STRAY PIECE(39)【ツォンルー】

*STRAY PIECE

39:報告

 

「それでは当日の事ですが」

ツォンはそう切り出し、パーティ当日のタイムスケジュールについて確認し始める。

今日突然パーティに配置する形になったツォンが積極的にそれを確認するのも、第三者からすれば可笑しなものに違いない。

しかしルーファウスは、それを疑問視しつつも多くは聞かなかった。というよりも聞けなかった。だから、ツォンの問いに答えるだけという格好になる。

何時何分から始まり、どのような人々が来るのか―――――そのような細かな部分を淡々と話していく。

「妙な事を伺いますが、今年の招待客に例外的な人物がいるという事はありませんか」

「え?」

どのような顔ぶれなのか、そんな話になった折に、ツォンは慎重にそう切り出した。問題は正にそこで、その人物の特定こそが鍵となる。

しかし、ツォンにそう問われたルーファウスは困った顔をするしか出来なかった。

それもそうだろう、何せそのパーティは父親であるプレジデント神羅の招集で開催されるものであり、ルーファウスはそこに何ら介入していないのだから。

招待客のリストは持っているが、だからといって誰がどういう素性の者かなど、ルーファウスには事細かなところが分からない。

「残念だが私には分からない。全て親父の采配だから」

「ああ…そうでしたね。すみません、出すぎたことをお聞きしました」

「いや、良いんだ。でも、どうしてそんな――――」

「ルーファウス様」

ルーファウスの弱々しい声を遮ったツォンは、その人の名を一際強く呼ぶと、その後に色々有難うございました、と口にした。

その言葉の意味が、ルーファウスには良く分からない。

有難うとは礼を表す言葉だ。

しかし護衛をされるのはルーファウスの方なのだから、本来ならその言葉はルーファウスの口から出されて然るべきだろう。

それなのに。

「―――――当日は、力の限りを尽くしますので」

「……」

何故。

何故ツォンはそんな事を言うのか。

何故。

それがルーファウスには分からない。

知っているのか、何かを?

それとも―――――。

「これはきっと…――――私に出来る最後の事だから」

「…え?」

“最後”?

そのツォンの言葉に、ルーファウスは固まった。

それはどういう意味かと問おうとするが、こちらをじっと見つめてくるツォンの瞳から目を逸らすことが出来なくて、言葉を上手く発することが出来ない。

その場はまるで、時の流れからはみ出た空間のようである。しかしそんな止まったような空間の中でも、心だけは動き続けていた。

最後とはどういう意味なのだろう。

もしかするとツォンは知っているのか。

知っているとしたらそれは、“何を”知っているのだろうか。

もしかするとそれは―――――レノとの事を?

「ツォ…ン、もしかして…」

ドキン、と心臓が鳴った。

その瞬間、いつかの夜に思い描いた事をふっと思い出す。

それはパーティの招待客リストを眺めた夜、独りきりで自宅にいたときのことである。

久しぶりに自分の過去…出生の真実についてを思い出し、自分という存在のあまりにも意味のないことを考えていた。

その考えの上では、自分を取り巻く全ての人間は己をルーファウス神羅という肩書きつきの人間としてみており、この目前のツォンも、あのレノも、結局はその周囲の一部でしかないのではないかと思ったのである。

愛していたはずのツォンも、それから逃げ出した先のレノも、全てを疑ってしまえば自分には何も残らない。残らないと分かっていたけれど、それでも全てを疑った。厭悪した。

それなのに、今の自分はこうして恐怖を感じている。

その恐怖が何のための恐怖なのかは良く分かっている…そう、それは、その厭悪が裏付けられてしまうという恐怖。

今までどれほどツォンとのあいだが拗れていようと、想いが霞んでしまっていても、それでも事実上そこに完璧な別れは存在していなかった。

お互い別れを口に出すこともしなかったし、そもそもそんなキッカケも作ろうとしなかった。

けれど―――――今なら、可能なのだ。

「一体、何を…何を知って………」

「ルーファウス様」

ルーファウスの発する恐怖に彩られた言葉は、先ほどと同じようにすぐさま遮られる。

そして、ツォンは言った。

それはルーファウスが想像していたような言葉ではなかったが、それでもそれと同じ意味を示す言葉である。いや、もしかするとそれ以上の意味を持っていたかもしれない。

しかしともかくその言葉は、衝撃的なものにかわりは無かった。

「報告したいことが…あります」

「報…告?」

はい、そう答えてツォンは頷く。

「実は―――――近々、身を固めることにしました」

「……!」

「丁度…良いのかもしれません。私もそろそろそのような歳ですし、社会的にもそういった責任を問われて然るべき時期なのだと思います。こういった事をこの場でご報告するのは心苦しかったのですが、一番にはルーファウス様にお伝えすべきかと思いまして…―――」

ツォンの言葉はとうとうと続いていた。

しかしそれらの言葉は最早ルーファウスの耳には届いておらず、ルーファウスは既に放心状態に陥っていたものである。

青い瞳は、まるでガラス玉のように沈黙していた。

ツォンの口の動きをじっと見つめている。

何かを伝えるように動く唇だけが視界に入り、だけれどその動きが何の言葉を示しているのかはさっぱり理解できない。

一体ツォンは何を言っている?

何を伝えようとしている?

ツォン…

ツォン…

ツォン―――――お前は、一体、何を……。

 

「ルーファウス様」

 

ふと、そう呼ぶ声がした。

それが突然聴覚を呼び覚まし、ルーファウスはガラス玉と化していた瞳に輝きを取り戻す。

しかしその輝きは生気があるというわけではなかった。

「大丈夫ですか?」

「あ…」

まるで回答になっていない音を口から発したルーファウスは、輝きを取り戻した瞳にツォンの姿を確認する。

視界の中には確かにツォンがおり、彼は先ほど護衛任務の話を切り出したときと同じように佇んでいた。

しかし、先ほどとは確実に違う雰囲気である事をルーファウスは肌で感じ取る。それが一体何なのか…そう思った瞬間、それは視覚としてハッキリと確認できるまでになった。

それは、ツォンの笑顔。

いつか見た、まるで忘れていた、それでも絶対に忘れることは出来ないだろうと思うほど懐かしいものを含んだ―――――とても暖かい笑顔。

多分それは、初めて“思い出の場所”で見た笑顔と同じだった。

初めて抱きしめ合ったあの日に見たものと、同じ。

「……」

もう、何も口をつくことは無かった。

そのかわり、いつの間にか目の淵に涙が溜まっていた。

 

 

 

その暖かさはいつも傍にあったはずのものなのに、何時の間にそんなことすら忘れていたのだろう。いや、何時の間にその暖かさを感じる機能を停止させてしまったのだろう。

そんな事すら、気付かなかった。

意地など張らずに、本音を言えばよかった。

ちっぽけで、臆病で、いざという時に何も出来ない自分。

ただそれで良かったのに。

 

 

 

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