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恋愛機軸という意味でSWEET表示になっています。幸せは、思い出の中では永遠を保つことができる。
fish:ツォン×ルーファウス
ベットの上で目覚めると、そこには彼がいた。
彼は、優しくこちらを見つめながら優しくその長い指で髪をすいてくれる。
手の甲でゆっくり頬を撫で、何かか弱い動物でも見るみたいに柔らかい笑顔を見せてくれて―――。
ああ、そうだ。
思えばそこには、愛が溢れていた。
何の変哲もない質素な部屋や空間であっても、彼の見せるその表情にこそ愛は溢れていたのに。
高級創作料理の席にて、ルーファウスは生食の魚というものを口にしていた。赤身の魚で、随分と高値で取引されているものであるらしい。
食物連鎖という世の理は理解しているつもりだったが、しかしそのときは何だか妙にその綺麗に盛り付けられた魚が可愛そうに感じられた。
きっと、赤かったからだろう。
その真っ赤な様子が随分と血を連想させたから。
「生食の魚は新鮮なうちに頂かないといけません。さあ、どうぞどうぞ」
「ああ」
ルーファウスは同席していた男にそうすすめられ、とりあえずその魚を口にした。味は良く、とても新鮮な様子が伺える。さすがにいうだけあって、これは美味いと思った。
しかしそう思うとなると、今度はその新鮮さが失われた際はどうなるのかが気になってくる。そこでそれを問うと、男はこう答えた。
焼物にも煮物にもできますから問題はないのです、と。
しかしその際にはその真っ赤な色見は失われ、すっかり茶色くなってしまうらしかった。焼いたり煮たりするのだから色がついて当然なのだが、それにしたって赤が失われるのは何だか切ない気がしてしまう。
「どうしたらいつまでも新鮮な赤のままでいられるんだろうな」
「それは無理ですよ、ルーファウス様」
「何故?」
「だってそうでしょう。この魚だけでなく、何事だって、いつまでも新鮮なままではいられないものですよ。まあ、理想としてはそうありたいものですけどね」
「何事も…か」
そういわれてみれば、男の言うことは正しいような気がした。確かにどんなものもいつまでも同じ状況のままというわけではないし、仮にそうであったとしてもそれは新鮮ということとは違ってきてしまう。
新鮮さが失われるということは、ある種の「死」を意味しているのかもしれない。
ルーファウスは漠然とそんなことを思いながら、赤い血の色をした魚をぺろりと平らげた。
その日の夜、冷たくひんやりとしたベットに身体を滑り込ませながらルーファウスは考えていた。
明日の朝、このベットの上で目覚めた時……その時きっと自分は一人だろう。一人で眠っているのだからそんなことは当然だと思うだろうが、しかし以前の自分はそうではなかった。
一人で眠ったはずのベットに、朝起きるとツォンが眠っている。
目が覚めた瞬間に、ツォンの視線がそこにある。
――そういうことが、普通に起こっていたから。
けれどそんなふうに驚きの連続であった日々は、もう遠い昔のことになってしまったのである。だからきっと、明日の朝にはそんな奇跡的なことは起こらない。そう思う。しかしそう思う裏で、そんな奇跡が起こってくれればとどこか期待している。
しかし真実そこにはもう、あの生身の魚のような赤い赤い新鮮さは存在していない。あの情熱的な血のような赤さは存在していないのである。
「だって仕方ない…」
ルーファウスは呟いた。
そうだ、これは仕方のないことなのだ。
だって、生身の赤を料理して茶色くしてしまったのは自分なのだから。それを、今更真っ赤に戻すなんてことはできないし、仮にそんなことができたとしてもそれは新鮮とは違うことになってしまうのだ。
何の変哲もない質素な部屋や空間が、それでも色を持ち意味をなしていたという事実。それは今や、連続してやってくる毎日からは失われてしまったものだけれど。
ああ――それでも朝はやってくる。
「おやすみ、ツォン」
ルーファウスはかつてそこにあった愛に向けてそう呟くと、そっと目を閉じた。
END