家。ボロボロと言っても過言ではなかった。
「ルーファウス様!」
そう叫んだが返答はない。良く考えれば今はまだ勤務中だろうかとも思うが、それにしても様子がおかしかった。
だってその家には―――生活感が無い。
「…ルーファウス様…」
視界の中では、白いカーテンが風に揺れていた。ゆらめくカーテンを目にしながら、ツォンは呆然と立ち尽くす。
カーテンの他に、そこには何も無かった。
衣服も、食料も、生活に最低限必要な家具さえ。
「何故…?」
明らかに、この家に誰かが住んでいる形跡はない。
まるで今日ツォンが此処にやってくるのを見越して、ルーファウスが何処かに行ってしまったかのような気がする。まさかそんなことは無かっただろうが、それはあまりにもショックな光景だった。
手掛かりすらない。
目に入るのは、ただ、揺れ動くカーテン……
―――――間に合わなかった……
あの人を迎えに行くには、遅すぎたのだ。
だからルーファウスはどこか遠いところに行ってしまったのだ。
手に届かないほど、遠いところへ。
揺れるカーテンの前で、霞んだ目の中で、何かがぼんやりと映しだされた。それが何かも考えようとしなかったツォンは、そこに見た幻想に緩やかな笑みをもらす。
それは、華やかなステージに立つルーファウス。
真っ白な服を纏い、手には洒落たグラスなどを持って。
綺麗に纏め上げた髪を揺らして、彼は振り向く。
そして、笑う。
―――――ツォン、この世界も悪くないだろう?
―――――汚いという奴らもいるが、意外と綺麗なものだ。
―――――そうは思わないか?
例え、作られた世界でも。
「ええ、綺麗ですよ……貴方がいる限り」
かつて見た広大な世界は、今でもその広さを保っているはずだ。
少しくらい視界が狭くなっただけで。
その幻想の前に膝をつき、ツォンは寂しげな笑いを浮かべた。
「いつまでも貴方の傍に。―――ルーファウス神羅、貴方の」
例え全てが終わっても、変わらないものはあるはずだ。
この想いが変わらないように。
ただ、そう願う。
幻想でも良い、
過去でも良い、
嘘でさえ良い。
貴方は、“最後の人”。
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