蜘蛛の巣に絡まった蝶のように、がんじがらめで動けない。
張り巡らされた神羅の糸。
そこにいる蜘蛛は、自分だと思う。
その蜘蛛に吸い付こうとする蝶は、糸に絡まり動けなくなる。そして捕らえられた彼らは、永遠に蜘蛛には近づけないのだ。
蝶を捕らえるエサが蜘蛛であるように、自分もあの戦争でエサとなり、多くの人間を神羅の糸に誘った。
彼らは、がんじがらめで動けない。
愛する蝶を見つけても、側にいたいと思っても、そこは神羅の糸の世界の出来事。
だから――――――。
この糸を断ち切って、自分で羽ばたいて欲しいと願ってる。
蜘蛛は、逃げることが出来ない。
だから自分は神羅に居続けるしかない。
でもクラウドは―――――ここから羽ばたくことも、できる。
折角の休みを潰してごめん。
そう謝るクラウドに、セフィロスは「いいや」と首を振った。
今日はセフィロスの数少ないオフで、本当なら会おうとは思っていなかった。約束など無かったが、ふとある日クラウドの声を聞いて、無性に会いたいと思ったのだ、二人きりで。
セフィロスからの誘いは珍しく、クラウドはその事実に相当驚いていたが、最終的にはセフィロスの本心とは裏腹な理由を導き出して納得していた。
きっとセフィロスは、たまにはそうしてやっても良い、と思ったのだろう。
だから誘ってくれたのに違いない。
そう思ったからこそ、クラウドは「ごめん」などという言葉を口にする。
それを聞いたセフィロスは、なんだかむず痒い思いをしていた。だって、実際の理由はただ自分が会いたかったからだ。もしそれを言えば、きっとクラウドは喜んでくれるだろう。しかし、なぜか面と向かってその事実を伝えることはできなかった。
それよりも今は、限りある未来の為に、少しでも一緒にいたい。
「クラウド、お前は運命を信じるか?」
コポコポと珈琲を注ぎながら、唐突にセフィロスはそう問いかけた。
「運命?」
「そう…。例えば、出会いから別れまでが仕組まれたものだとしたら、お前はどう思う?」
淹れ終えた珈琲の一つを差し出すと、クラウドは小さく「ありがとう」を言ってそれを受け取る。
「誰かの意図で出会い、その意図が無くなれば共にある意味すら無くなるとしたら?」
「う…ん。難しいな。でも俺は運命って言葉はあんまり好きじゃない」
だって自分の意思なんてどうでも良いみたいだ、そう続けてクラウドは笑った。
クラウドのその意見は確かに一理ある。もしすべてが決まっていたら、意思など無意味だろう。
「でも出会いは運命でも良いなって思うんだ。ただ別れは違う…それは“運命”に対する自分の“答え”かなって気がする」
「出会いに対する、“答え”?」
「そう。だって、別れはもう決まってますって言われて人に出会うなんて、嫌だよ」
それに……、そう口を開いて、クラウドはセフィロスをチラと見遣った。
そして、一番痛い話を始める。
「俺とセフィロスの出会いは運命って言われたら、納得しやすいでしょう?」
「……」
セフィロスはその言葉に答えられなかった。
納得しやすい―――確かにそうだが、正にそのものずばりであるとしたらどうだろうか。しかも、悪い意味で。
神羅の操る糸の上での出会いが『運命』なら、それは何と皮肉な運命だろうか。
突然黙り込んだセフィロスに、クラウドは少し首を傾げて、どうしたのかと聞く。けれどセフィロスはそれに応えなかった。
今一緒にいる意味。
それすら神羅の操縦の上での出来事だとしたら?
神羅さえ無ければ、自分はこんなふうには思わなかっただろうと思う。けれど神羅が無ければクラウドにも出逢えなかった。しかし、それはこういうふうにも考えられる。
神羅が無ければ出逢えなかった代わりに、クラウドは自由でいられる……と。
「セフィロスは信じるの?」
「信じたくはない。……例えそうであってもな」
「そうか」
別に悪いとも良いとも言わないままクラウドは珈琲を一口飲む。その動作を見つめながら、セフィロスは壁に背を付け、腕を組んでいた。
しかし…
「―――ずっと一緒にいようね」
ピクリ、体が動く。
ああ、また――――未来の約束などできないのに。
無理と分かっている。
側に自分がいては駄目だと、分かっている。
いつもなら直ぐに対応として「ああ」という返答を返すセフィロスだったが、何故かこのときはそう返さなかった。それは少なからずクラウドに衝撃を与える。
「今日は無言なんだ?それって、無理だって言いたいってこと?」
「……叶わないんだ」
それはまるで断定のような言葉だったが、クラウドはその裏にある真意に直ぐ気付いた。
もし“できない”ならば、それは本人の意思に違いない。
けれど、“叶わない”は違う。
叶えたいのに、叶えられないということだ。
「セフィロス、それは違うよ。そういうときは“叶えたい”って言うんだよ」
「クラウド…」
「俺にだって未来は予測できないし、可能性なんて数%あるかどうかわからない。それは知ってるから。例え叶わなくても…それでも夢見てようよ」
願うような顔でそう言ったクラウドに、セフィロスは少し悲しそうに微笑む。
こうして願うことすら運命だとしたら、とても悲しい。けれどクラウドは、それは運命ではなく“運命に対する自分の答え”だと言った。
”夢見ること”―――それこそが、答え。
「ずっと一緒にいよう…ね?」
もう一度そう告げられたとき、セフィロスは、
「ああ」
そう答えていた。
穏やかな笑みをその顔に浮かべて。
がんじがらめの糸の中。
がんじがらめの意図の中。
その”いと”を断ち切る為に、夢を見る。
エサという囮になった蜘蛛は、愛しの蝶をさらって糸を断ち切る、そんな夢を見ている。
蝶の羽根が背中にあれば、飛び立てるのに。
そう―――――思いながら。
END