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密かな願い:ツォン×ルーファウス
ツォンには密かな願いが一つあった。
それは、とてつもなく叶わなそうで口にも出せないほどのものであるが、こんな内容だった。
そう、それは。
“一度で良いから恋人に健気な奉仕をされてみたい”―――――これである。
しかしどうだろう、ハッキリ言ってそれは無理がある。
いや、普通ならば無理なことなど無いのだろうが、ツォンの場合はまず相手に問題があった。
ツォンの相手…つまり恋人は、奉仕という言葉を果たして知っているかどうかも疑わしいあのルーファウスだったのだから。
自信満々、余裕綽々、そんな言葉が良く似合うあの人に、果たして奉仕などという事を望めるだろうか?…否、絶対に無理である。
しかしツォンとて亭主関白的な完全奉仕を求めているわけでは勿論ない。
何故って、ツォンはいつも自分が奉仕している身であるからそういった事を一方的にされるのは何だか気が引けると思っていたし、そうなった場合自分がどうして良いか良く分からないというのもあった。
がしかし。
それにしたって一度くらいはそんな場面に遭遇してみたい。
それはどんな些細な事でも良いのである。例えば茶を淹れてくれるとか、何でも良い。
しかし現在茶を淹れてくれるのは何故だかルードだし、そもそもそんな事を出来る距離内に一緒にいるわけでもない。結果、会う場合はツォンが出迎え、どこか行くにもツォンがナビをする。
こんな状況では献身的な奉仕など、どんな些細なことであっても叶うはずがなかった。
「ああ…やはりそれは夢か…」
ついつい頭の中で献身的なルーファウスの姿などを想像して鼻の下を伸ばしてしまうツォンだったが、ふと思い出した現実に溜息などを吐く。
どう考えても夢。ありえない夢。
しかしそんなツォンの夢は、ひょんな所から実現を見せるのだった。
ある日の夕方。
密かな夢を胸に抱きつつ仕事をこなしていたツォンの元に、一本の電話がかかってきた。それはどうやらルーファウスからの内線で、用件は仕事の進捗はどうだ、という他愛もないことである。
なまじ頭に想像を渦巻かせていただけに、その電話は少々ツォンにとっては衝撃であり、咄嗟のことでついつい声が上ずったりする。
「は、はい。だ、大丈夫です。普通です!」
何がどう大丈夫で、何がどう普通なのか最早自分でも分かっていなかったが、そんな曖昧な言葉でもルーファウスは満足したようだった。そうか、なら良かった、なんて言ってくる。
しかしルーファウスが電話をかけてきた本来の目的はどうやら別のところにあったらしく、その後に続いた沈黙の後、ふとこんな言葉が聞こえてきた。
『……話は変わるが。お前、その仕事いつ終わるんだ?』
「え?この仕事ですか…ええと」
はっきり言って、頭を巡っていた妄…夢の為に、仕事は遅々として進んでいない。
しかしまさかそんな事を言えるはずが無く。
「さ…30分ほどで終わるかと」
『ふうん、30分か。で、俺はその30分をどう暇つぶししたら良い?』
「…は?」
『いや、だから。コッチはもう仕事終わったんだ。でもお前の仕事が終わらないことには駄目だろう。って事は、俺はお前の仕事が終わるのを待たなきゃならないじゃないか。すっごく暇だ。どうにかしろ』
「……」
―――――どうにかしろ??
ツォンの目前にある仕事は、本来なら片付けるまでに2時間は要するくらいの量である。
咄嗟の嘘で30分などと言ってしまったのはツォンの責任だったし、密かな夢を頭に巡らせて実際時間が遅れたこともツォンの責任だったが、それにしたってどうにかしろというのは如何なものか。
どうにかしろというのだから、それは言い換えれば「もっと早く終わらせろ」という意味である。
しかもその理由はルーファウスが「暇だから」。
自分の責任もさることながら、その理由の勝手さはどう考えてもおかしい。
「……ルーファウス様」
はあ、と重い溜息をついた後、ツォンはそう口を開く。
「…言い難いことなのですが、どう考えてもこれ以上は早く処理できません」
『じゃあお前は30分も俺を待たせるつもりだな』
「いや、ですから。それは仕方無いことだと…」
『仕方無いことがあるか。お前が死ぬ気でやれば良いだけだ』
「死…っ!本当に死にますよ!!」
というよりむしろ、死んでも30分以内には終わらない。
しかしそんなツォンの悲鳴など何ともないように、ルーファウスはこんな事を言う。
『嫌だ、何としてもやれ!』
その声が耳に入った瞬間、ツォンの毛細血管はプチッと小気味良い音を響かせた。と同時に、どうやら頭の中にあった密かな夢もプチッと弾けたらしい。
そしてとうとうツォンは、こう言い放った。
「ああ、そうですか!分かりましたよ!やれば良いんでしょう、やれば!その代わり私がこの仕事を30分で終わらせたら貴方にもやって貰いますからね!!」
唐突にそう言われたルーファウスは、語尾の「貴方にもやってもらいますからね」が一体何のことだか分からないながらも、
『終わるならな。何でもやってやる』
などと豪語する。
いつもなら嘘でも出てこないだろうそのルーファウスの一言が、ツォンを動かしたのは言うまでもない。
その電話が切れた時点で、30分の内3分は過ぎていたから実際に仕事終了までの時間制限は27分。
その27分、ツォンは死ぬ気で仕事を処理した。
そして――――――…。
僅か27分、2時間を要するはずの仕事は完璧に終了した。
それは、ツォンの密かなる夢が起こした奇跡であることは言うまでもない。
ぜえぜえ言いながらも仕事を終わらせたツォンは、最速でルーファウスを迎えに行き、最速で車を出したものである。
本来ならルーファウスを送って「おやすみなさい」で済むところだったが、今日は何と言ってもツォンの「夢」があるので車を出したからといっても直ぐに帰るわけにはいかない。
一度で良いから奉仕を…!
その夢は本来ならどんな些細なことでも良かったのだが、こんな状況だし折角なのでと、ツォンはあることを企んだ。
ルーファウスの献身的な姿なんて相当想像できないが、しかしもしそれが夜だったらどうだろうか。
ルーファウスからの奉仕……そんな事を想像して少しニヤけていたツォンは、それを実行すべくホテルに向かった。
車の助手席にいたルーファウスはその様子を別に不思議がることもない。ホテルに車を走らせるのは珍しいことではなかったし、恋人という関係上不思議なことでもない。
がしかし、そんなルーファウスもツォンが言った言葉にはさすがにギョッとした。
「ル-ファウス様、内線で話したことは覚えていますよね?」
「ん?ああ。確か俺にも何かしろとか言ってたな」
どうせツォンなら何も要求してこないだろうと踏んでいたルーファウスは、何でもしてやるぞ、とまた気軽な調子で言ったりする。
だからツォンも同じ調子でこう言った次第。
「じゃあ遠慮なく、今日は奉仕してもらいましょうか」
「――――は…?」
そんな二人を乗せた車は、着実にホテルに向かっていた。
「では、今日は奉仕して下さい」
そう言ってゆっくりベットに腰かけるツォンに、ルーファウスは躊躇った。最初はまさか冗談だろうと思ってはいたが、それはどうやら違うようだった。
気が進まなそうにツォンに近付いたルーファウスは、仕方ないといったふうにその膝元に四つん這いになる。それから下半身を覆う衣類をはがすと、その間をぬってツォンのそれを手にした。
まだ何も反応を示さないものを見ながら、ルーファウスはそのまま口を開け、その中にそれを含む。
ツォンはじっとりとした感覚に包まれながら、その様子をじっと見ていた。
こういうシーンを凝視するのは一見悪趣味にも思えるが、良く考えればこれはとてつもなくレアな情景である。何と言っても上司であるその人が、こんな姿を晒しながら自分を高みに昇らせてくれるというのだから。
慣れない行為に一生懸命になる姿が、何ともいえない。
濡れたままの髪が乱れていて、それがまたいつもと違いツォンを駆り立てた。
本当ならこのまま反対に押し倒してしまいたいくらいだったが、こんなレアなものは滅多に見られないので、これはこれで楽しませてもらおうとほくそえんだりする。…やはり少々悪趣味かもしれない。
舌で舐め上げて、丁寧に包む。頭を上下する度に金の髪が揺れて、水滴が滴り落ちた。
その水滴が、シーツに小さな染みを作り上げていく。
「良いですよ、ルーファウス様」
「…ばか…っ!」
カアッとなって文句を言おうとするルーファウスの頭をグイ、と押しやって、ツォンは静かに言う。
「駄目です。続けて」
何だか納得いかないという顔つきになりながらも、仕方なくルーファウスは行為を続けた。
「ルーファウス様も分かるでしょう、男なんですから。…どこをどうすれば私が感じるか、分かりますよね?」
「……」
無言で睨み付けるようにしながらもツォンの言葉通りに舌先を裏筋に回す。往復させながらなぞり上げ、上辺の溝に滑り込ませると、その辺りから根本までをねっとりと絡み上げた。そうしながらもテンポを上げる。
「随分上手いんですね。誰に教わったんです?」
「…っ、お前なあ!お前が男なら分かるとか言うからっ!」
思わず顔を上げてそう声を荒げると、ツォンはその顔を手前に引き寄せて唇を奪った。
「…んっ…!」
舌が激しく絡んで、息をつく暇もない。口端から甘い声を漏らしながら、ルーファウスはその感じに溺れそうになった。
このままの調子でいけば奉仕も終わるかな……という企みも多少頭の端にあったりしたが、それは残念ながら流れてしまった。
離れた唇をまだ指で名残惜しそうになぞりながら、ツォンはこんなふうに言う。
「すみません。つい…あんまり可愛かったもので」
「……殺すぞ、お前」
赤くなりながら抗議するルーファウスはツォンから見れば何てことも無く、結局さっきまでのように続きを急かされる。だからルーファウスは、元の体勢に戻るしかない。
先ほどと同じように、慣れないながらも丁寧な舌遣いでツォンの下半身に愛撫を加えていく。そうする間に髪を優しく梳かれたりして、そういう何気ないことに感じてしまったりする。
ツォンへの愛撫を続けながらも、ルーファウスは自分が興奮していることに気付いていた。勿論それは衣類で隠れているからツォンには分からないことだったが。
その内、グイ、と頭の角度を変えられてルーファウスは手を止めた。
「ほら…そこだけじゃないでしょう?」
「……」
そう言われて思わずカアッとなる。自分が何かされているわけではないのに、何故か恥ずかしくて仕方無い。
「さあ…ルーファウス様。貴方ももう、欲しいですよね?」
「違、ッ…!」
「嘘ばっかり」
その次の瞬間、すっと伸ばされた手で、既に勃起していたそこを握りこまれた。隠れていて見えなかったはずなのに、どうやらすっかりお見通しらしい。
不意打ちでそこを少し上下されたルーファウスは、思わず上ずった声をあげる。
「…んあぁ…」
「駄目ですよ、まだ。欲しいなら、もっと私を感じさせてくれなくては」
「…意、地悪いぞ…っ!」
「そうですね」
すいと笑ったツォンは、ルーファウスの言葉そのものに意地悪だった。元の体勢までルーファウスを押し戻すと、さあ、などと言って続きを催促する。
そうされたから仕方なく元のように奉仕し始めたルーファウスは、一体自分は良い気分なのか悪い気分なのかさっぱりワケが分からない状態だった。
初めての行為。
いつもツォンの下で身体を曝け出していたから、そういうことには慣れていたけれど、こうして舌で奉仕なんて丸きり初めてである。
確かツォンはこんなふうにしていたかな、そんなふうに思い出しながらするその行為は、何だか今迄してきたセックスを回想させた。
そうして回想するシーンに登場するツォンは、どれも何だか優しげである。
しかし今日は何だか意地悪い。
本当に意地悪だと思う。
それは別に、早くして欲しいとかそういう問題じゃなくて、何だか言動全てがいわゆる「いやらしい」感じがするのだ。こういうのは何て言えば良いのだろう?
ルーファウスはそんなことを考えながら奉仕し続けていたわけだが、そのうち何だか段々と腹立たしくなってきて、すっぱりとその行為をやめた。
そうだ―――――なんでこんな事をしなくちゃいけないんだ!
そう思うや否やルーファウスは、どうして行為をやめたのかと驚いた顔をしているツォンに向かってこう宣言した。
「何だかおかしい!今日のお前も変だし、こんなの絶対おかしい!だからもうやらない!」
それは、正に爆弾宣言であった。
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