STRAY PIECE(35)【ツォンルー】

*STRAY PIECE

35:与えられた真実

 

 

 

あのざわめきは―――――今でも、忘れられない。

まるで気が遠のいていくような、そんな、ざわめき。

 

 

 

ある人物の葬式の日程が記された、謎の書簡。

それを受けたその日のこと、帰宅したルーファウスを待ち受けていたのは珍しく早く帰宅していたプレジデント神羅だった。

「ルーファウス、帰ってきたか。待っていたんだ」

帰宅したばかりのルーファウスに息をつく暇も与えずそう言ったプレジデント神羅は、話があるからと言ってルーファウスを居間に連れて行った。

一体なんだろうか。

最初は、ただそう思っただけだった。

しかし。

「まあ座れ、ルーファウス」

そう言われて取り敢えず居間のソファに腰を下ろしたルーファウスは、まだスーツの上着すら取り払っていない状態だった。

しかし雰囲気的にそれを脱ぐことも出来なくて、話があるという父親に仕方なく顔を向ける。

しかしその瞬間、対峙したプレジデント神羅の顔つきがいつもと違うことに気付き、ルーファウスは思わずはっ、とした。

それはいつも見ているプレジデントの顔ではなく、父親としての顔だったのである。

それを確認した瞬間、何となく怖くなった。

何が怖いのかは分からない、ただ、心がざわめくのを感じたのである。

そのざわめきの中、“父親”は口を開いた。

「ルーファウス…実はな――――」

「…何、だ…?」

正面から見据えられたルーファウスは、顔つきこそ強気で真面目だったが心中では恐怖を感じていた。それが表に出たのか、思わず声が掠れる。

しかし父親はそれに対して何も感じなかったのか、表情一つ変えずに話の続きを口にした。

「今日、お前にある書簡が届いただろう。それはある人間の葬式の日程を記したものだ。身に覚えがあるか?」

「あ…あ。見た」

見たけれど、それが一体なんだというのだろうか。だってあんなものは悪趣味な悪戯に違いない。まさか父親が口にするような重要な事柄とは思えない。

だって、知らない人間の名前だったのだ。

「ルーファウス。今日はお前に重要な告白をしなければならない。それをするにあたって、ワシはお前に謝らなければならないのだろうな」

「謝る…?一体何を…」

「端的に言って、ワシは今までお前に黙ってきたことがあるんだ」

そう言った父親は、脇に置いていたらしい何かを手に取ると、それをすっとルーファウスに手渡した。ルーファウスは黙ってそれを受け取ると、何の知識もなしにその物体を見つめる。

それは、一枚の写真。

黄ばみや傷みがあり、古い写真であることが分かる。

その写真に写っていた人物は精悍な顔立ちをしており、とても若く見えた。恐らく二十代の男である。その男は、金髪に蒼い目をしていた。

「これが何か?」

首を傾げてそう聞いたルーファウスに返ってきた言葉は、実に端的だった。

そして、恐ろしくショッキングな言葉だった。

 

「お前の本当の父親だ」

 

“本当の父親”。

―――――それは一体どういう意味なのか?

一瞬、混乱して脳内が空白になった。

ふと目を落とした先の写真には確かに自分と似た金髪碧眼の男が写っている。

言葉が、出ない。

「今まで黙っていたことは悪いと思っているんだ。だがなかなか切り出す機会もなくてな、それに知らないままでも良いかという気持ちも無くは無かった。ただ、お前ももう大人だ。彼も他界してしまったことだし、これはある意味では良い機会だろう。本当の事を教えておこうと思う」

「本当の…こと、って…」

まさか。

まさか、さっきの言葉は本当なのだろうか?

でもそうだとしたら自分は―――――…。

ルーファウスの心臓は、徐々に早まっていく。止まらないプレジデント神羅の言葉が、いやがおうにも耳から入ってくる。

聞きたくない。

聞きたくない。

聞きたくないのに。

「その写真の男は、お前の本当の父親だ。その写真を撮った当時、彼はまだ二十代の青年実業家だった。頭の回転の効く男でな、ワシが神羅をここまで成長させる過程で協力してもらったこともあるほどの男だった。彼が事業を拡大しようとした矢先だったんだな、お前が生まれたのは。―――――まあ色々あって、ワシがお前を育てる事になったんだ」

「…色々…って」

「お前の母親が病死して、彼は事業拡大の傍らお前の世話をしなくてはならなくなったんだ。まあこんな所でこんな告白も無いが…ワシは若い頃かかった病の所為で子供が授からない体になっていたもんでな、恩返しじゃないがお前を引き取ったんだ。その時、彼は言った。それであれば神羅の跡取りとして育ててくれないかと。それがコネクションの為なのか親心なのか、今となってはもう分からん。とにかくお前はその時にルーファウス神羅という名前になったんだ」

「そ…んな…」

そんな馬鹿な話があるだろうか。

それでは自分は、どこの誰とも知らぬ青年実業家の息子だったということではないか。

今までやっとのことで保っていたプライドはどこへ行ってしまう?

せめてもの誇りは?

これでは―――――あまりにも惨めだ。

しかも本当の父親であるその男は、自身の事業拡大を選択したのだから自分を捨てたのと同等である。

それとも神羅の御曹司として生きていけば幸せになれるとでも思ったのだろうか。いや、これはむしろ厄介払いと同じなのではないか。

プレジデント神羅は、恩返しで自分を引き取った。

恩返し。

神羅を拡大する上で協力してくれたその男への恩返しとして自分を引き取った。

つまりそれは、ルーファウス自身が選択されたのではなく、彼への感謝が選択された結果ということである。

本当の父親も、仮初の父親も、本当は自分など要らなかった。

ただそこに生まれてしまったから、だからこそ今のような状況になったということである。

惨め過ぎる。

あまりにも、惨め過ぎる。

「ショックかもしれんがそれが真実だ。だが気にするな、今のお前は紛れもなく神羅の跡取りなんだからな。ワシはそれをあの時既に決心したんだ、お前に神羅を預けると。一度くらい生きている内に会うのも良かったかもしれないが、事情が変わってしまってな。しかし彼もとうとう他界した、他界した後に会うくらいは良いだろう。そう思って、あの書簡はワシがお前に届けたんだ」

この告白をする契機にもなったしな、などとプレジデント神羅は言葉を続けた。がしかし、それは既にルーファウスの耳には入っていなかった。

あまりにも衝撃的すぎて、何と言っていいのか分からない。

そうだったのか、という一言で済むような問題ではないのだ、少なくともルーファウスにとっては。

思わず俯いて黙り込んでしまうと、プレジデント神羅はそこで初めてルーファウスの気持ちを察したのか、すまない、という謝罪の言葉を声音を変えて連呼した。

悪かった。

お前が気にすることはないんだ。

お前が悪いことは何もないんだ。

黙っていて済まなかった。

 

―――――やめてくれ…

―――――そんな言葉は聞きたくない…

―――――今更、そんな陳腐な言い訳は聞きたくない…

 

だって所詮…

 

彼に恩さえなければ、気になど留めなかったんだろう?

本当の子供がいたら、引き取りなどしなかったんだろう?

お互いにとって都合が良かったから、そんなふうに言うんだろう?

 

 

 

“私は貴方の信頼を取り戻したい”

“貴方を―――――…愛しているから”

 

もう、陳腐な言い訳など―――――要らないから。

 

 

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