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■SWEET●MEDIUM
発熱ルー様と看病主任。しっとりラブラブです♪
ただそれだけのこと:ツォン×ルーファウス
風邪の季節…それは着実に神羅にもやってきた。
そんなわけで、神羅の中では風邪っぴきが蔓延…その影響で色んな部署が壊滅状態だったが、大人である以上そうそう休めるはずもなく、そういう風邪っぴき社員はウイルスに侵された身体に鞭を打って仕事をこなしていた。
そしてそれは、こんなところにも…。
「っくしゅ!」
くしゃみをして溜息をついたのは、ツォンだった。
ツォンは先日から風邪をひいており、その原因はどうやらある人だと判明していた。そのある人とは、ツォンの上司でもあり神羅の副社長でもある…そう、ルーファウスである。
ルーファウスはといえばツォンよりも先に風邪をひいていて、会う度にツォンの前で咳きやらくしゃみを連発していたものだ。
そのルーファウスの症状が良くなった途端、こうしてツォンが風邪に見舞われたという具合…「誰かに移せば治る」とは良く言ったものである。
だから多分それは、ルーファウスから移ったものなのだろうとツォンは思っていた。
ツォンが接する人の中で、ルーファウス以外の人間は風邪などひいていなかったのだから、消去法でいってもそれしかない。
まあ―――仕方無いが。
そう思っていたツォンだったが、さすがに発熱となると話は別で、その人を恨むということはなくとも仕事への影響は否めなかった。
まず第一に、ぼうっとしていて集中できない。
その上、外に出る仕事などが入ると身体が重くてどうしようもない。
それでも容易に休むなんていう対処はできず、朝起きてどんなに身体がダルくても仕事に身が入らないと分かっていても、とにかく出社だけは確実にしているツォンだった。
そんなツォンの様子は、しっかりタークスの面々に伝わっていた。
彼らは「移されるのだけは勘弁だ」と思っていたのか、なるべくツォンには近付かないようにしているという具合。ちょっと悲しいが、まあまあ堅実というところだろうか。
そんな具合で、レノやルードは、ツォンの後ろを通りすぎるとき半径1メートルは空けて歩いたものである。しかしそんな彼らでも、やはりツォンの存在はさすがに無視できないものであり、結果的にこういう言葉をかけるに至る。
「ツォンさん、まあコレでも飲んでさ」
半径1メートルの規則を破って最初にそう声をかけたのはレノだった。レノはそう言ってツォンの半径50センチ以内に進入すると、それでも上体を反らしながら、ツォンに向かってある物体を差し出す。
「ああ、悪いな」
その内容も見ずにそう言ったツォンは、差し出されたものを目の当たりにして思わず口をつぐんだものである。
そう、そこには―――滋養強壮剤。
「……」
「ツォンさん。これで百万馬力だぞ、っと。ってわけで、じゃ!」
レノはそう言うなり颯爽と半径50センチ外に出やると、ふうと息をついて歩き去っていく。それを振り返ることもしなかったツォンは、ただただ手の中にある滋養強壮剤を眺めていた。
…コレで直せと?
これだけでは無理だろう、そう思ったが折角レノが気を利かせてもってきてくれた物体である。取りあえず喜ぶくらいは礼儀だろう。
そう思って、喜びを行動として示す。…勿論それは、その滋養強壮剤を口に流し込むという行動である。
そうしてゴクリとそれを飲んでみたツォンだったが、風邪の影響で味覚もおかしくなっている身としてはどうもイマイチ微妙だった。
「やれやれ…全く」
風邪なんて、なんともベタな病気である。甘く見ているととんでもないとはいえ、風邪は風邪。何がなくとも風邪は風邪なわけで。
しかし、その風邪の原因がルーファウスにあり、しかも数日前までは自分がルーファウスの容態を心配していたことを思い出すと、そうそう溜息ばかりもついていられなかった。というか、溜息と同時に思わず笑んでしまう。
何故ツォンが笑んだりするかといえば、それは数日前の出来事が理由だった。
それは、丁度ルーファウスが発熱でダウンし、とうとう寝込んだ時のことである。
もう駄目だ、唐突にそんなことを言われたものだからツォンは驚いた。
いきなりメールで「もう駄目だ」と一言入れられても何のことだかさっぱり分からない。一番最初に思い浮かぶのは仕事のことである。
役職上、容易く休むわけにもいかないルーファウスは、ぜえはあ言いながらも仕事をこなしていた。ツォンがしきりに「少し休憩しては」と提案しても「大丈夫」の一点張り、頑として聞かない。
そんな具合に数日を過ごしていたルーファウスは、ある日とうとうダウンしてしまったのである。
それでも尚「あの仕事が」とか「あれが」とか言うものだから、「もう駄目だ」と言われて仕事上の話だろうかと思ってしまうのは仕方無いだろう。
しかし、一本の電話を入れたツォンは、その向こうから聞こえてきた声に、何が「もう駄目だ」なのかを悟った。
仕事明け、まだ社屋にいる間にその電話をかけたツォンは、まさかルーファウスが自宅にいるだなんて思いもしなかったものである。
てっきり同じ社屋にいて、相変わらずぜえはあ言いながら帰り支度をしているものかと思っていた。だから今日はすぐに帰れるようにと車のエンジンもあらかじめかけておいた程である。
が、しかし。
『…もう駄目だ、ツォン。し、死ぬ…』
「ル、ルーファウス様!?一体どうしたのですか」
ぜえはあが最高潮に達していたルーファウスは、いつものキッパリ口調とは程遠い声音でこう言う。
『ね、熱……フラフラする…気持ち悪い…』
「熱!?今どこにいらっしゃるんです!?」
『家』
そう聞いた瞬間、ツォンは通話ボタンをプツッと切ると、もくもくと車に向かって歩き出した。
数分後、あらかじめエンジンをかけておいたおかげですっかり温まっていた車に乗り込むと、颯爽とルーファウスの自宅に向かう。法定速度はすっかりオーバーだったが、この際それは気にしていられなかった。
慣れた道筋でルーファウス宅に向かう。これがもしプレジデント宅だったら少しは迷いもあったものの、幸いにも今のルーファウスは父親とは離れた一人暮らしをしていたから、迷いも何もない。
ツォンとルーファウスはお互いの家に入ることが無かったので、本当にそれは初めての訪問だった。
いつも車で送る際に見つめているその家に、とうとう足を踏み入れる時がやってきたのである。今迄散々見つめ合ってきた二人だったが、それは、また違う一線を越える時ともいえた。
時間にして大体20分くらいだったろうか。
あまり時間の感覚は無かったが、大体速度と距離からしてそのくらいだろうと思う。
その程度の時間でとうとうルーファウスの自宅にやってきたツォンは、素速く車を降りセキュリティをかけると、見慣れてはいても未開の地も同然であるその家へと足を踏み入れた。
本来なら此処でインターフォンを押すわけだが、例えそうしてみても、あの病状のルーファウスが玄関口までやってくるのは想像し難い。それに、仮に頑張って出てきたとしても、そうされたらツォンの方が辛くなってしまう。
だからドアを開け、お邪魔します、と声を張り上げて、そのまま室内に入り込む。
そんなふうに足を踏み入れたルーファウス宅は、綺麗に片付いていた。
しかし、その中で上着だけがぱさりと無造作に放られている。どうやら発熱したルーファウスがダルさの中で放ったものらしい。
「ルーファウス様」
そう声をかけ耳を澄ますと、かすかに息遣いが聞こえる方向へと歩を進めた。
それは丁度一番奥に位置する部屋で、他の部屋にそれらしきものが無かったことを考えると寝室のようである。発熱だから寝込んでいて当然、そこにルーファウスがいるのだろうと踏んだツォンは、
「入りますよ」
そう一言声をかけてから、その部屋のドアノブを捻った。
そのドアの向こうにはツォンの予測通りの姿があり、その人はすっかりいつもの「らしさ」など無くして、ベットに横たわっている。
相変わらずぜえはあ言っていたが、苦しそうに目は瞑っていた。
「ルーファウス様」
もう一度そう声をかけてベット脇に近寄ったツォンは、目を閉じたままのルーファウスの額にそっと手を当てる。
「……」
思ったより、熱い。
とにかく解熱が先か、そう思ったツォンは、初めて入ったその家を歩き回ることにした。
といっても勿論、見物しようというわけじゃない。熱を冷ますのに濡れタオルや氷を用意しようと思ったからである。
しかし何しろ初めて来た家なので勝手が分からなかった。冷蔵庫はすぐに見つかったが、開けてみると肝心の氷が無い。製氷機に水自体が入っていないのである。
まああの人らしいかもしれない、そうとだけ思うと、ツォンは次なる方法の為にその家の中を駆けずり回った。
そうこうしてツォンがルーファウスの元に戻ったのは15分ほど経った後のことである。綺麗なのは良いが、綺麗すぎてどこに何が収納されているか分からないのが難点だった。
それでも何とか見つけたタオルを水で濡らして固く絞ると、すっとルーファウスの額に当てた。
「うー…」
ひんやりとした感触に眉を顰めたルーファウスが、薄く目を開く。
開いたその目は、ここにきてやっとツォンを認識したようだった。
「ツォン…?」
「ええ、そうです。無理をなさらず、お休みになって下さい」
「うー…」
蒼褪めた…いや、赤い顔のまま「うー…」を連発するルーファウスは、それでも何かを言いたそうにツォンを見ている。
ツォンはそれを見詰めながら取り敢えず頷いた。何の頷きかは良く分からないが、強いて言えば先ほどツォンが放った言葉の強調というところだろうか。
「ああ、そうだ。薬は…飲みましたか?」
思い出してツォンがそう言うと、ルーファウスはふるふると首を横に振った。どうやら飲んではいないらしい。
「では――」
薬を持ってこよう、そう思ってツォンが踵を返そうとすると、その途端にグイと袖口が掴まれる。
「?」
「…ない」
「―――はい?」
「ない。薬はない」
「……」
ツォンはその言葉に少し考え込むと、暫くして一言、こう言った。
「買ってきます」
ツォンが薬を購入して再度その家に戻ってきたのは、20分後くらいのことだった。
車を飛ばして薬局に行ったツォンは、風邪薬を購入し、それから適当なものを買い込んだ。先ほどルーファウス宅の冷蔵庫を覗いたとき、その中があんまりにも閑散としていたからである。氷が無いのはまだ良いとしても、食料の欠片すらないとは問題である。
それらを少し購入して、いち早くルーファウスの元に戻る。
戻ったその家の中では、まだルーファウスが「うー…」を連発していて、ツォンはそれを確認するなり何だかホッとしてしまった。
本来ならこのような状況なのだからホッとするなんて不謹慎だったが、そこにルーファウスがいるということに妙な安堵感を覚えたのである。
ツォンは買ってきたばかりの薬をルーファウスに飲ませるべく、コップ一杯の水と、それから三錠の錠剤を手渡した。
「お飲み下さい。少しは緩和されるはずです」
そう言うツォンを、ルーファウスはチラリと見遣る。その顔は何だか嫌そうに錠剤を見ていた。
「…ルーファウス様」
「…うー…」
最早、「うー…」は「嫌だ」と同意だった。
しかしそれを汲み取ったツォンは、少し厳しい顔をして「駄目です」とキッパリ言う。
まさかその歳で薬が飲めないだなんてツォンにとっては説教ものである。
それはルーファウスも分かっていたが、元々ルーファウスはこうして風邪をひいた時はたっぷり時間を使って治していたタイプだったので、薬というものにあまり慣れていなかった。
神羅に入って以降は体調が悪くなることも早々無かったのでこういう展開にならずに済んでいたのだが、しかしどうやら、とうとうその日がやってきてしまったらしい。
あくまで「飲まないと駄目です」と言い張るツォンに、ルーファウスは仕方なくそれを受け取ると、渋々ながら口に放り込んだ。それから、味を感じないうちに水でゴクリとやる。
まあやってみれば簡単な作業だろうか。
ルーファウスは用済みのコップをツォンに差し出すと、また先ほどのようにベットに横になった。
それから、こんなふうに一言口にする。
「…寝る」
強制的に薬を飲まされたことが少しばかり悔しかったのだか、そう言ったルーファウスはツォンに背を向けていた。ツォンは仕方無さそうに笑うと、こう返答する。
「そうして下さい」
薬も飲んだことだし、後はゆっくり休んで…また明日だろう。
そんなふうに考えながらも、腕にはめた時計をすっと見遣った。時間はそれほど経っていないようだが、状況的にもそろそろ切り上げた方が懸命か、などと思わないでもない。
そもそも、此処にいてもルーファウスは眠るだけだし、薬を飲ませた以上はこれといって急くような事柄も無かった。
ツォンはルーファウスの身体に身を寄せると、向けられた背にそっと声をかける。
「ルーファウス様。今日は…これで失礼します」
それは小さな声で告げられたが、勿論ルーファウスの耳にはしっかり届いていた。
ルーファウスが何もリアクションを起こさないものだから、ツォンはそれを了承の意だと判断し、そっとその場を離れようとする。
―――が。
「?」
ぐっ、と腕が掴まれた。
「??」
何だ、そう思ってツォンが振り返ると……そこにはムスッとした表情のルーファウスがいた。そのルーファウスの手が、己の腕を掴んでいる。
一体どうしたのだろう、まだ何か欲しいものがあるのだろうか、そう思ったツォンはその疑問をそのまま口に出す。
しかしそれに対して返された言葉は、ツォンが想像していたような何らかの物体などではなかった。
そうではなくて……。
「…帰るなよ」
―――そんな、一言だった。