CLEAR WARMTH-WARM-(3)【ツォンルー】

*CLEAR WARMTH

 

 

それは、白昼夢だった。

空白の中で、やっと果たした再会。

あの時の姿のままで、ツォンはそっと現れた。

もうそのスーツは着るな、そう言ってもそっと笑うだけの幻想。

それでも、その人はかつてそうしてくれたように、自然と唇を重ねてくれた。それは優しく、少し長く、まだ全てが混沌としていたときの、たった一つの逃げ場所だった。

そしてなにより、本当の居場所だった。

唯一、安らげる場所。

『約束は守ってください』

唇が離れた後、ツォンはそう言った。そう言う目は、いつかと同じように強く真剣である。

けれど、もう何をどう守ればよいのかすらルーファウスには分からなかった。

守るべきものは、どこにも無い。

「もう神羅は無くなった。私は自由になったんだ」

『いいえ。私が守って欲しいのは貴方自身です』

「自分の身など、どうでも良い」

そう言って首を振る。

自分を守る術すら、もう理解できない。

神羅があって、だからこそそこには意義があったのだ。

『私は最期まで貴方をお守りしたかったのです』

「そんなことは、できるはずない。決まっていたんだ、こうなることは」

きっと―――――そうに違いない。

じゃなければ、まだ何か希望があるとでもいうのだろうか。それは無いだろうに。

『私が神羅に従事していた意味が、お分かりですか』

ツォンは、少し悲しそうな顔をしていた。そして、言葉はこう続いた。

『前にも言いましたが、貴方自身が“神羅”だったからです』

「……」

そっと巻きつけられる腕に、ルーファウスは抵抗することなく身を預ける。しかし頭の中ではその言葉が駆け巡っていた。

そうだ、確かにそう言っていた―――――。

古代種の神殿に向かう前夜。その時ツォンは、ルーファウスの本心を言葉にすることを禁じた。それは神羅カンパニーとしての意思とは反するものだったから。

けれどそれは、確実な想いの裏にある自信だったのかもしれない。

神羅の為に動くことは、ルーファウスの為の行動。

それは神羅を選んだのではなく、ルーファウスを常に選んだことの証明だった。

死を選んだあの夜に言った言葉もそうだった。

ルーファウスを守りきれない自分の身体の限界を見据えて、言葉を残したこと。なぜそんなことをしたかといえば、それはその言葉が永遠にルーファウスを縛ると知っていたからである。

そうすることで、義務感と共に、壊れかかった心にベールをかけた。途中で崩れることのないように。辛いと思う隙も与えないように。

ツォンは良く理解していたのだ、ルーファウスのことを。

逃げ場所が自分にあることすら解っていた。

だから―――――それはいけないと思う心の裏で、新しい逃げ場所を与えた。

自分という枠を超えて、ルーファウスの心の中に自分の言葉の鍵によるスペースを作り出して。

悲しみから逃れるには、義務が必要だった。

例え、偽りでも。

「ツォン、もう良いんだ」

そうだ――――きっとお前も苦しかったんだろう。

今まで気付かなかったけれど、こうして全てが無くなって、本当に欲しいものさえ失って、だからそう思う。

あの殺伐とした世界の中で、本当の自由を手にすることすら許されずにもがいていた自分の姿を見ていたツォンもまた、きっと辛かったに違いない。

ルーファウスが神羅について考えている時分、ツォンは何を考えていたのだろうか。

こんな未来を、予測していただろうか。

「お前に守ってもらわなくても、私は一人で決断する」

『…心配です』

「―――大丈夫だ。もう、お前の言葉が無くても私は立っていられる」

『そうですか。良かった』

目前で安堵するようなツォンに、ルーファウスは久しく優しい笑みを見せた。

もう何年も誰にも見せていないような笑顔、それはきっとツォンさえも知らないものだった。過去のどこかに置き去りにしてきた、それはとても純粋な感情の欠片だから。

 

 

 

そこまでで、その白昼夢は終わりを告げた。

我に返ったルーファウスは、手の中にあったボロボロのそれを胸に当て、暫く考え込む。

夢は終わりだと思う。今自分を取り巻くのは、確実な現実。

それに自分が出すべき答えは何かを考える。

いつも本当に出したかった答えは、皮肉にも今になって出すべき答えと一致していた。昔はそんな選択すらできなかったというのに。

そう考えるとこれは、チャンスなのかもしれない。

全てから見放されただろう自分に差し伸ばされた、最後の救いなのかもしれない。

だから―――――そう、迷う必要など、無いのだ。

何一つとして。

 

 

 

瓦礫の街と化したミッドガル。

そこはもう誰も寄り付きはしない場所になっていて、崩れ去った神羅の跡が痛々しく残されていた。

この広大な土地は、開拓すればそれなりに活用できそうなのに、それでも誰もそれをしようとはしなかった。考えとしてはあったのだろうが、それを実行するには膨大な時間と金が必要になる。

とはいえ神羅が築き上げたシステムも全て崩れ去ったのだから、これからはそんな枠に囚われずとも良いのかもしれないが。

その土地に足を踏み入れたルーファウスは、残骸の上を一歩づつ歩いていた。足場が悪く、既に土と同化している部分すらある。

風に晒される機械の破片、コンクリート。焼け爛れた土。

何もかもが苦笑せずにはいられない惨状である。

分かっていたこととはいえ、改めて目にしたそれらにルーファウスは困ったように笑う。

何て馬鹿馬鹿しいんだろう―――――。

崩れたらこれだけになってしまった、心を持たない機械の塊。

守ったものは、こんなものだったろうか。

そう考えながらもひたすら歩く。ミッドガルの端からかつての神羅ビルの場所までは結構な距離があるから、そこをすべて歩くのは大変なことである。

それでも、そうしなければならないと思う。

別に今更、過去の栄光に耽ろうだとかそういうつもりはないし、そんなことはむしろしたくない。ただ、残してきたものがあると思うからそうするまでである。

神羅に残したままのものは多くある。それは物質的なものではなく、もっと違うもの。

そこで起きた様々なものへの決別をするのに、それらを回収しなくてはならないのだ。

散らばった欠片を一つづつ集めて、それを元のように心に戻して、そうして決断をしなければ。

だから向かうのだ。

神羅カンパニーに。

 

 

 

ルーファウスの手には、ボロボロの”それ”が握られている。

それは、ある夜からずっとルーファウスが手にしていたもので、本来の持ち主の場所には戻ることが無かった。

自分のはもうどこかにいってしまったが、不思議とこれだけは手元に残っている。それは本当に偶然で、それでもたった一つでも残っていて良かったなと思う。

―――――だって、これこそ本当の証明だ。

そう考えて思わず笑みがこぼれる。

ある朝、目覚めたその場に残されていたそれは、きっとわざと残されたのだろうとルーファウスは思っていた。

何の為に残したのか、その真意は分からない。

けれど、もし自分が考えるような理由であればとても嬉しいと思う。

 

だってそれは、証明だ。

 

 

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