灯台:ヴィンセント×クラウド
贅沢な望みだってことは分かってるんだけど。
それでも口をつく言葉。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
軽く聞き流してくれればいいんだ。
またそんな戯言を言って、なんて、軽い感じで思ってくれればそれで良いから。
海に近いところにある灯台は、その界隈ではちょっとしたデートスポットだった。カップルで訪れる人、夫婦で訪れる人、勿論友達同士や家族で訪れる人もいる。
空に近い場所から、ずっと遠い風景を眺める。
360度の眺望は素晴らしく、実に見晴らしが良かったけれど、それはその場所から望む景色の広さが爽快だということに対してであって、景色をかたどっている一つ一つの構成物に対しての感想というわけではなかった。
それが証拠に、遠くに見えるビル群はやはりどこか無機質でせせこましい。
空と海との境界がぼんやりとしている無限の海は実に幻想的だったけれど、陸の上のハイテクノロジーはいささか心を疲弊させた。
「変わったな。まああのころから機械の塊は多かったけど、あのころはどこか異物っぽいイメージがあったから。今は何だか普通に景色に溶け込んでる。分からないように、分からないように、機械が世界に入り込んでる感じ」
「それも仕方ない。そういうのが時の流れというものだ」
クラウドの言葉を受けとめたヴィンセントは、ちら、と自身の左手に眼をやったものである。そこには、彼の悲劇の証が存在している。
機械の手。
つまりこの景色と同じ無機質なもの、だ。
「その手は、別に嫌いじゃない」
「何故?これも機械だ」
「そうだけど…でも、今まで通りだ。変わったわけじゃない」
「なるほど。それはつまり」
心を痛める対象は、機械そのものじゃない。変遷なのだ。
そしてその変遷の象徴こそが、乱立する無機質なものたち、ビルや機械なのである。
けれど本当は、変遷そのものがどうというわけでもないのだろう。
問題は、その変遷に何を思うか、である。
「…手。このままにしておいてほしいな」
「機械のこの手を?」
「そう」
機械の手に触れ、クラウドが言う。
ヴィンセントには別段異論は無かった。
そもそも、機械の手を元に戻す方法など、ヴィンセントは知らない。だから、クラウドがそのままにしてほしいと言う以前に、どうこうしようという気すらなかったのだ。
そうだな、それが良い。
ヴィンセントがそう言って頷こうとした時、それを押し切るようにクラウドが言った。
「なあ、変わらないでいてくれよな」
一瞬、ヴィンセントは返答に詰まる。
ああ、と一つ頷けば良いだけの話しなのに、何故かそれがすぐにはできなかった。
結局最後にはその通りのことをしたのだが、それでも即席の回答は許されないくらいの重いお願いである。
変わらないということはどういうことなのだろう?――たとえばこの機械の手がそのまま機械であり続けること?…そう、それは確かにそうだろうけれども。
「何年かたったら、また来ような。この灯台」
「そうだな」
そう言ってクラウドが笑ったので、ヴィンセントも同じように笑って返した。
それは、ある年の、灯台での出来事。
贅沢な望みだってことは分かってるんだけど。
それでも口をつく言葉。
酷い言葉だということも分かっているんだけど。
それでも口をつく言葉。
世界が変わっても、どうか貴方一人だけは変わらないでいてほしい。
全てが変わったとして、そこは見知らぬ世界になったわけじゃない。変わらぬ自分という存在の周りに、変わらぬ知人の存在があり、変わらぬ土地の存在、変わらぬ星の存在がある。存在そのものは死なない限り変わらないのに、それでも何かは「変わる」のだ。
その変化はまるで、その存在に対する「想いの死」のようである。
人で賑わう海の近くの灯台に、また、いつか出向こう。
きっとその時、思い知るだろう。
その灯台から見える景色の中に更に多くの変化を覚え、目眩にも似た衝撃と、大切なものを失ったかのようなきゅうっとした切なさを感じるだろう。
その時、せめてそこに変わらぬ機械の手があったなら。
その手を握ったらきっと、この想いを守れるような気がした。
END