STRAY PIECE(63)【ツォンルー】

*STRAY PIECE

63:金髪の悪童

  

  

  

立食パーティである為に、恐ろしいほどの人垣が出来ている。

それなのにそこだけ奇異に感じたのは、そのテーブルにだけ“普通ではないもの”が置いてあったからだろう。

普通のテーブルであれば、料理やグラスワインが並べられているだけなのに、そのテーブルには違うものも置かれていたのだ。

あれを、見たことがある。

ツォンはそう思った。

―――――そう、あれは…あの“透明の瓶”は紛れも無く……。

「―――失礼。少しお話させて頂いても宜しいですか?」

一直線にそのテーブルに向かったツォンは、その奇異なテーブルに辿り着き、開口一番そう発した。

テーブルを囲んでいるのは恰幅の良い中年の男で、これもやはりどこかのVIPなのだろうが上品という言葉とはかけ離れているような外見をしている。そもそも、顔にしまりが無い。

話しかけられた男はまるで警戒心を有していないらしく、というよりもパーティなのだから当然なのだろうが、ともかくツォンの申し出にどうぞと快い返事を返してきた。

但しさすがにVIPだけあって相手の身分を探ることには余念が無いらしく、男はツォンに向かってこう問うてくる。

「君、見かけない顔だね。どこの御曹司?」

「…いえ、私はその…」

別段VIPではないのだが、果たして本当のところを言ってしまって良いものか。もしかしたらVIPでないと分かった瞬間に取り合ってもらえなくなるかもしれない。

そんなことを思いツォンが答えに窮していると、有難いことにVIPの男は勝手な理解をし始めた。

「ああ、そうか。青年実業家って奴だな。いやいや、悪かったね。てっきりどこかの二世だと思ってしまったよ。いやね、こういう業界ではそういうのが多いもんだからさ。でも青年実業家ってのは一世一代築いてるわけだから手腕は上だよ」

「…それはどうも」

此処は一つ話を合わせておこうと無難な回答をすると、ツォンは肝心なことを切り出す。

それはテーブルの上に置かれている透明な瓶についてであり、この会場内では見かけるはずがないものだった。

「唐突で失礼ですが、そちらの…瓶ですが。それは一体どういったもので?」

「ああ、これ?」

VIPの男はグラスワインをグイと飲み干すと、若干赤くなった顔でこれは最高だよ、などと口にする。そして、今までツォンが知らなかった情報までをも提供してくれた。

勿論それは男にとってVIPの世間話に過ぎない内容だったが、ツォンにとっては至極有益な情報に違いないもので、更には点と点を繋ぎ合わせる役目までも担ってくれたものである。

VIPの男は透明な瓶をゆらゆらと揺らしながら、意味ありげな笑いを浮かべた。

そして。

「これは希少価値の立派な薬さ。但し法的な認可がまだ下りていなくてね、一部のルートでしか取り扱いがされていないんだよ。合法になれば非常に役に立つ良い薬なんだけど、リスクが高いっていうのかな、色々と副作用がね。まあそのせいで認可が下りないんだろうさ」

「…具体的にはどういう効果があるんです?」

「そうだね、これ単体じゃあ意味が無いけど…例えば魔晄中毒。あの病気なんかは、既製の薬とこれを併用すると治せるかもしれないって言われてるよ。実際それが成功したっていう研究結果も出てるくらいさ」

「魔晄中毒…ですか。しかし、その――――」

ツォンはそう言い淀むと、VIPの男の顔をまじまじと見詰める。

男はワインのせいで若干赤くなってはいるものの至極健康そうに見え、とても魔晄中毒とは関係ないように思える。

そんなVIPの男が何故この薬を所持しているのだろうか。

もし彼が医者や研究者だというならまだ分かるが、そういうふうには見えない。

このVIPの男の生業がそれらでは無いとしたら、一部のルートでしか手に入らないといったこの薬をどうやって入手したというのか、それも気になる。

そんなツォンの疑問を見透かしたかのように男は途端にニヤニヤと笑うと、分かるよ、と意味の分からない言葉を吐いた。

「興味あるんだろう、この薬に?大体VIPってのはそうだ、金に物を言わせて危うい橋まで堂々と渡る。人生のギャンブラーこそがVIPになれるっていう図式さ。…大きな声では言えないけど、今日の来賓の中にも随分沢山いるよ。この薬が好物だってVIPがね」

男は急激に声を潜めると、コソコソ話のようにツォンの耳元に奇怪な言葉を囁く。

「実は私も、今日はその為に来たようなもんさ。この機会に神羅と取引するのも悪くはないがね、どっちかというとこの薬を受け取りに来たって方が大きいんだよ」

「受け取り…?でもその薬は…その、一部でしか手に入らないと先ほど…」

「そうだよ。でも今日はそのルートの元締めが来てるから」

「―――!」

ツォンは目を見開くと、愕然としながら眼前の男を見遣る。

元締め―――――というのは、つまり…?

「……」

“あの薬…下の兄が教えてくれたの”

……………一部のルートでしか取り扱いがされていないんだよ

“あの人、CLUB ROSEにも出入りしてて…何度も持ってきたわ”

……………この薬を受け取りに来たって方が大きいんだよ

“でもね、それは私が催促してたの”

……………今日の来賓の中にも随分沢山いるよ。この薬が好物だってVIPがね

「マリア…」

透明なその瓶は、その“薬瓶”は、マリアが―――――…

“もう…飲まないって決めたんだ。このままじゃ…私駄目だから…”

マリアが飲んでいた―――――…あの、薬。

「…元締めというのは、一体どういう人物なのですか?」

ツォンはなるべく冷静な声でそれを問うと、眼前のVIPの男をじっと見遣った。そうするツォンの頭には、確信めいたものが存在している。

マリアは下の兄からこの薬を受け取っていたと言う。そしてその下の兄なる存在は、神羅に対して悪事を働こうとしているとも言う。

レノの情報からすれば、ルーファウスに脅しをかけた悪党はこのパーティに出現する手筈になっており、そして今このVIPの男はこの会場内でこの薬を受け取った。

ここまでの情報が揃った今、人物の特定は目と鼻の先と言っても過言ではないだろう。

元締めだとかいうその男さえ捕らえてしまえばルーファウスの身の安全は確保されるのだ。そう、それさえすれば。

―――――今、真実に近い所にいる。

ツォンはそう思った。

「ん、やっぱり君も興味あるんだ?」

ふふ、と笑ったVIPの男は、ふいと視線を会場の向こう側に泳がせると、暫くした後に「ああ、あれだ」と口にしながら一点を見詰める。

「あそこにいる、ほら、あの――――…」

その声に反応してツォンがその方向を振り向いたその時、会場の中央でガシャンという大きな音が響き、ツォンとVIPの男の視点は一気にそちらに注がれた。

テーブルの上のグラスが床に落ちたらしいその音は、やがてガヤガヤとした喧騒にかき消される。

何だ、誰かが物を落としただけか。

そう思ったが、その瞬間に奇妙な出来事が起こった。渦中のテーブルの上に、何者かが土足で立ち上ったのである。

うわああ、というVIP達の声が波紋のように流れ込み、ツォンの視界には若い男の姿が映し出された。

その若い男は、パーティにおよそ相応しくないラフなラグランシャツを身につけており、テーブルの上でグルリと一回りすると己の指をぺろりと舐めたりする。

遠くて良く見えない、見えないけれどその顔の造形は恐ろしいほど整っていた。

男は笑う、さらりとした―――――“金の髪”を揺らしながら。

それを見た瞬間、ツォンは呻くように口を開いた。

 

 

「…あ…の、男は…――――――!」

 

 

そう口にしたルーファウスの顔は呆然としていた。

心臓がドクドクと深い音を刻む。

あれは、あの男は―――――。

“私は、貴方様がこの世に生を受けたその『秘密』を存じております”

“尤も、私がお相手差し上げても宜しいですが”

“自分と赤髪の男の身が可愛いなら取引しようぜ?”

あの日、あの時、クラウンカフェで耳にした言葉が脳の奥からさざめきながら蘇る。

恐ろしいほど美麗な顔の、その口が象った言葉。

それは酷く下卑ていて思い出すのも嫌なほどのものなのに、何故だか今は明瞭に思い出せる気がした。

「あ…あ…いつ…」

「アイツなんだな!?」

ドクンと心臓が鳴ったその瞬間、一瞬時が止まったかのように呆然としていたルーファウスの耳に劈くような粗い声が響いた。

焦って横を見ると、レノが俊足であの男に向かっており、既に彼の姿はルーファウスの傍を離れていたものである。

「おい、お前!ふざけんなよ!」

わざめく会場の中に、レノの声が響く。

それに気づいたらしい金髪の男は、ニヤリと嫌な笑いを浮かべてサッと身を翻した。それからガッ、とテーブルの上に並んでいたナイフとフォークを鷲掴むとそれを思い切りレノに向かって投げつける。

ヒュッ!

空を切る音が響く。そしてそれを弾く音がカチンカチンと続いた。

レノが振り切ったナイフやフォークは、近くに居たVIPの頭上を高速に回転して重力のままに落下していく。

その突然のアクシデントに気を動転させたVIP達は、次々に悲鳴を上げながら逃げ惑った。

「きゃああああ!!!」

「うわああああ!!!」

一気に混乱に陥った会場に、レノは舌打ちをする。

不味い。明らかに不味い。

悲鳴に混じりどこからか聞こえてきたプレジデント神羅の声がレノに拍車をかけた。

今日は確かにルーファウスの護衛が第一任務ではあるが、これはあくまでプレジデント神羅主催のパーティなのだ。目に見えるほど明らかに滅茶苦茶にするなど不味いに決まっている。

「…っのヤロ!」

軽々と身を跳ねさせながらVIPの合間を縫って走り去る金髪の男を、レノは全速力で追った。

ぎゃあああ、という悲鳴と共に慌てて避けるVIP達は最早何も考えられないようである。

VIP達にとってみれば、金髪の男は突然現れた不埒者であってどういう目的で此処に入り込んだかも分からないような存在である。

そういう存在から自分の身を守るのは人間として当然の行動かもしれないが、如何せんこの状況はレノにとって不利だった。

このままでは、自ずと道が開いてしまう。つまり、金髪の男にとって非常に有利な逃げ場をループ的に作り出してしまうのだ。

これでは追い詰めることが出来ない。

―――――穏便に済ませてはくれないってワケかよ…!

レノはもう一度舌打ちをすると、金髪の男を追いながらも声の限りにこう叫んだ。

「全員伏せろ―――!!!」

ガシャン!!

その声と共に、一際派手な音が響く。

そしてその瞬間、バッと明かりという明かりが全て消え去った。

「いやああああ!!!」

「だ、誰かああ!!助けてくれええ!!」

「ひいいいい!!!」

暗闇と化したその会場は、まるで戦場にいるかのような錯覚に陥るほどの悲鳴と呻き声で溢れ返る。

逃げなければならないという焦りと突然の暗闇という恐怖に混乱をきたしたVIP達は、突如奪われた視界に体当たりし合いその場で雪崩れ込んだ。

その混乱で必然的に塞がった道に、レノは必死になって金髪の男を追っていく。

しかし、突如視界を奪われたのはレノ自身も同じことで、やはりすぐには目が慣れない。それでも人影が動くのだけは何となく見て取れて、それを頼りに足を走らせる。

金髪の男はこの暗転の中で多少失速したものの、上手い具合に先を進んでいたらしい。

レノが追った影は、一直線に会場の外へと向かっていた。

 

  

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