残酷な人選:ヴィンセント×クラウド
「ヴィンセント、相談があるんだ」
「ああ…何だ?」
寡黙な紳士。
お喋りでなく口が堅く、その上人の話は親身になって聞いてくれる。言葉もきつくないし、嘘もつかない。相談するにはうってつけの相手だろう。ヴィンセントとはそういう男である。
但し、群れるタイプの人間でないから、最初近づくのには少々躊躇いがあるかもしれない。しかしそのとっかかりさえパスすれば、ともすれば一番居心地の良い人にもなりえる。
そういうことを考え考えやってきたわけではないだろうが、クラウドはヴィンセントだけには相談事をするようになっていた。
昔馴染みのティファにもバレットにも相談しないようなことを、ヴィンセントには相談する。
これは一瞬奇異なことのようにも思えたが、実際には実に理に適った「人選」だった。
――そう、”人選”。
「…だから俺はこう思うんだ。ヴィンセントはどう思う?」
「ああ、そうだな…」
クラウドの言葉を受け、ヴィンセントはそう唸りながら相談主の顔を見やった。いつものようにヴィンセントのところにやってきたクラウドだが、今日は珍しくいつもとは少し違う展開を持ってきていた。というのも、ごくごく、ごく珍しいことに、ヴィンセント以外にも相談をしてみた、というのである。
もう既に他人に相談しているというのに、何故またヴィンセントに相談するのか。そう疑問が浮かびそうなものだが、ヴィンセントは既にその回答を知っていた。
それでは早速、相談の回答。
まず論点はどこなのか?
今回、クラウドは事前にヴィンセント以外の仲間に相談に行っている。その相談とは、クラウドのしたある提案についてだった。
その提案について仲間たちは駄目だしをし、結果的にクラウドの提案は否定されたのである。
そして今。
クラウドは改めてヴィンセントにその提案をどう思うか、と問うているのだ。
「…私はお前の案に異論はない」
「本当に?」
「ああ。荒削りでも、なかなかの方策だと思う。やってみる価値はありそうだ」
「そ…うだよな。やっぱり、そうだよな。うん、そうだ」
クラウドはヴィンセントの言葉に顔をぱっと明るくさせると、先ほどまでの神妙な面持ちはどこへかとおいやって、ありがとうと感謝の言葉を口にする。
「ありがとう、ヴィンセント。やっぱり俺は、この提案を押し通すことにする。迷いが吹っ飛んだよ」
「そうか。それなら良かった」
ヴィンセントは笑みながらそう言う。
がしかし、心中では苦笑を隠しえなかった。
――全く、現金にもほどがある。
ヴィンセントの中で、クラウドはいつも”そういう存在”だった。一言でいえば、現金なヤツ。尤も、相談事に限ってはクラウドだけではなくヴィンセントの知る殆どの人間が現金に違いなかった。
そもそも、相談などというのはナンセンスな行為である。
大方のところ、相談主は既にその答えを知っている。いや、というよりも既に自分はこうしたい、ということが決まっているのだ。ところが何がしかの理由ですぱっ、とそれを決断できないから、相談という口実を作って「後押し」をしてもらおうと画策するのである。正当性という太鼓判を得る為にも。
つまり、一番の相談相手は常に自分の味方でいなければならない。それの意味するところは、絶対に自分を傷つけない相手、ということである。誰だって痛い思いはしたくない。拒否されたくないし、認めて欲しいと願う。
きっと、知らず知らずの内に自分を甘やかすようにできているのだろう。心というやつは。
「…まったく」
ヴィンセントは小さく息をつくとそう呟いた。
幸い、隣に腰を下ろしているクラウドには届いていない。
クラウドはさっぱりとした顔をして木目のテーブルに肘をつき、顔に似合わず強い酒をちびりと飲んでいた。
「ヴィンセントはいつも頼りになるな。本当にありがとう。こんな改めて言うのもおかしいけど、本気で感謝してるんだ」
「…何だ突然。気色悪いぞ、クラウド」
「はは、そうか。だよな。ごめん」
クラウドは小さく笑うと、だけど本気だから、と言ってヴィンセントをじっと見やる。その表情は笑んでいたが、瞳だけはどうやら妙に真面目な様子だ。
それを見て、ヴィンセントは悟った。
どうやら自分は、またもやクラウドの”人選”によって当たりを出したらしい、と。
相談事と、まるで同じ。
自分の欲しい答えを相手に出させたがる。
ねえ、これをどう思う?
(ねえ、俺を認めて?)
――ああ、認めよう。お前は正しい、お前は間違っていない。
ねえ、俺をどう思う?
(ねえ、俺を愛して?)
――ああ、好きだ。お前を…、
「…なあ、正直なところを聞かせて欲しいんだ。ヴィンセントってさ…」
「何だ」
「その…俺を、どう思ってる?」
ああ……ほら、ビンゴ。
その真剣な瞳の要求など既に分かりきっている。欲しがっている答えは知っている。後はただ、その心を傷つけぬように、求められた言葉を口に出すだけ。なんて簡単なことなのだろう。空気を振動させて、音を伝える、それだけのことだ。…それだけのことなのに。
「勿論、好きだ」
ヴィンセントはクラウドの欲しがっていた言葉をそのまま返し、ゆっくりとその手を差し伸べた。それを嬉しそうに掴む姿を見て、無性に悲しくなる。
でも、悲しみなんて見せてはいけなかった。
だって、そんなことをしたらクラウドが傷ついてしまうから。
「ありがとう、ヴィンセント。俺も好きだよ」
「ああ…」
ヴィンセントはそう答えながら思っていた。
何て残酷な”人選”なのだろうか、と。
だって―――クラウドは”既に答えを知っている”のだから。
そして、ヴィンセントもまた既に理解していた。クラウドの中にある”本当の回答”が”誰”であるのかを。
欲しい答えを得るために、欲しくない答えを自ら得ることもある。例えば、間違った答えをくれる仲間に珍しく相談事をしたのと同じように。それらの欲しくない間違った解答をわざわざ手に入れるのは、欲しい答えがいかに正しいかを証明するためである。
本当に愛している人を、本当に愛していると証明したいから。
その為に、他の人間の愛を手に入れる。
天秤にかけさえすれば、全てはハッキリする。
だから。
「………だな、クラウド」
「え?何?聞こえなかった」
「…いや、なんでもない」
”お前は残酷すぎる”
END