GLOWFLY(29)【ザックラ】

*GLOWFLY

この道の先に:29

  

 

「クラウド!!」

叫んでその体を抱き起こすと、それを抱きかかえながらザッと車から飛び降りる。一瞬にして振り返った道の先には、見覚えのある甲冑をつけた兵士が数人走っていた。

神羅の―――――兵士。

いつ来るとも知れなかったそれがとうとうやってきてしまった事に、ザックスは知らず舌打ちをする。

ともかく此処から逃げなければ…!

その一心で道の後ろ側へと走り去る。その際に運転席に視線をやったが、そこにはうつ伏せになった男の背中が見えるだけだった。

「…くそっ!」

クラウドを抱えたままでの走行はさすがに長くはもたない気がする。とはいえ、クラウド自身にその行動をゆだねようものなら、すぐに神羅の手に落ちてしまうだろう。だからそれはできない。

まずは道を。道を確保しなければ。

あまりにも見通しの良い一本道は、このまま走りぬいたところで保証の無い危険な道に違いない。

銃を持つ神羅兵に剣で対抗するとなれば接近戦に持っていくほかないが、それにしてもあまりに準備がなさすぎる。その上、防具が完璧でない今は、隙をついた戦法で当たるしかない。

「…装備は――…」

手にしたバスターソードをチラと横目で見遣る。

装備は、悪くは無い。

しかしクラウドが狙われたら一巻の終わりである。彼を守りながら戦闘するにはどうしたら?どこかで待たせるか、隠すか……

――――――いや、駄目だ。

それはできない。

それでもしクラウドが置き去りになるような事になったら…クラウドが死に、自分だけが生き残るようなことは、絶対に許せない。

「道…道は――――!」

ザッ、と脇にやった視線の先。

そこには一つの道が見える。

丁度この一本道と平行するように延びているその道は、この道よりも酷い荒れようである。車は通れない幅だから、きっと獣道のようなものだろう。ただ、人が通った証拠のように、鬱蒼と茂る草木が左右に首を倒している。

“見つけたぞ!!あいつだ!!!”

“追え!早く追え!あいつを追って、殺せ―――――!!”

「…っくしょう!」

遠く後方から聞こえる声。それに銃声が混じる。

距離としてはまだザックスには届かないようだったが、あともうすこしで此処までやってくるはずだ。

道を…移るしかない。

隣に見つけた獣道にザッと体を投げたザックスは、その道がどこに続くかという疑問を頭から払拭し、とにかく我武者羅に走った。

クラウドを支えている腕には力がこもりすぎていて、血管が破裂してしまいそうである。

しかし、そんなことを気にしている余裕は無い。

走る。

ただ走る。

とにかく、逃げなければ。

神羅の手から、柵から、この命を、この命を守る為に。

「はあ…はあ…!」

徐々に荒くなっていく息が、肺を活発にさせる。

心音はドクンドクンと響き、この二年間で緩んでいただろう筋肉が激しく収縮していく。

その激しい走行の中で、先を阻むように倒れ来る草木は酷く邪魔だった。

剣でなぎ倒して先を急ぐが、走っても走ってもその道は続いていく。

“どこにいった!?探せ!探し出すんだ!!”

遠くから聞こえてくる神羅兵の叫び声。

――――――まだ、何とかいける…!

そう思ったが、頭の片隅ではこの状況を切り抜けたとしてもその先の保証があまりにも薄いことに感付いていた。

ミッドガルまであとどれくらいか、そう聞いた時、あの男はもうすぐだと言っていた。しかし景色はまだまだ知らないもので埋め尽くされているし、たとえこの調子で走ったとしても一朝一夕で着けるとは思えない。

折角の心遣いも此処で無駄になってしまうのかと思うと悔やまれたが、それよりも今は状打破が急務だった。

それは、この瞬間を切り抜けるということ。

切り抜けたその後のことなど、分からない。考えられない。

ともかく今、今この時を切り抜けなければ。

どこまで続くとも分からないこの道を、走って、走って、走って、走って――――その先まで。

この腕の中の命を、ただ、守るために。

―――――だって、ソルジャーだから。

あれほどクラウドが望んでいたソルジャー。彼は、ソルジャーである自分を認めていた。そのクラウドを守る為の、今はソルジャーだから。

「…まだか…っ」

鬱蒼と茂る草木をなぎ倒しながら走るザックスは、なかなか先の見えない獣道にそう漏らし、グッと唇を噛み締めた。

一体どこに続いているのか――――もしこの先が行き止まりだったら、もう道は無い。

何となくそんなことが頭をチラついたが、ふと耳に入り込んできた言葉にその考えを一掃しなければならなくなった。

「いたぞ!!あそこだ、早く撃て――――!!!」

「!!」

突如として響いたその声。

それは今迄と違い、あまりにも近い。

ザックスは瞬時にクラウドの体を庇うように身を屈めると、パアアンと響いた銃声に耳を傾けた。音は、上の方から聞こえるような気がする。

バッ、上方を見遣る。

そこには神羅の作った重苦しい銃口が覗いて、それを見たザックスは瞬時に左右の草木の根元部分を剣で切り裂いた。その衝撃で草木は獣道を隠すかのようにバサリバサリと倒れこんでくる。

倒れる草木の中を上手い具合に潜って走り抜けると、やがて前方に見えた大木の胴体をズシャと切り落とす。

ドッと倒れこんでくる大木は、その大きさ故に大きな砂埃を上げ、その瞬間だけその場を霧のように掠めさせた。

「見失うな!奴は近いぞ!見つけろ!見つけ出して殺せ!!」

響く神羅兵の声。

いくつにも重なる神羅兵の声。

それらに耳を傾けながら走り続けたザックスは、ようやくその道の最終地点を目にした。しかし、それを目にした瞬間にハッと息を飲むことになる。

だって―――――――

 

「なん…でだ…!?」

 

――――――だってそこは、行き止まりだった。

 

突如のように視界が開けたそこは、小高い丘のようになっている。

そこにはもう背の高い草木は無く、細々とした草がさわさわと揺れているだけだった。

はあ、はあ、と息を荒げたままそこに辿り着いたザックスは、唾をゴクリと飲み込んでその丘の向こう側を見遣る。

「あ…あ―――…」

丘の向こう。

そこに見えるのは、広がる大地。

しかしそれはただの緑ではなく、大きな鉄の塊のようだった。

 

あれは―――――神羅カンパニー。

 

根を張るように円形に広がったその黒い物体は、紛れも無く神羅だった。それはつまり、ミッドガルであることを示している。

今まで長々と走り続けて目指していたミッドガルは、今やザックスの眼前で広大な姿を見せている。

しかしそれは、逆に言えば、ミッドガルまでの遠さを示していた。

「………クソっ!!」

ザッ!

怒りに任せて振り落とした剣は、固い土の中にザックリと刺さる。

まるで墓標のように突き立ったその大振りの剣は、これまでザックスの身を守ってきたものだったのに、今や何の役にも立たないただの剣だった。

あの背景に広がる神羅が与えてくれた剣、それはもうザックスの身を守ってはくれないのだろうか。それとも、もう帰れということだろうか。

丘は絶壁にも近い高さになっており、今までザックスが走ってきたそれが少しばかりの斜面になっていたことを示している。

しかし今問題なのは、此処から脱する方法がないということだ。

最悪――――この丘から飛び降りたら?

そんなことを考えたが、それでは生存率が低すぎる。どれほど強靭な体を持ってしても、重症を負うのは目に見えている。それでもすぐに治療できれば良いが、おそらくそれは難しいだろう。

先程装備は大丈夫だと確認したが、それはあくまでも攻めの態勢を取る場合のことであって、守備に関してはその限りではなかった。

肝心の回復用の装備がなされていないため、攻めるには良いが守るには弱いという状態なのである。これでは九死に一生の賭けすらできない。

それに――――クラウドが死んだら、意味がない。

「クラウド―――」

遠くから聞こえる銃声。

それが、段々と近付いてくる。

きっと神羅兵はすぐに此処へとやってくるだろう。

そして自分は殺されるに違いない。

もうクラウドを守ることはできなくなるに違いない。

諦めの気持ちを抱いたザックスは、悲壮な面持ちでそっとその名を呼ぶ。

ずっと力を込めていた腕からその体を離すと、その体はすとんと地面に膝をついた。クラウドの体が離れた瞬間、力を込めすぎていた腕から力が抜け、まるでおかしくなったように痙攣が始まる。

その腕が、そっと、クラウドの腕を取った。

「……」

何か言おうと、口を開く。

しかし、ザックスは言葉を発することができなかった。

何と言えば良いのか分からない。言葉が見つからない。

ただ、その顔を見て、自分の唇は震えているような気がした。それだけがザックスに分かる感覚で、それ以外は何もかもが分からない。

その中で、容赦ない銃声が近付く。

徐々に、徐々に、近付いてくる。

 

―――――――ああ…終わりだ……。

 

そう…思った。

 

   

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