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クール主任系ツォンルー。あんまり意味はない話かも?少々長め、途中小説救済です!
興味の先:ツォン×ルーファウス
一生、一つにはなれないということくらい、知っている。
ツォンはクールな男だった。ほぼ恋愛という言葉からかけ離れたこの男が、そういった局面でどのような態度や言葉を示すのか…それはルーファウスにとって興味の対象であり、この興味から二人の関係が始まったのである。
“お前は恋愛などをするのか”
普通の人間に言ったらば、何を馬鹿なことをと笑うか、若しくは激怒するかのどちらかだろうこの言葉を、ルーファウスは堂々とツォンに投げかけた。
ツォンはその言葉に一瞥をくれると、それから少しして、
“そんなものは誰にでもできる芸当ですよ”
そんな言葉を吐いた。
少し棘のある感じが気になったものの、むしろそんなふうに言うならばその芸当を見せて貰いたいものだと思う。そうして言葉遊びのように会話が流れ、どういう訳か上手い具合にツォンの言うところの「芸当」の契約が成立したのである。
誰にでもできる芸当。
そう言い切ったツォンの恋愛というものは、実に淡白、そして辛口のものだった。
マニュアル通りの愛の言葉を囁き、前戯もそこそこの機械的なセックスをし、毎回同じタイミングと長さのキスをする。それが終われば、恋愛関係においての義務は終了。
そういった関係を続けていたルーファウスは、ある日ツォンにこんなことを尋ねた。
それは夜の社内のある一室で。
「お前はこの関係に満足しているのか?」
別に満足も何もないのだろうが、しかし義務ともいえる形式関係をこのまま続けることをツォンはどう思っているのか、そこがルーファウスにとっては疑問だった。
「満足?それはどういう意味ですか」
「どういうって…言葉通りの意味だが。まあ継続するかどうかという問題だ」
そうルーファウスが言いなおすと、変な事を仰るのですね、とツォンは笑う。それはあまり快い笑いではなかったが、暗くて微妙な感覚になる。
「継続するか否か、ですか?しかしルーファウス様、これは期間限定で始めたものではないでしょう。ならば辞めるのも可笑しい話だと思いますが」
「ならば継続していて支障ないということか」
「ええ、私は別に」
そんなものなのか。そう思う。
ルーファウスも別にこの関係を止めたいというわけではなかったし、反対に続けたいという訳でもなかった。続けるならばそれなりに楽しめば良いし、やめるなら以前に戻るだけの話で、これと言った問題は考えられない。ただ、ツォンにとって嫌気が差すような状況になっているならば辞めてもいいのだが、とそう思っただけだった。
しかしツォンはそういった回答をしたわけで、結局この関係はどうやら続くらしい。
まあそれはそれで良い。
そう思っていた時のこと、ふっと終わったと思っていた会話の続きをツォンが口にする。
「私達の関係に終わりがくるというのは、考え難いと思いませんか」
「え?」
突然そんなことを言われ、ルーファウスは眉をしかめた。するとツォンはもう一度同じ言葉を繰り返した後に、こう付け加える。
「何故ならこの関係は終わり難くできている」
そうは思いませんか、そんな疑問符まで付けてくると、ツォンはルーファウスに歩み寄り、それからすっとその背に上着を羽織らせた。
もう夜も遅くなるしそろそろ帰ろうと言っていたところだったので、その行動はそれにとても忠実なものである。そんな動作をされてそのままにそれを受けながらルーファウスはその言葉に回答をした。
「それはまた衝撃的な言葉だが。意味を問いたいな」
「ええ、構いません。つまり―――――この関係には無駄が無い」
「無駄?」
今度は自分が上着を羽織ながら、ツォンはルーファウスに目をくれずに笑ったりする。
「“感情”という“無駄”がないのです、私達には。そういう無駄は得てして問題を起こす。問題が起きると終焉というのが目を覚ますという手筈です。上手くできているものですね。何しろ大体の人間は感情に囚われ問題を起こし、そして関係を壊していく」
そう一気に言ったツォンは、そこで言葉を止めた後にドアを開けた。そしてルーファウスに先に出るように手配すると、そうしたあとに自分もその部屋から足を踏み出す。
廊下にでると、そこももう既に暗闇に近かった。神羅の勤務時間帯をとうに過ぎているせいか、建物全体が暗い。後は警備が残っているくらいで、社員の殆どはもう既に帰宅をしてしまったようである。
その暗い廊下を歩きながらツォンは、だから、と先程の言葉の続きを口にした。
「だからこそ、私たちには無駄がない。つまり壊れ難い。壊れ難いのであればそれは継続を意味する。それだけのことです」
「…要は、感情などありはしないという事だな」
歩きながらルーファウスがそう言い直すと、ツォンはそれを肯定するように一つ頷いた。そしてさも当然というふうにこう言う。
「恋愛に感情など持ち出すのは無粋です。私と貴方は他人なのですから、最終的には、分かりあい愛し合うなど不可能なのですよ。そもそも、分かり合い愛し合おうなどと…そのような考えは自信過剰にも程がある」
「…お前」
ルーファウスはぴたりと立ち止まった。それに反応して隣のツォンも立ち止まる。
暗い廊下に響いていた足音はぴたりと止まり、辺りは途端に静かになった。
「―――お前の中の恋愛とは一体…何なんだ?」
ルーファウスの口から放たれたのは、最早大きく膨らんだ疑問である。
かつて、こんな男でも恋愛などをするのだろうかと純粋に疑問を持っていたルーファウスだったが、その疑問への答えはどうやら既に出ているらしかった。答えは勿論、NO。しかしそれはあくまで一般的な恋愛観での回答であり、ツォンの恋愛観からすればその答えは常にYESだったのである。
「ですから。言ったでしょう、そんなものは誰にでも出来る芸当だと」
暗闇の中でツォンが冷たく笑う。
ツォンにとっての“恋愛”とは、“ただの芸”。
感情ありきの何がしかではなく、単なる見世物。
「芸は、芸者ではなく芸そのものが評価される。芸が評価されるから人間も評価の対象になる…所詮中身など後付ですよ。ですから、恋愛という芸に必要なのは感情という中身ではない。あくまで芸そのもの…つまり、恋愛の形式だけが必要なのです」
「…形式」
「分かるでしょう?…例えば」
そう言って、暗がりの中でツォンはルーファウスに近づき、その唇を捉えた。それは、感情のためではなく、形式のために齎されるキスである。
その唇がゆっくり離れ、そのまま言葉を紡ぎだす。
「こうしてキスをする。そして決まりきったセックスをする。―――不義の関係も蔓延しているとはいえ、一般的にこれは恋愛する人間の持つ形式でしょう。その形式に準えれば、自ずとそれは恋愛になる。そう決めたんですよ、世の中は」
「それは違う。それはお前の言う芸に他ならない」
「いいえ、残念ながら違います。でしたら貴方は、感情も無しに連れ添う人間達をどう説明なさるのです?彼らは愛など語らない。それでもその形式を保つことで恋人同士などと宣言できるのですよ」
歩を促すようにルーファウスの背に手を回したツォンは、その背をゆっくりと押した。その為にルーファウスは渋々歩き出すことになったが、どうにも足に力が入らないでいる。それもこれも、気持ちがそちらに向いていないせいだ。
この男がこの会社にいることは、恐らく酷く利益的なことだろう。
ルーファウスはそう思った。
彼の論は、彼の望む関係のように無駄が無く、無駄がないからには長命を誇る考え方なのに違いない。それが会社に有益だと思うからには、やはり世の中はそういうものを必要としているということなのだろう。
ルーファウスはそのような肯定的な考えを持ちながらも、心のどこかでは下降していく何かを感じていた。
愛の言葉も、一瞬の情熱も、変えようがない事実を前にするとこれほどまでに陳腐になってしまうものなのか。だとしたら、愛だとか恋だとかいったものは一体何なのだろうか。最終的に意味がないものを、人間は自発的に時間を費やしてまで求めるという事なのだろうか。
これほどまでに、意味のない結果を迎えるために?
「――――もし」
その時。
ふっとツォンの声を響いて、ルーファウスはツォンを見遣った。ツォンは真っ直ぐ前を見ており、無表情の中で口だけを動かす。
「少しでもこの状況を苦に思うなら、貴方はこれからもずっと苦しむことになる。私の考えは変わらない。感情的に貴方を見ることは一生無い。しかしそれ故にこの関係は終わらない。感情的になった人間は…必ず負ける」
「…それが私だと?」
ルーファウスはツォンの横顔を見ながら皮肉に笑った。
確かに、少しばかり切ない気持ちになりはしたものの、それほど感情的になったつもりはない。ただ単に、それならば恋愛とは一体何なのだろうかと疑問に思っただけである。
しかし、理性だけで動いているかのようなツォンは、実に淡々とこう告げた。
そうですよ、と肯定して。
「貴方は最初から感情的だった。感情的に私に興味を示し、感情的に恋愛の形式を欲した。そうではありませんか?」
「まさか。私はただ、お前がどんなふうに恋愛をするのかと興味が沸いただけだ」
「それ自体が感情のなせる業ですよ。貴方は今認めましたね、私に興味が沸いたと。興味が沸くということはほぼ好意と同じだ。好意は期待を求める。結論から言って、貴方は最初から私に対して感情的に恋愛を求めていたんです。貴方は理性を使って“興味”だなんて言う。しかしいずれ分かりますよ、貴方が本当に抱いていた感情が。――――恐らく貴方は、耐えられなくなるでしょうがね」
「お前、何を…」
「私を憎んで下さっても結構。所詮、貴方と私は他人ですから」
他人だから、分かり合うことなど不可能なのですよ。
そう言ってツォンが一瞬、目を瞑る。
それを横から見つめていたルーファウスは、ややして視線を外すと、無言のままに足を一歩前に踏み出した。
一生、一つにはなれないということくらい、知っている。
誰だってそのくらい理解している。
――――――でも。
このままではいつか本当に憎んでしまいそうだ。
黒い瞳を見つめながらルーファウスはそう思った。
END