Frail Cage(10)【ヴィンクラ】

*Frail Cage

10:必要の無

  

 

しん、と静まる夜の闇の中。

ベッドが激しく軋んでいた。

もう何度と無く重ねた体だったが、その日はいつもより激しさが増していた。

ヴィンセントの腕の中で腰をくねらすクラウドは、初めて見たときと同じように薄い笑いを浮かべながら喘ぎ声を漏らしている。

そんな姿を視界に入れながらも、ヴィンセントは頭の中で別のことを考えていた。

いや、別のこと、と言い切るわけにもいかないか。頭をめぐるのはこの一連の出来事についてなのだから。

先日のティファの言葉を思い返せば、今こうしてクラウドを抱いていることは無意味でしかない。つまり今こうして関係をもっていることは、ある意味では”ヴィンセントの意思”であるともいえる。

しかし、それを望んだのは自分では無い。

もし自分がこれ以上クラウドの詮索をしないならば、今夜限りで終わらせたとしても何も問題は無いだろう。

そもそも、この一連の出来事の発端は”ティファの疑問”だったのだ。

たしかに自分自身もクラウドの態度に対して疑問はあったが、それでも特別に動こうとは思っていなかった。

だから、もうこれで良いのではないだろうか。

ティファさえ納得できればいい。だからこれ以上は意味が無い。だったら、こんなふうにクラウドに関わるのはやめてしまった方が良い。

「…良い、度胸だな…っ」

そう声がして、ヴィンセントは無意識に続けていた行為を止めた。

視界にはクラウドが入っていたはずなのに、いつの間にか思考の淵をさまよっていたようである。

突然止まった動きに、クラウドは跨るような体勢を崩さないままに、ふん、と笑った。

「俺とヤリながら考え事かよ。アンタには感心するよ」

そう言うクラウドが何だか無性に憎らしい。

勿論、本気で憎悪があるわけではないが、その一貫して傲慢な態度が今日は何だか許せない。

こうして向かい合うクラウドはいつも自信満々で、時折馬鹿にするような目つきで笑う。

そういう事で何が得られるのかは分からない。それが性格だといってしまえばそれまでだったが、それはやはり納得いかない。

とにかく、許せないというのが大きかった。

「さすがに限界?男に突っ込むのには飽きた?」

「…ふざけるな」

「へえ、怒るんだ?じゃ、止める?別に良いんだぜ、俺はどっちでも。アンタが選んだんだし」

繋がったままの状態でそんな会話をするのもおかしい気がして、ヴィンセントはクラウドの体を自分から強引に引き剥がした。

そうされたクラウドは、やっぱり、という顔をしながらつまらなそうな目線でヴィンセントを仰ぐ。

とはいえ、そこに恋愛感情から生まれるような甘い感慨は一切ない。単に、本当に面白くないといった感じである。

仕方無いというふうに立ち上がったクラウドは、部屋に備え付けてある小型の冷蔵システムから、一本の酒瓶を取り出してコルクを開けた。それから棚にあったグラスを手に取ると、並々と酒を注ぐ。

「…飲む?」

「……」

「あっそ」

クラウドはどうでも良いというようにグラス一つだけに酒を注ぎ、それを一気に半分ほど体に流し込んだ。それはこのあいだの飲みっぷりとは全然違い、ヴィンセントの眉を顰めさせる。

「…で?何が言いたいんだよ。ハッキリ言え」

「それを言って納得するのか、お前は」

「さあね」

そんな事は保障できないけど、などと言いながら、クラウドは残る液体をまた流し込む。そして、間髪入れずにまた瓶から酒を注いだ。

飲みすぎだ、そう注意したいところだったが、そんなふうに声をかけるのも嫌気がさした。

「……約束を、守ってもらおう」

ふとそう言ったヴィンセントに、クラウドの手が止まる。それからゆっくりとヴィンセントの方に顔を向けると、瓶を傾けた状態のままでふっと笑った。

「約束?…まだ大した事してないだろ?」

「もう十分なはずだ」

はっ、と吐き捨てるようにクラウドは笑い、瓶を乱暴に床に置く。

「十分?ああ、そう。でも俺はまだまだだね。それを決めるのはアンタじゃなくて俺だろう?…俺は満足できないぜ」

そう言われ、ヴィンセントもクラウドと同じような笑みを漏らした。

満足?

そんなものは知ったことじゃない。

約束はこの関係を持つことだった。それはクラウドの相手をすること。そして、そういった行動をし始めた理由はティファへ回答するためだった。

それが無くなった今、何に意味がある?

目的は―――――この目前のクラウドを満足させるなんていう事じゃないはずだ。

ヴィンセントの表情に眉をしかめたクラウドは、急速に険しい目つきになった。そして、床に置いた瓶を掴み、それをヴィンセントの方へと投げつける。

「…っ」

瓶は、ヒュッ、と空を切ってヴィンセントのもとへ飛んだ。

それを素早くキャッチしたヴィンセントは、体にざっぱりとかかった酒に目を細める。瞬時に広がったアルコールの匂いがキツい。

「―――――じゃあ帰れ。アンタがいなくても俺は元に戻るだけだ。苦しむのは…俺じゃない。アンタだ」

「私が苦しむだと?自信過剰だな」

「そうかな?じゃあ試してみれば?」

クラウドは余裕を携えた笑みを浮かべ、そんなふうに言う。

しかしヴィンセントからすれば、まさか自分がそんなふうに苦しむなどありえない。

もし心残りがあるとすれば、それは目前のクラウドではなく、日中に向けられる正体不明の視線だろう。

最初は―――――何故こんなふうにするのか、それが疑問だった。

それが暗い表情を見せ続ける理由に関連するのか、それが気になっていた。

しかしそれを気にするまでもなく、クラウドは自信を持ってその行為を行っているのだ。さっきクラウドが言ったように満足することがこの関係の目的なら、暗い表情とは関係がないことになる。

昼がどうのといっても、もうそれは詮索する必要性を失ったのだ。

「……もう私がお前を気にする必要など無い。約束が守れないというのなら…仕方無い。これで終わりだ」

すっぱりそう言い切るヴィンセントに、クラウドのきつい視線が注がれる。

そうした後、クラウドは突然ヴィンセントに近付き、その身体を壁に押し付けた。

至近距離にやってきたその瞳は、何かを訴えるような目つきをしている。しかし、口から漏れるのは辛辣な言葉でしかなかった。

「…逃げる気だな。―――――卑怯者」

「逃げるわけじゃない。必要性が無いだけの話だ」

「随分ご立派なんだな。安心したわけか、俺がああ言ったから?」

投げかけられた言葉の意味が分からなくて、ヴィンセントは眉をしかめる。それを見ながら、クラウドは表情をそのままにこう続けた。

「俺がティファに言った言葉で納得したわけか。ああ、そうだったのか、って直ぐに納得か。意外と単純なんだな、アンタも」

「お前は…知っていたのか、すべて?」

まさか―――――そう思いヴィンセントは目を見開く。

最初からクラウドは知っていたというのだろうか、この経緯すべてを?

ティファが自分に疑惑の目を向け、そしてそれを追うようにヴィンセントが近付いた。そのことが、自分を心配しての行動だと気付いていたとしたら……。

確かにそれはありえる話だった。

ティファの過剰な心配ぶりに気付いてもおかしくないし、ヴィンセントが急にそんな話を持ち出してきたのに不審感を覚えてもおかしくない。

それにしても…ティファとヴィンセントが繋がっていることにも気づいているというのか。

「俺が気付いてないとでも思ってたのか?……最初からミエミエなんだよ、尾行なんかしてさ」

「お前は…」

ヴィンセントは目を見張るしかなかった。

だって今まで自分が隠し通してきたことは無意味でしかなかったというのだ。

それを肯定するかのように、クラウドの口は笑っている。

けれど、すべてを分かった上でそうしていたというならば――――…

「…何故だ」

ヴィンセントは真っ直ぐにクラウドの眼を見据えて呟いた。

「何故お前はいつも答えを出さなかったんだ」

ヴィンセントの頭の中には、昼のクラウドが巡っている。

あのおどおどしたクラウドは、いつもそんな素振りを見せてはいなかったのだ。それどころか何も知らないかのような顔をしていたではないか。

例えばそれは、夜の関係を口にしたとき、何の話なのかと不思議そうな顔をしたこと。

例えばそれは、ティファに対する態度がおかしいと、ヴィンセントに言い放ったこと。

もしすべてを掌握しているというなら、そのときにすべて答えを出せるはずである。

ティファとの約束がありながらも、クラウドと秘密を共有する……その板挟みに心がどう動くかなど察しがつくだろうに。

ヴィンセントの言葉に、クラウドは黙ったままだった。黙ったままにヴィンセントの髪に手を這わせると、冷めた調子でこんなふうに言う。

「決まった答えなんか無い。そんなもんは作ってやるよ」

その言葉の後に、強引に唇が重ねられた。

もう何も言わせないとでもいうように、強く、激しい口付け。

それに飲まれるように、ヴィンセントは何も考えずにそれに応えた。

今や意味をなさないその行為すべてに、最後という決着をつけるべく―――――理性などは捨てて。

 

もう夜のクラウドに会う事も無いだろう―――――。

 

 

 

曝け出されたままだった肌が、再び熱を持って絡み合った。

今までヴィンセントはそれでも僅かな理性を捨てずにクラウドを抱いてきたが、その夜だけはすべてを忘れたように体を重ねた。

これ以上は何も意味が無い。

いや、意味がないというよりかは、もう離れた方が良いと思う。

だから、ただそれだけの為に、クラウドを抱いていた。それでも挑発の眼をするクラウドを見つめながら。

「あ…っ、ヴィン…セ、ント」

名前を何度か呼ばれたが、それは宙を舞うだけで意味はなさない。喘ぎの一環だろうと思いながら貪るように奥深くまで侵入する。

まさかその言葉に意味があるなど、考える余地も無かった。

激しく軋むベットの音だけを耳にしながら、ヴィンセントはただ、目を閉じた。

それは、すべてが終わったように思えた夜だった。

 

 

 

ヴィンセントが帰った後の部屋で、新しい酒瓶のコルクを抜きながらクラウドは窓の外を見つめた。まさに深夜であるその時間帯に、外に見えるものといったら星と月と僅かなネオンくらいだったろう。

そのどれを見るでもなく、クラウドはその酒瓶からそのまま酒を体に流し込んだ。

もうすべてが終わったとでも言うようにヴィンセントは帰っていった後で、その帰り際に彼がクラウドを振り返ることは無かった。

そのときクラウドが残した言葉は、たった一つ。

 

『卑怯者』

 

そんな言葉を言い放っても、ヴィンセントは何も返さなかったし、戸惑った様子も見せなかった。振り返りもしなかったから、その時どんな表情をしていたかも分からない。

その後ろ姿が、クラウドの瞼の裏にはまだ残っていた。

酒を流し込みながら、視界がぼやけるのを感じる。

こんな体など、どうにもでもなってしまえば良い―――――そんなふうに思う。

もともとそれは条件つきの契約で、意味など最初から無かった。

利用しただけだった。

それでもクラウドにしてみれば好都合だったのだ。

けれど、そんなふうに思考を巡らせるのも、結局これで終わりなのかもしれない。

ただ、ヴィンセントが終わりを告げるかのように去ったこの瞬間でさえ、クラウドは思っていることがあった。

 

 

それで救われるのは、誰?

 

 

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