Buddy(2)【ルドレノ】

ルドレノ

  
………かちかちクラスト生地………

………電流みたいにビリッて効く高めのやつ………

………スパイスたっぷり、でもってでかいスパイスも一つ………

………注文は19:00………

 

コンクリートと機械で出来た腐ったかちかちクラスト生地のピザ。

そこにある背の高い電気の塔…機械塔。

そこにはどうやらスパイスがたっぷりらしい。そして親玉スパイスも一個。

そいつがやってくるのは――――今夜19時。

 

 

 

少し息を切らせながらもそこに辿り着いたルードは、聳え立つ機械塔を目の前にして周囲を見回した。

予測が間違っていないなら、あれはレノからの暗号みたいなもので、ここに来いということなのだ。

多分それはあまり歓迎できない出来事だろうとは分かっていたが、何せスパイスを前にしてレノを放っておくわけにもいかない。

「どこだ…?」

見回す限りレノの姿はない。
時計を見ると、時刻はすでに七時十分ほどだった。

「……」

……遅かったか?

もしそれなりの事態に陥っているならそれなりの気配は感じられるはずだし、もし事が済んでいるならそれこそ姿を現さないのはおかしい。

とにかくレノがどういう状況にあるのが、それが気になる。

しかし此処でむやみやたらと声を荒げるわけにはいかず、ルードはとりあえずその中へと進んでいった。

機械塔の中はガランとして静かで、これという問題など無さそうである。時折機械の駆動音が響くくらいで、人の気配はない。

一体どうなっているのだろうか?

「全く…」

そうルードが呟いた、その時。

――――シュッ…!

「!」

何かの音が響き、ルードは咄嗟に物陰に身を隠した。
すかさず戦闘態勢を整えると、音の反響に耳を傾ける。

音の響きからしてそう遠くはない。

方向は――――東。

「……」

この位置から東方向では、機械塔の中枢部が地上から最上部まで繋がっている。距離と利便から考えても、その部位に誰かがいると考えて間違いはなさそうである。

となると問題は…。

「高さ」

――――どの高さにいる?

スッ、と上を見やる。響く音は無い。
スッ、と下を見やる。響く音は――…。

「よっ」

「なっ!!」

瞬間、緊張を切り裂くように響いた声に、ルードは思わず構えていた腕を押し出した。危機感に対する驚異の瞬発力とでもいおうか、それはルード自身が驚きの声をあげる前に繰り出される。

が、その攻撃をすいと避けた相手は「危ない危ない」などと舌を出して笑っている。相手の瞬発力も並じゃないということだろう。

「……おまえ」

ことの次第を理解したルードは、やっと緊張を解いてそう声をかけた。

目前にいたのは、レノである。

「あー悪い。驚かせた?でも真っ向から近付くと俺の命が危ないかなと思って、わりと安全圏で近付いてみたんだけど」

「…そうじゃなくて」

「何だよ?」

そういう事を言いたいんじゃないのか?、というふうに首を傾げたレノに、ルードはきつい表情をしてその腕をつかんだ。

ガッ、と捕まれた腕には、深手の傷がある。
それは、薄暗い機械塔の中で黒光りしていた。

「…無茶をするな」

「あーこれ?」

レノは笑うと、別に大したこと無いし、などと言って別の方の手をヒラヒラさせる。

「大したことないわけが無いだろう。おまえがこの深手なんだぞ?…少しは自重しろ」

「別にー?だってもう全員ノックアウトさせたし」

「そういう問題じゃない。単独行動は慎めと言ってるんだ」

「…へえ?」

ルードの言葉にふっと笑ったレノは、単独行動ねえ、などと呟き、続けてこんなことを口にした。

「その言葉、そっくりそのまま返してやる」

その瞬間、ルードは言葉を失う。レノの言った意味が一瞬で理解できたからだ。

この機械塔で、ある組織が動くだろうこと。
そしてそれを滅さねばならないこと。
それらのこと全てが、その言葉には凝縮されていた。

だってこれは―――――。

「何で隠してたんだよ?」

そう言ったのはレノの方だった。レノは負傷した腕をルードの手から離すと、黒光りする傷跡を見つめながら呟く。

「水臭いよな。一人でやろうなんて」

「…あれは俺の案件だった」

「だからってそりゃもう時効だろ?深追いするなってツォンさんも言ってた」

「…それでも俺の案件だった」

今日、機械塔に現れた者達への決着―――それは、過去から続くルードにとっての案件だった。

 

 

 

かつて、アバランチより以前に神羅に対抗する組織があった。

それは組織と呼ぶには粗末な集まりで、彼らは神羅によって剥奪された土地とそれに不随する労働について不平不満を訴えたあと、神羅の機能の一部でも良いから破壊しようという動きを始めた。

思えばそれは、陳腐な、せめてもの抵抗という程度だったが、それでも彼らにとってみれば多大な憎しみの具現化でもあった。

 

当時神羅の中枢だった兵器開発の要、開発工場を爆破した彼らは、その後に設計図その他の機密を盗んで逃走したが、そこをタークスに捕まり息の根を止められたのである。

その時その案件に関わっていたルードは、命を奪う前に数人を取り逃すという失態を犯していた。これについては上層部に伝えたが、どうも上はその案件に関してどこか無頓着らしく、残党についてはスルーされたのだ。

今思えばそれは、神羅の業態が変化していたが故だったのだろう。このときの神羅は、兵器開発事業から徐々に手をひくことを考えていたのである。
 
だからこそその案件に関してはもう深追いするなという令が下されたわけだが、任務完遂できなかったルードは、どうしても自身を許すことができなかった。

しかも、取り逃がした残党らが、後日ルードのプライベート空間である自宅に侵入したことにより、その事件はさらにルードの心に刻まれたのである。

彼らは集団として神羅への恨みを晴らすのではなく、リーダーの男の命を奪ったことへの個人的な復讐をしているふうだった。

 

このような襲撃をうけたルードは、神羅が彼らに制裁を下さないとしても、個人として彼らに決着をつけねばならないと思いながら過ごしてきた。

とはいえ日々の任務は多忙で、新しい案件は重要度が高いものが多く、なかなか時間が取れない。さらには、あの残党の情報があまりにも希薄すぎた。

その案件がリアルタイムで進行しているころは、神羅のネットワークをつかって様々な情報を容易に入手できたものである。しかしそれと同じ情報を個人で入手しようとすると、さすがに時間がかかり過ぎる。

体裁上“壊滅”とされた組織の、その残党である個人を探すのは難しい。何しろ相手は情報が飛びかうような特殊な人間ではないのだ。

しかし、それでもルードは諦めきれなかった。だって、その残党を捜し出すことの裏には、もっと大きな理由があったのだから。

 

それは――――いつかの、夜。

 

何度目かの襲撃をくらったルードは、その日こそはと、ワザと自宅に残党を誘導した。逃げ場所が無限にある夜の町よりかは家の中に的を絞ったほうが、攻撃するには都合が良かったからである。

誘導した家の中は暗く、ルードがその作戦を実行するのには最適だった。なにしろ家具の配置はすべて理解している。

うまく誘導した後、家主として有利に身を隠すと、残党が手探りで周囲を詮索する様子を伺う。

動きは、大体分かる。
音は近い、方向は左―――寝室近く。

そうして折を見、瞬間を計り、颯爽とした一歩を踏み出す。

失敗は、無しだ。
暗闇で感覚を失えば、自分も不利になってしまう。

そうして一撃を繰り出した――――その時。

ルードが放ったはずの一撃は、寸でのところで威力を失っていた。
それは、一瞬にして理解した違和感の為に。

己が繰り出したはずの一撃より先に、何か違う衝撃がその空間に走った。そして、間髪入れずに窓が割れる音が響く。その瞬間、ルードはすべてを理解した。

「…うぅ……ルー…ド……」

暗闇のなかから聞こえてきたこえたのは――――声。

その声が自分の名を呼んだことで、ルードはそれがレノだと知った。

それが分かった瞬間、ドッとある感情が流れ込む。
それは、何故、ということだった。

何故ここにレノがいる?
約束もしていないのに。
何故こんな日に限って、こんなところに…

―――――――どうして、こんな時に!

そう思ったが、起きてしまったことはもう取り返しがつかない。

レノは、自分と間違われて傷を負ったのだ。

それは腹部横一線のナイフ傷で、幸いなことに内蔵には届いていなかった。しかしナイフの刃に何か特殊な細工をしていたらしく、傷口から細菌が入り、それから数週間レノが安静を余儀なくされたのは隠せない事実だった。

だから――――だからこそ。

絶対に仕留めなければいけないと、そう思っていた。

任務完遂できなかった事への後悔、そしてレノを傷つけてしまった事への後悔、その悔しさが心のなかに溢れていたから。

 

それなのに、今また――――自分の身代わりに傷を負ったのだ。この相棒は。

 

 

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