俺とルードは、一際だらんとした歩き方をして、ぽっけに手なんか突っ込んじゃって、廃屋にだらだら近づいてった。
廃屋は廃屋だけあってモノスゴイことになってる。
外見もだけど中もそう、床は抜けてるわ、ガラスは割れてるわ、蜘蛛の巣はってるわ…ホント喘息にでもなりそーだっての。
蝶番が半分壊れてるドアをガンって足で蹴っ飛ばして、俺とルードは華麗に登場した。
さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、タークスのお出ましだぜ?
但し、今はタークスじゃない。
俺もルードも、ただのゴロツキだ。
「おーい、誰かいないー?」
俺がでっかい声で叫ぶと、奥の方でガラッと何かの音がした。
で、そこからひょっこり貧相な男が顔を出す。
男は俺の顔を見てビックリ仰天、俺は反対にニヤリ。
「レ…レノさん…!?」
「よー久しぶり。元気してた?」
「な…ど、どうして…どっか消えちまったって…」
「んー。まあそうなんだけど。ま、アレだ。突然消えるよーなヤツは、突然登場したりもするってコトだ」
貧相な男は相変わらずきょどってる。おいおい、亡霊見るみたいな顔すんなよ。まあ気持ちは分かるけどさ、別に死んだわけじゃないし。
そうこうしてる内に、奥からまた別のゴロツキが出てきた。今度は二人。因みに俺の知った顔だ、コレ。
「レノ!?」
「レノさん…!」
俺は軽く手を上げて、よ、と言ってやる。
まるで昨日バイバイした仲間に朝の挨拶するみたいに。
奴らはそれ見て、少しだけ泣きそうなツラをした。それ見たら、何だか俺はジーンときた。別に家族でも何でもない、単なる悪仲間ってだけなのに、何だか不思議。
本当はちょっと言ってみたかったよ、ただいま、とかさ。
「な…んだよ、お前…!生きてるなら生きてるって言えよな!死んだかと思ったじゃねえか!」
「オイオイ、人のコト勝手に殺すなっての。ピンピンしてるけど?」
「ははは!確かにお前が死ぬわきゃねえよな!死ぬタマじゃねえや」
「ダロ?」
廃屋の中は、一瞬の内に笑いの場になった。
すげー。
単純にそう思う。
だって考えてもみ?
何年かぶりに会ってさ、ちょっとギスギスしちゃって、何だか変に畏まって近況報告なんかしちゃうのって、ザラにあるだろ?
だけどココにはそんなもん何も無い。ただそいつが生きてりゃ良いんだ。
そいつがその後どーいう職ついて、どーいう家庭作って、幸せか幸せじゃないかとかそんな下らないリサーチとか全然いらないし、むしろそんなの邪魔なだけ。
スラムのこの廃屋ん中ではこれが普通なのに、腐ったピザの上ではいっつもいっつもそんなのばっかり。いい加減、他人の幸せ度調査とかおべっかとか飽き飽きだっつーの。
FREEDOM。
この言葉はこの場所にこそ相応しい。…いや、相応しかった、かな。
少なくとも、俺にとっては。
「レノが帰ってきたんだから帰還祝いでもしようぜ!はっ、今日は雪でも降るんじゃね?」
「はい、残念。天気予報は快晴だってな」
「へっ!今日は仕事日和ってわけか。じゃあ一仕事して、んでお前の帰還祝いで。パーッとやるか――――おい!てめえら!支度しろ支度!!」
後から出てきたゴツイヤツとノッポのヤツが、交互にそんなことを言った。
ゴツイヤツは俺とも良くつるんでた。ノッポのヤツはゴツイのと良くつるんでた。で、さっきのヒョロイヤツは良く後ろをくっついてきてたっけ。
号令がかかってから、廃屋の奥からは十人くらいのゴロツキ共がわらわらと出てきた。俺の知ってる顔もあるし、知らない顔もある。
あー、アイツがいないな。どっか行っちまったのか。そういえばアイツは死んだって言ってたっけ。
そんな思い出が次々やってくる。
「レノ、そっちのデカイのは?」
「んー?」
ゴツイのが、ルードを見ながらそう言った。
おっと、忘れるトコだった。そうそう、これを忘れちゃいけない。だってこれは仕事なんだから。俺が裏切る、最悪の仕事。
「あー、コイツは新入り。違うトコに居たの引っ張ってきた。なかなかの腕だから」
「ふーん…まあレノがそう言うならそれで良いけどよ」
ゴツイのはイマイチ納得できないみたいな顔をしながらもそんな事を言う。
さて、相棒ルード君。
こっからは俺のフォローはナシ。上手くやってくれよな?
「オイ、お前。名前は?」
「…ルード」
「ふーん、ルードか。聞かない名前だな。まあ良い。とりあえずココのルールは守ってくれよな。俺が号令かけたら仕事だ。良いな?」
「…分かった」
ルードは仕事内容なんて分かってないはずなのに、上手い具合にその場に合わせて頷いた。
取り敢えず最初は肝心だ。いくら俺の推薦だって言っても、村八分にされちゃソコでOUT。まあルードだったら上手くやると思うけど。
「よし、仕事だ!派手にやってこいよな!ああ!?」
おー、と声が上がって、いざ仕事開始。
―――――さ、若気の至りの再来だ。
ヘコヘコ頭下げたりヘラヘラ笑ったり、そんなの真っ平御免。
俺らの仕事はそんな安っぽいモンじゃない。
全ての他人と社会とモラルを敵に回した、FREEDOM。
誰にも理解されないFREEDOM。
誰かが傷付こうが知ったこっちゃない。
俺らが幸せならそれだけで良い。
え?不謹慎だって?
馬鹿ゆーなよ。
ホントは心ん中じゃそう思ってんだろ?
他人の不幸見て、あー自分じゃなくて良かった、ってさ?
他人の不幸見て、あー自分はコイツよかマトモだ、ってさ?
それと一緒だよ。
深夜二時。
俺の帰還パーティが華麗にSTART。
出資金は仕事でちゃんと稼いできたし、酒もツマミもたんまりある。
ひと気の無い廃屋で、十人ちょっとのゴロツキが頭を突き合わせてしがない乾杯をする。チャリンって音が下品で笑える。でも丁度良いやって思う。
「レノが帰ってきてくれて嬉しいぜ。いきなり消えちまうもんだからあん時はビビったぜ」
「ま、な。男の事情だ、男の事情」
「は?何だそりゃ!」
ははは、と無遠慮な笑い声が響く。その下卑た感じが心地良い。
安いブランデーに乾き物をたんまり。肉も仕入れてきた。
そいつをむしゃむしゃやりながら、時には唾飛ばしながら、どーでも良い下らない話で盛り上がる。
こいつらは下ネタが好きだから、そーいうネタには良く花が咲く。ぎゃはは!と笑い声。それも何だか心地いい。
服を脱ぎ散らかして、ぼーぼー毛の生えた下っ腹をボリボリやるヤツ。
既に泥酔してマスかいてるヤツ。
ひたすら飲んで食ってるヤツ。
トランプゲームで賭けるヤツ。
ヤニ吹かしてしみじみやってるヤツ。
ダーツで狙いをつけてるヤツ。
ヒゲ剃ってるヤツ。
金を数えてるヤツ…etc。
ふいに窓の外を見ると、暗い空にぼんやり月が出てた。
月の傍には、点々と星が見える。
「…レノ」
「あ?」
ふと見上げると、そこにはルードがいた。
散々騒ぎまくった後だから、誰も俺に注視なんかしない。タイミングとしちゃ丁度良い。ゴツイのもノッポもヒョロイのもすっかり出来上がってるときた。
どした?って聞いたら、ルードはクイクイと指を折り曲げて俺に合図してきた。どうやら外に出ようってコトらしい。
俺は目でOKを出すと、大げさに騒ぎ散らしてその場を後にした。