スペアキーで家に入り、ツォンの帰宅を待ちながら寝に入る。
そんな日々が緩やかに続いていた。
以前は神羅内で少し顔を合わせる機会もあったものの、今はそれすらない。それは何だか少し寂しかったものである。
痺れをきらせたルーファウスは、ある日ついにタークス本部を訪ねた。
もしかしたら少しでも会えるかもしれないという期待をこめてそうしたのだが、そのときもそこにはルードしかいなかった。
以前と同じように、それとなくツォンのことを聞いてみる。これといった答えは期待していなかったが、どうやらその回答は以前とは少し違っていたらしい。
「…ツォンさんはずっと姿が見えないまま…」
「え?」
まさか、さすがにそんなはずはないだろう。
そう思って反論したが、ルードはそれに対しこう返してくる。
「…例の仕事で張り込んでいるのかもしれない…」
「…そうか」
レノは通常任務で外に出ており、イリーナはその補佐をしているという。しかしツォンについてはやはり詳細が分からないようだった。
家に帰ってみても、相変わらずツォンの姿を見かけることはない。
電話をしてみたが、通じなかった。電源をOFFにしているのかもしれない。
ツォンの用事はそんなに重要なことなのだろうかと疑問に思うが、ツォンと約束した手前あれこれ詮索するわけにはいかなかった。
『何も聞かずに此処にいて下さい』
他でもないツォンが言った言葉だったから、それは守ろうと思う。
どんなに話せなくても、会えなくても、一緒にいるんだと思える。此処にいれば、そんなふうに思えるような気が、何となくしていたから。
そんな状況が一週間も続くと、今度はタークスの方から呼び出しがあった。
一週間も会社に顔を出さないなど、どう考えてもおかしいという。もしかしたらツォンの身に何かあったのじゃないか、とも。
考えたくはなかったが、確かにそれは可能性としてあった。
ツォンとの約束を思い出すと、それを追及するのは少し躊躇われる。でも、もし万が一のことがあったとしたら、そんな事を言ってはいられない。
結局その捜査をタークスに頼むと、ルーファウスは少し顔を曇らせた。
一人きりの日が続く。
ルーファウスもさすがに、その状況に悲しさを隠せなくなった。
タークスの捜査はもうずっと続いているというのに、まだ状況は把握できないでいる。
ツォンは、神羅にもこの家にも現れなかった。
寝室でベットにうずくまって、いつかのようにツォンが帰ってきてそっとキスをしてくれたら良いのに、と思うが、そういうこともやはり無い。
いつになったら帰ってきてくれるんだろうか。
そう思って、目を閉じて寝入る。
明日は帰ってくるかもしれない。
明後日は帰ってくるかもしれない。
明々後日は帰ってくるかもしれない。
そう思いながら日々は緩やかに過ぎていったが、ツォンが帰る事は無かった。その気配すら感じられなかった。
だからルーファウスは寂しかった。悲しかった。
初めて口付けを交わしたときのことを覚えている。
あの時はまさか応えてくれるとは思わなかったから驚いたが、答えを返してくれたことが嬉しかった。
ツォンはあまり何かをくれなかったし、同じ家にいても会ったり話したりすることは少なかったが、それでもルーファウスは良かった。
ほんの少しの時間だけの恋人でも良かった。
ほんの少しの時間だけでも、たった一秒でもそうあれば、それで良かった。
でも、あまりにもそんな一人の時間が続くと、ツォンとの約束を破りそうになってしまう。
不安にならずに、何も聞かずにいること。…その約束を。
だから、ちょっとでも不安になると、一人きりの部屋で首を横に振って目を閉じた。
考えない、信じる。
それしかできないけれど、それでもツォンの言葉を信じたかった。
だって―――言ってくれたから。
自分が此処にいることが、ツォンは嬉しいと言ってくれた。
此処にいてほしいと言ってくれた。
だから、何があっても此処にはいようと思う。
それは、他でもないツォンの言葉だったから。
「此処にいる」
幾夜も帰らないその人を待って、ルーファウスは一人きりの部屋でそっと目を閉じる。
優しいその人の、少し困ったような笑顔を思い出して。
自分の心を満たしてくれた、その人の言葉を思い出して。
何度、朝が巡っても。
何度、夜が巡っても。
いつか、おかえり、と言える日を待ちながら。
END
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