Honey Style(Wednesday-2)【ツォンルー】

*Honey Style

水曜日:ごめんの言葉

 

その頃、副社長室ではかくも危険な遊びが繰り広げられていた。
未だに副社長室に拘留されていた秘書の彼は、ルーファウスの北極に身の危険を感じざるを得なかった。何故って今の状況が正にそれだからである。

彼は壁にぴったりと背を付けて、きつく目を瞑っていたが、心の中では号泣していた。

彼は今、ルーファウスの的にされている。というのも、先ほどタークス本部から送信されてきた危険なルーファウス似顔絵らしき絵を見た途端に、ルーファウスの毛細血管が2、3本切れたからであった。

どこからか出てきたダーツを手に、ルーファウスは過酷にも彼に的になれと命令した。しかも先ほど彼が描いた超簡潔ツォン似顔絵を頭のすぐ上の壁に貼り付けて、である。

ルーファウスの眼はランランと光っている。いかにも獲物を狙う目である。…というかその背後に炎が見えるのは彼の気のせいだったろうか。

とにかくルーファウスは、そんな危険な遊びを数回繰り返していた。

ビシュッッッ!!

ダーツは、彼の目前をヒュッと駆け抜け、そして頭の上のツォン似顔絵に命中する。…しかも丁度、額のホクロに命中している。

その度に、彼の寿命は3年づつ縮んでいくのだった。

「ふ、副社長…。も、もう止めませんか…っ!?」

「何だ、怖いのか?大丈夫だ、私はこれでもコントロールは良いんだ」

そう言って不敵に笑うルーファウスに、彼は心の中で訴える。そんなことは分かってる、分かってるけど寿命が縮むんだよーっ!!……と。

「も、もう止めて下さいよう~!私にはまだ愛する恋人を守って可愛い子供を授かって、白い家に住んで血統書付きのワンちゃんを飼って、可愛いなあとか何とか言いながら朝の珈琲を飲むという夢があるんですよう~っ!!!」

とうとう泣く泣くそう訴えた秘書に、ルーファウスはやっとその手を止めた。別に彼の訴えがルーファウスの心に響いたということではない。

ルーファウスが気にとめたのは一言である。
“恋人”という、たった一言だった。

「…お前、付き合ってる女がいるのか?」

ふっと真面目な顔つきになってそう聞いたルーファウスに、彼は慌てて普通の体勢になってから、はい!、と必死に訴えた。

「…そうか」

突如のように様子を一変させたルーファウスは、壁にピンと突き刺さったダーツを引っこ抜くと、それからツォン似顔絵をまじまじ眺めて、呟く。

「守るべき恋人、か…」

そう言ってから溜息をつく。何だか急に落ち込んだ態度を見せたルーファウスに、秘書は、ついついこんなことを聞いた。あまりにも今までの態度と違うものだから気になってしまったのだ。

「あの……。副社長、何か恋愛の悩みでもあるんですか?」

幸いこの秘書は、その“恋愛の悩み”と“ツォン似顔絵”を関連させて考えることはしなかった。

「いや…悩みというか。…いやいや、悩みなのか?」

溜息をつきつつブツブツとそんな事を言い出したルーファウスは、自分の中で少し整理した後に、秘書にこんなことを聞いた。

もともと、問題はどこにあるのかといえば自分だろう。認めたくないが、ツォンの態度からするとそういう事になるらしい。ではその次に、自分がどうしたいかが問題である。

…やっぱり、今の状況から抜け出したい…という事になるのだろうか。

「お前、自分が原因で恋人と喧嘩になったら…というか喧嘩という言葉を使うのも忌々しいな。だって私は何も悪く無いのに。大体、ツォ……。…だから、つまりっ!そうなったらだな、お前ならどうする?」

何だかやや興奮気味のルーファウスに、秘書は首を傾げながらたった一言こう言った。そんなものは簡単じゃないか、という顔つきである。

「謝ります」

「―――――は?」

「いや、ですから。謝るんです、ごめん、って。だって自分に原因があるんだから、悪いのは自分って事になるわけで…という事はやっぱり謝るしかないです」

「…ちょっと待て。だが、だがな。此処が肝心だ。良く聞けよ。自分はどう考えても悪いとは思えないんだ。というか、悪いかもしれないけど、その…そんなことくらいで怒るか、普通!?…っていうようなだな…そういう事態の場合は処置として……」

「いや、でも自分なら謝ります」

秘書はきっぱりとそう告げた。あまりにも当然というような堂々としたその答えに、ルーファウスは少し困惑する。というか、それがやはり正しいことなのだろうか。
はっきり言って、あんまり納得したくない。

「副社長。私が思うに問題は謝るという事自体よりも、その後なんです」

「その後というと?」

「つまり~…やっぱり自分としては恋人と仲直りしたいわけで、ギクシャクはしたくないんです。もし本当に許せないのだったら謝らないで、そのまま別れるしかないです。でもそれは嫌だし、これからも仲良くいたいから私は謝るんです。となると、相手もスッキリ、自分もスッキリです」

「なるほど…」

確かにその通りだと思う。

ツォンと別れる…別れるという表現は何だかしっくりこないけれど、もしツォンが他の誰かと恋愛をしたら嫌かもしれない。そうしたら、とても寂しい気がする。だからこそ、あのアルバムの中の女性が気になったんだろうから…。

となると、やはり自分はツォンと仲直りがしたいのだろう。あの女性の事は気になるけれど、あまりに悔しくて誰だなどとは聞けそうもないし、それよりもまずこの状況が何だか芳しくない。

ルーファウスはまた悩みだしてブツブツを言い始める。そんな姿を見た秘書は、こんなアドバイスをした。

「副社長、謝るのだったら簡単ですよ」

「そうか…?」

「はい。まず、相手の顔をまっすぐ見るんです。それから、“ご” と、“め” と、 “ん” を繋げて言うんです。たったそれだけです」

「そ、そうか…」

「はいっ!何だったら私相手に練習して下さいっ!」

秘書がそう言うので、ルーファウスはそうしてみることにした。秘書はツォンと違ってあまりにもほんわかした顔をしている。あの几帳面そうな真面目顔のツォンとは大違いで、何だか雰囲気がつかめない。

それでも、ルーファウスは取り敢えずやってみた。

「ええと…“ご” “め” “ん”…」

「副社長、もっと流れるように言った方が良いかと思います」

「そ、そうだな」

じゃあ、とルーファウスはもう一度やってみることにした。

「…“ごめん”…」

「そうです、そうです!そんな感じですっ!」

「そ、そうか!?」

秘書は自分のことのように喜んだ。そんな態度にルーファウスも少し笑顔を見せる。
一見何だかオカしなこの練習は、ルーファウスにとっては有意義だった。何せこれでツォンと元のようになれるのかもしれないのだ。

ルーファウスの恋人が誰かなどとは考えもしない秘書は、目前の上司がこれで恋人と仲直りできたら良いなあと思っていた。少し自分も役に立ったかな、などと得意にもなった。

実はこの秘書は、とても良い奴だったのである。

 

  

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