50/50(2)【ツォンルー】

ツォンルー

「どうしました?」

ツォンはもう立ち上がっていて、まだ座ったままの俺を見てそんなふうに聞く。

俺は何だか良く分からない気分になって、ツォンをそっと見上げた。

見上げた先のツォンは、先ほどまでの甘い雰囲気は残していなくて、ただ普通の視線を俺に送ってくる。

「ええと…その。良いのか、帰っても?」

自分で帰りたいなんて言ったくせに、俺はそんな矛盾した言葉を口にしていた。今度はツォンに選択肢を与えてどうするんだ、と自分に毒づきながら。

「ええ。だって…帰りたいんでしょう?」

「いや、そうなんだけど、そうじゃなくもないというか何と言うか…いやだからアレは勢いで言った気もしてて、でも本心でもあってだな…ええと」

自分で言っていて、俺は訳が分からなくなった。

ほとほと混乱状態に陥っていた俺に、ツォンは何故だか少し笑う。人が悩んでいるというのに、何て失礼な奴。

「では…もう少し一緒にいますか?」

上からそうツォンに言われて、俺はすぐには頷けなかった。何しろ混乱状態だ、完璧にそうしたいのかどうかというのも訳が分からない。

それだから俺は唸るみたいにしていて答えを出せないまま暫くそのままでいた。するとその内ツォンは元のように椅子に腰を下ろすと、さっきしたように俺の髪に手なんかを伸ばしてきた。しかもこんな事まで言ってくる。

「本当に貴方は可愛い人ですね」

……は?何を言ってるんだ、こいつは!?

っていうか…そんな恥ずかしい台詞が良く吐けるな。

ツォンはそんな俺の心の中の想いとは裏腹に、そのまま話し続けた。ツォンは普段こんなことを話す方ではないから、多分これは珍しいことだ。

「一緒にいたいかと聞いたら、貴方は大体答えない。でも私が一緒にいたいと言ったら、多分貴方は一緒にいてくれるんでしょうね」

「何だよ、それは」

「…ルーファウス様は、私が誘わないと一緒にいてくれないんですよ。今までだってそうだったんです…気付かれてましたか?」

「え。…そ、そうだったかな…??」

そんな、気付きもしなかった。

「貴方から私を誘うことなんて無くて、でも私が誘うと貴方は嬉しそうにしてくれて。だから私は、そういう貴方が好きだと思うんですよ」

「何だよ、それは。そういうって…」

何だか段々ツォンのペースにハマってきているような気がする。

こうやって話なんかしようものなら、しかもそれが俺とツォンの事に関係なんかした日には、ますますこの雰囲気から出れないじゃないか。

でもこうしてツォンが余分な言葉を口にするのは珍しくて、俺はそれを聞いてみたいなとも思っていた。

「自分からは好きだなんて言わないのに、そう思ってくれている貴方が、ですよ。仮に一緒にいたいと思っても、貴方は自分からそうは言わなくて、私に言わせるように仕向けるんでしょうね」

「…失礼な。俺はお前ほど姑息な手段は使わないぞ」

自分の方がその気にさせる手段をいっぱい持ってるじゃないか、全く。

でもそんな俺にツォンはこう切り返した。

「何言ってるんです、それは身につけたんですよ。そうでもしないと、貴方はこっちを向いてはくれないんだから」

勉強したんです、とか何とか言いながらツォンは、俺に向かって笑った。さすがの俺もそれには毒づけなかった。確かに俺も俺で素直という人間とはかけ離れているし…それを分かりつつも直さない俺も俺であって。

でもそんな事を言ったら、俺って相当嫌な奴じゃないか??

「私がそうしてからやっと、貴方はその気になってくれるんですよ。だから私はそれ以外の時……」

「それ以外の時?」

それ以外といえば、働いている時の事だろうか。

「こんな私でも…不安になったりするものです」

俺は思わず口を開けた。不安、そんな言葉がツォンの中にあったとは思いもしなかった。ソレは勿論、嫌味じゃない。嫌味じゃなくて本当にツォンは何でもこなせるし、何にしてもパーフェクト。……此処だけの話、夜も完璧。

そんなツォンにも不安があるなんて、そう思ったがどうやらその話の筋からいくと、その不安要素とはどうも俺であるような気がする。

「貴方は私に対しては自ら動こうとしないのに、他の事には動いたりするんです。…例えば今日の事も、ね」

「え、今日の事?それってもしや…ゲームの事か?」

いや、確かにアレは俺が金を出して買ったものだし、動くといえば動いたかもしれないが、それとこれとどう関係があるんだ。

ツォンは俺の質問に、そうですよ、と言いながら少し視線を外した。

「いや…自分でも子供じみた真似だったと思ってるんです。でもあまりにもルーファウス様が楽しそうで、つい」

「…何。もしかしてお前って…」

もしかして、もしかすると、それっていわゆる嫉妬とかいうやつか。いや、でも待て。そういうのは得てして人に持つものだったような…。

俺が首を捻りながらツォンを見遣ると、ツォンは珍しいことに少し照れたような顔をしていた。勿論、視線は外れたままだったが。

「今日は、会う約束だったじゃないですか」

「ああ」

「そういう日、実は結構……何と言うか、ルーファウス様のことばかり考えてしまったり…するんですけど」

「…え…そう、なんだ…」

俺はついうっかり、ツォンにつられて照れてしまった。

「貴方も少しは私の事を考えてくれていれば良いな…と、思ったりしたりも…。だからつい、貴方が別のことで嬉しそうだったのが、ちょっと…」

「うっ…」

そうだよな…それは確かに俺でもCD取り上げるだろう。というか俺の場合、職権乱用するかもしれないけど。

でもでも、ちょっと待てよ。ということは、CDを取り上げたのも実はちょっとした嫉妬だったりして、その嫉妬が起こったのは実はツォンが俺の事を好きでいてくれるからだったりして、そうして考えていくと俺が腹を立てたのも実は筋違い状態なのではないか。

そんな気分じゃないから、ツォンとは一緒にいたくない…そう思ったけど、実はツォンはこの時間の為に嫉妬なんかしたりしたわけで。

…いけない、段々訳が分からなくなってくる。

とにかく俺は自分が怒っていたのも何だか意味が無かったような気がして、気が抜けてしまった。しかもツォンの告白は少し…いや、大分衝撃的だった。ツォンはいつも何でもさっさとリードしているように見えたが、それも実は色々と事情があったわけだ。

何だか――――――俺とツォンは、そんなに変わらないような気がした。

しかし問題は、俺という人間についてツォンにかなり見抜かれているという事実だ。

そう…ツォンに指摘されたことは、確かに当っている。

でも反対に言うと、俺もツォンの事で見抜いていたことは結構ある。だからそれはフィフティ・フィフティってところだろう。

お互いクセは見抜いている。

でも心の底にほうに隠してるものは、時には見抜けない。

俺はツォンがそんな不安を抱えているなんてこと、知りはしなかったんだから。

「…そんな訳で、私も色々考えたりするんです」

そんなふうに言ってツォンは、少し困ったような顔つきになって、それでも笑って俺を見た。そういう顔は今まであまり見たことがなくて、仕事で重大なことが起こったときと、二人きりでいるときが混ざったような表情だった。

俺は、何も言わずにただじっとツォンの顔を見つめてみる。

すると、その内ツォンの表情からは困ったような部分が消えていった。

優しさ全開だけが、そこに残ってた。

何だか不思議だが、俺はそれを直視することができて、しかもそれから目を離そうとも思わなかった。どちらかといえば、このまま見つめていようと思った。

変な感じ…。

でも一つだけ、俺は思ったことがある。

それは、やっぱり今日はもう少し一緒にいたいなあという事。

でもそれを口に出すのはやはりツォンが指摘したみたいに俺にはできず、俺はその代わりといってはなんだが、そのままツォンと見詰め合っていた。周りから見たら、何だあれは状態なんだろうなと思いつつ…まあたまにはこんなのもアリかな?

そんな状態から少し経ってツォンは、俺には何も言わずに、ただ新しい注文をした。

それからツォンはやっと俺に向かって話しかける。

「これで良かったんですよね?」

俺は、

「さあ」

なんて言いながら首を傾げて、笑ってみせた。

 

 

俺の視線にツォンが負けたのか、ツォンの視線に俺が負けたのか。

まあ…たまには引き分けとしようか。

なあ、ツォン?

 

 

END

 

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