12:相棒の分析
今回の任務は独りずつ配置されていたが、レノは指示された場所には向かわずルードと行動を共にしていた。
ルードは任務放棄して自分についてくるレノに何度か「戻れ」と言ったが、レノが一向にそのそぶりをみせないので、もはや何を言っても無駄だろうと口を閉ざしている。
そんな中、暫くしてレノがふと口を開いた。
「なあ、相棒」
「…何だ」
「俺ってさー、どんな奴?」
その言葉を耳にした瞬間、ルードはぱったりと足を止めた。
そのおかげで真後ろを走っていたレノは派手にルードの背中にぶつかり、「あっててて!」と声を上げる。
「――――レノ、熱でもあるのか?」
「あるかよ、熱なんか。今日も元気に平熱36度1分だっての」
「じゃあ一体どうしたんだ、いきなり」
ちょっとばかり世間とはズレているとは思うが、さすがにいきなりその言葉はおかしいだろう。そうルードは言う。
その、ちょっとばかり世間とはズレているとは思うが、の部分に大いに文句を垂れたレノは、大きなため息を吐きながら髪をかきあげる。
その日のレノは髪を纏めてはおらず、いつもとは別人のように見えた。
「いや。何かさ、熱くなるのって俺らしくなくない?」
「そうか?」
ルードは首を傾げる。そして、
「お前は昔から意外と熱い男だったぞ」
そう言った。
その言葉にレノは呆然として、思わず「どんなところが?」などと聞く。
レノの中で自分という人間は”ポーカーフェイスが得意で常に傍観者”だったが、ルードからすればそれは違うらしい。
自分のことは自分が一番良く分かっていると思っていたが、意外と見えない面があるというのはこういう事なのか。
ルードはゆっくりと歩を進めながら、長年の友に言葉を投げる。
「お前は一見クールそうに見える…多分大方はそう見られているんじゃないか?深みにはハマらない、好奇心があるだけで無関心、他人の干渉は受けない…そういうふうにな」
「おーおー、良く観察してること」
感心してレノがそう言うのに、ルードは「でも」と反意の言葉を続けた。
「それは単に“そういうふうに見せている”だけだ。“そういうふうにコントロールしている”だけだ。それが証拠にお前は本気になると酒を断つだろう?」
そう問われ、レノは迂闊にも「そういえばそうだ」と口にする。
そういえば、稀に何かにのめりこむと酒を断つ癖があるように思う。酒は脳を麻痺させて思考を脆くさせるから、何かにのめりこむときには向いていない嗜好品なのだ。
それにしても、この相棒は良く分かっていると思う。
コントロールという言葉を耳にしたとき、レノはその言い分がいかに正しいかを悟ってしまったものである。
何しろセックスのときでさえレノはコントロールをしていたし、そこからすれば平生からそうしていてもおかしくはないだろう。
それは制御心という誰しもが持つものとは別個の、計算された制御のことである。
「心理的に知っているんだろう、お前は。熱が入ったら手が付けられなくなる自分の事をな。だからいつもコントロールしている…そうならないように」
「へえ、さすが。分析家だな、ルードは。タークスにしとくには勿体無い」
レノが感心しながらもおどけてそう言うと、ルードは僅かに足を速めながらもぽつりとこう言った。それはレノの心に深く響く。
「…熱が入ったらこの仕事はやりにくい。だから俺は気持ちを殺す。…お前だって、この仕事のためにそういうふうに自分を作っていったんだろう?」
――――なるほど、そういう考え方もあったか。
レノはますます相棒に感心したが、さすがにその言葉は少々痛かった。何しろそれは的を得ている。加えて、その指摘内容は神羅という組織があったからこそ起こったことだ。
神羅があったからこそ…そんなふうに自分を変えていく必要があった。
仮に神羅に属していなければそんなふうに都合の良い自分を演じる必要性もなかったろうし、それこそ素のまま“熱い人間”でいられたのだろう。
けれど、神羅があったからこそ――――あの人にも、出会えた。
あの人に出会わなければ、あの人と抱き合うことが無ければ、“意外と熱い自分”と“表面上の自分”のギャップになど苦悩する事も皆無だったろうに。
「ルード、ありがとうな」
レノはそんなふうに礼を述べると、じゃあ俺戻るから、とルードがどんなに催促しても了承しなかった事を口にする。
それを耳にしたルードはそっと笑うと、レノはどうやら“本気になったらしい”と密かに思った。
だってそう、レノは本気になったら言う事を聞かない。いつもであればダルそうにしながらも「はいはい」と令には背かない人間なのに、わざわざ反発するということは“そういう事”なのだろう。
レノが去った後、ルードは走りながらぽつりと呟いた。
「…面倒なことにならないと良いけどな」
本気になれば、レノでなくとも大方の人間が本領発揮する。結果が明るかろうが暗かろうが、それは問題ではない。
本領発揮とは自身の持てる力の限りを尽くすことや自身の信ずる正当性を貫くことと同義だ。しかしそれは正道という意味での正しさとイコールとは限らない。
道を外すことだってある。人間だから。
それでもそれを信じて進もうとする。自分は自分だから。
「―――――俺も…な」
ルードは指定されたポイントに辿り着くと、無線機能を備えた神羅製の携帯電話を手にとり司令塔であるツォンに連絡をつけた。
そして耳から流れ込んでくる情報に頷き返すと、間もなく通りかかるというターゲットに向けて準備を進める。
ターゲットは、ルードにとって恨みも何もない一般人。
恐らくターゲット自身は理不尽な死を迎えることになるのだし、ルードにとってもこれからかける制裁はいかにも理不尽なものだった。
意味もなく人を手にかける、これは愉快犯と同じ人道に外れる行為である。それが正しいかと問われれば、答えは確実に否定的なものになるだろう。
それでも、信じて進む。
それが―――――、
「…本領発揮だな」
ルードは、やがて見えてきたターゲットに確実な狙いを定めた。