「ほら、コイツやるよ。好きだったろ?」
「おー悪いな」
「ハイになろうぜ、レノ」
「だな」
HIGHになろう。
ココはFREEDOM。
作戦開始から五日が経っていた。
一日目に新入りとして紹介されたルードは、二日目からレノと顔を合わすことのない日々を送っていたものである。
Xのメンツは大体あの廃屋で寝泊りしているらしく、家に帰ると言う者は少ない。そもそも家出少年が多いらしいのだ。
しかし、レノもルードも帰る家だけはしっかりと存在している。
もしかしたらレノは帰宅しているのじゃないかと思って家を訪ねてみたルードだったが、どうやら帰宅はしていないらしかった。
とすると、あの廃屋のどこかか、それとも上の人間しか分からないようなところで寝泊りしているということだろう。
しかし、その場所を特定することはできない。仮にそれを特定しようと動こうものなら、いずれ上の人間に見つかってしまう。それは不味い。
とはいえ、既に作戦から五日が過ぎているのだ。そろそろリミットが近づいている。
「どうしたものか…」
五日目の夜、ルードはそんなことを考えていた。
そろそろ本当にヤバイ。
一週間で必ず完遂するという約束を取り付けてきたものの、いざとなればタークス本部に連絡の一本も入れなければならないだろうという気分になっている。期限の引き延ばしは無理だろうから、最悪、任務失敗という形にする他ない。
連絡を入れに行こうか、ルードはそんなことを考えていた。
幸い、今日は既に酒盛りも終了しているし、新入り仲間も床についている。午前三時、このくらいの深夜ならばふいに出かけていったとしても気付かれないだろう。
暗い空には、ぽっかりと月が浮かんでいた。
それを見て、ルードはふいに一日目のことを思い出した。
あれはレノと話し合った日のことで、そういえばあの日もこんなふうに月が映えていたように思う。レノと話した最後の日だ。
「バカだった…」
自然と溜息が出る。
そういえばあの日、Xの仲間に同調するレノを見て、ルードは宣言したのだ。もっと上手い具合にやる方法を考える、と。それなのに、振り返ってみればまるで上手い方法など考えもしなかった。
二日目から四日目にかけての三日間は、ルードは新入り仲間と一緒になって小さな悪事を働いていたものである。勿論仕方なくなのだが、それでもそれを止める術を考えることはしなかった。
そうしてそのまま夜になり、酒場でXの情報を聞きだしていたという具合。思えば、自分こそXに同調してしまっていたのかもしれない。
しかし、そうならざるを得ない理由として、レノのことがあったのだ。
レノと連絡が取れないという現実的な問題と、レノの知られざる過去との直面という内面的な問題が、ルードの気持ちをやけに揺るがしていたのである。
任務の為にレノに会いたいと思っていたが、いつの間にか、それよりも強く、過去の事情を聞くためにレノに会いたいと思うようになっていた。しかしそれが出来ないというジレンマが、更にルードの気持ちを揺るがしていたのである。
過去の相棒の話を聞いたときの、あの妙な気持ち。
タークスとXとでの距離感の違いについての、妙な気持ち。
それが、レノに会えば埋まるような気がしていた。
「……」
―――――どこにいるんだろうか。
レノからは何一つ連絡がない。任務について何か考えているのか、それについても定かではない。
もしかしたらレノは、自分の存在など忘れてしまったのかもしれない。
かつての仲間達に囲まれ、それが心地よくなってしまったのかもしれない。
タークスよりも、Xを選んでしまうんじゃないだろうか。
そう…今の相棒である自分よりも――――――、
過去の相棒との思い出を選択してしまうんじゃないだろうか。
「……」
ふいにそんな考えが頭を巡り、ルードは地面に目を落とした。
何なのだろう、この感覚は。
何なのだろう、この気持ちは。
自分は一体―――――……。
「…!」
そう思った瞬間だった。
ふいにガタン、という音が響き、瞬時、ルードはさっと身を隠す。
音は廃屋から響いてきたらしく、数秒後にはその中から二つの人影がふらりと出てきて、月明かりの下でその姿を露にした。その姿は、ルードも知っている姿である。
デカイのとノッポだった。
二人はどこからか仕入れていたらしい葉巻を口に加えており、それをスパスパやりながらも小声で会話をしている。
「さっきは完璧透けたな、やっぱありゃ効くわ」
「本当だな。次はもっと仕入れてこようぜ」
「まあな。残りはごっそりレノにやっちまったからな」
「レノの奴、今頃最高にぶっ飛んでんじゃね?あいつ立て続けだし。マジ羨ましー」
「はは、言えてら」
聞き耳を立てていたルードは、その会話に思わず眉を顰めた。
レノが?最高にぶっ飛んでる?
―――――まさか。
一瞬そう思ったが、実際には否定する心など皆無だった。まさかそんなはずはない、という問題でもない。むしろ、正にそのまさかに違いないのだ。
ヤバイ。
ヤバすぎる。
瞬時にそう思った。
これでは任務どころの話ではないだろう。あの会話からするに、かなりの量をやっているのだろう。このままではレノがヤバイ。
二人の会話から、レノは廃屋の中にはいないだろうということを踏んだルードは、すぐさまレノの自宅に向かう決心をした。
が、今は二人が葉巻を吸っていて足音を立てるわけにはいかない。それは酷くもどかしかった。
数分後、やっとのことで二人が廃屋の中に姿を消したとき、ルードは全速力でその場を走り去ったのだった。
レノの自宅についたのは三十分後のことだった。
その間、少しも速度を落とさなかったのはルード自身驚くべきところである。
深夜三時ともなれば交通機関も止まってしまっているし、頼れるのは自分の足しかない。そうして走っている間、頭を掠めるのはレノのことだけだった。
どうか取り返しのつかないところまで行っていませんように。
とにかくそう願う。
そう願いながらやっとレノの自宅前についたとき、そこまで無意識で走ってきたために感じなかった疲れが、どっと噴出すように全身にやってきた。が、それに屈している暇はない。
「レノ!!!!」
深夜にも関わらず大声でその名を呼んだルードは、鍵のかかっていない室内にそのまま入り込んだ。
入った瞬間、むん、と何か異様な匂いが鼻をつく。思わず顔を顰めると、ルードはその歪んだ視界の中にレノの姿を発見した。
「大丈夫か!?レノ!!」
発見したレノは、ベッド脇の地面にゴミのように転がっていたものである。その体はぐったりと力を失くしているように見える。
思わず駆け寄ってその体を抱き起こしたが、レノは何の反応も返さなかった。その目は空ろで、どこか別世界に住んでいるかのようである。
幻覚を見ているのかもしれない、そう思い、思わず舌打ちをする。
どうしてこんなことをしたんだ、このバカ。そう罵ってやりたい。
小さなガラステーブルの上には、証拠のように小さな袋が数個、吸い込むのに使用したらしいストローが一つ、忌々しげに転がっていた。
「レノ!おい、レノ!しっかりしろ!」
パン、パン、と頬を強く叩く。
すると一瞬レノの目がルードの方を見たが、その目はやはり空ろでルードを認識していないようだった。
そのくせ、突然笑ったりする。しかしその笑いは空ろな目と同調して、ぐにゃりとした笑みだった。見るからに奇妙である。
「こ…のバカが!こんなものとっくに卒業したんだろうが!」
「ははは」
まるで緊張感のないそのぐにゃりとした笑みが、ルードを苛立たせた。
この三日間、レノと話したいと思ってきた。そうして今やっとレノと会うことができた。
しかしこれは何だ?
まるで話などできない。こんな状態では、まるで意味がない。
そう思うと悲しみすら沸いてくる。
悲しみ?―――――いや、怒りかもしれない。
タークスのレノだったらば確実に選択しなかっただろうことを、今のレノは選択した。その結果がこれである。つまり今のレノは、Xのレノだということだろう。
自分との任務があるのに、こんな詰まらないものに手を出すなんて。
いくら昔が懐かしいからといって、ボーダーくらいは分かっていたはずだろう。それなのに何故こんな選択をしてしまったのか。
レノ、お前は―――――…。
「お前は…Xを選ぶのか?あいつらを選ぶのか?」
―――――タークスや、俺よりも…?
そんなのはダメだ。
Xにも、アイツラにも―――――絶対お前は渡さない。