不揃いのベットで:ヴィンセント×クラウド
眠るときは、あえて別々のベッドにもぐりこむ。
並んで二つおかれているベッドはお揃いなんかではないし、サイズも若干違う。それだから景観的にはあまりよくないのだが、それでもその二つは隣り合って配置されていた。
夜。
ヴィンセントとクラウドは隣り合ったベッドにそれぞれ潜り込み、暗い部屋の中でじっとしている。目は瞑っているのだがお互いに眠れない。まぶたは少々重いが、意識までは飛ばない、という状況である。
こういうとき、たまに話をする。
今日会った出来事を話す幼児のように、ちょっとした話をするのだ。
別にルールなんてなくて、ただなんとなく、どちらからともなく、話が始まる。その途中で眠ってしまっても良いし、それどころかその話声が子守唄代わりになる時すらあるのだ。
「…なあ。今日俺、闇市に行ったんだ」
「闇市?あの違法といわれているマーケットか」
話し始めたのは、クラウド。
世の中にはそういう場所も存在している。そういう場所はどんなに違法であっても、それなりの需要があるから消えることなく存続しているのだ。
そこにはいろいろな商品があり、レアなものが高額で取引されていたりする。
「俺さ、そこで面白いもの見つけたんだ」
「というと?」
「うん…神羅の社章。誰かが売ったんだと思う。レトロマニアには垂涎物なんだってさ。俺はそういうのもらったことなかったけど、ヴィンセントはあっただろ?」
「…ああ、まあそうだな」
かつてタークスだったヴィンセントは、たしかにスーツの左胸に社章をつけていた。もっともヴィンセントはそれについてなんとも思ったことはないし、だいたいそれは随分と昔の話である。気が遠くなるほどに。
しかし今となっては、ただの社章もごくレアな商品には違いない。しかもかつて大繁栄した会社の、ある意味ではブランドの、社章なのだ。世の中にはいろいろなコレクターがいるから、そういうものを集めている人がいてもおかしくはなかったろう。
「それ見たら何だか悲しくなったよ。誰が売ったんだか知らないけど…でもあの頃神羅に入ることは将来を約束されたようなもんだっただろ。憧れの大会社で、いかにも夢って感じだった。あの社章はさ、何だかその象徴ってかんじがしたんだ。だって、俺は神羅で働いてますって公言してるようなもんじゃん?」
「まあな」
「昔は夢だったはずのものがさ、今ではちょっとした生活のたしでしかなくなっちゃったんだなって思ったら、他人事なのに悲しかった」
どんなものも、いつかは意味をなさなくなるのかもしれない。
そう思うと何だか寂しいものだ。
事実、クラウドの大事にしている剣だって使うシーンがないのである。それだけれど大切な剣だから手入れして手元に置いている。観賞用としてはまったくもって問題ないが、本来その剣で守ろうと思っていたものはすでに形を変えてしまったし、そもそも剣を振り回す時代ではなくなってきているのだ。
「それでさ、俺たちもいつかそうなるんだろうなって。…なんとなくそう思った」
「”俺たちも”、とは?」
「俺たち自身だよ。今までやってきたこと全て、多分いつかは意味がないことになるんだろうなって。ほら、子供のころに読んだような絵本とか、あんな程度のことにしかならない」
戦いも、それゆえの結束も、あのときだから意味を持ったのだろう。
しかしこの先それはだんだんと色素を薄くし、だんだんだと記憶から消えていく。やがて完全に消えあせるころ、この星は本当に新しい時代を迎えるのかもしれない。
戦った記憶を持たぬ、新しい生命の作る未来。
そこに、過去の産物など無用なのだ。
「…なんてな。なんか感傷的なことばっかり考えすぎたな。これじゃ余計眠れなくなる」
クラウドは苦笑しながらそう言うと、ベッドの中でもぞもぞと体勢を変えた。そんなことをしたからといって眠れるわけでもないのだが、なんとかすれば眠れるのではないかと無用な行動をしてしまうものである。
「―――私はそれで良いと思う」
と、そのとき。
ヴィンセントが突然そう口にした。
あんまりにも突然のことだったので、思わず顔をそちらのほうに向けて「え?」と声を上げたクラウドだったが、ヴィンセントはそれ以上のことは言わなかった。
その代わり「おやすみ」とだけ口にした。
確かに、いつか全ては意味を失くすのだろう。
その最たるものは恐らく体である。どんな名誉も地位も、体が朽ちればそこで終わってしまう。誰かが語り継いだとしても、主体としてそれを実感するものがない限りはやはり無意味だ。
しかし、じゃあ今このベッドにはどんな意味があるだろうか?
並んで二つおかれているベッドはお揃いなんかではないし、サイズも若干違うし、景観もよくない。ただただそこに二つ並んでいるだけだ。
しかしそれら二つのベッドは確実にヴィンセントとクラウドのために働いている。不揃いだけれどそれで十分なのだ。
但し、このベッドだっていつかはイカれてしまうかもしれない。そうなったらきっと買い換えるし、このベッドはお払い箱になるだろう。そのとき、二人にとってこのベッドは、最低限の仕事すらまっとうできない役立たずになるのである。
しかし、二人が捨てたベッドは、誰かによってリサイクルされるかもしれない。そのとき、また他の誰かにとってこのベッドは「新しい意味」を持つ物として認識されるだろう。だから、誰かにとって全ての意味を失くしても、誰かにとっては新たな意味を持つこともあるのである。
―――きっと、それで良い。
かつて夢だったものを、偲ぶ。
そしていつかは、かつて愛だったものを偲ぶのだろう。
そうなるまで、不揃いのベッドで眠りにつけるそれこそが、今ここにある一番の意味だと思った。
END