51:パーティ目前の憂鬱
プレジデント神羅主催の、恒例のパーティが開催される。
それは、その当日。
その日に休みを宛てていたツォンは、自宅ではなくマリアの部屋でその時間を待っていた。特別な理由があるわけではないが、強いて言えばそれはマリアの身体を気にしてというところである。
「今日は神羅の社長が主催する恒例のパーティがある。夜にはそれに参加する予定だ」
ツォンはマリアにそう告げると、尤も招待されたわけではなくSPとして自主参加するだけだが、と苦笑交じりに続けた。
そして、ついでと言わんばかりの自然な様子で、恐らく副社長を狙っている輩もそこに現れるだろう、と付け足す。
「公式的な仕事ではないが仕事の一環だ」
「そう…」
「すぐに戻る」
「…うん」
仕事を暫く休むことになったマリアは、然程着飾っているふうでもない姿をしていた。それでも元来の端正さのせいか、矢張り綺麗ではある。
しかしそんな綺麗さも、そのちょっとした話題の為に少々曇っていた。
「…ねえ。それって、副社長さんも居るんだよね…?」
「ああ、毎年恒例だからな。直接的な関連がなくとも形式的には毎年参加だ」
「……そう」
ツォンと会話をする中で、マリアはそっとルーファウスの事を思い出す。
つい一昨日の事だったろうか、あの人に会ったのは。
その人は神羅の副社長で―――――ツォンの愛していた人。
いや、愛していた、ではなく愛している、なのだろう。ツォンは未だにその人のことが好きなのだろうから。
今夜そのパーティだとかいうものに参加するであろうツォンは、そこでルーファウスと会い、そしてその人を守り、一体何を思うのだろうか。
確か一昨日、ツォンは言っていた。上司に身を固める旨を話したのだ、と。
その上司というのがルーファウスなのか別人なのかはマリアには分からなかったが、どちらにしろやがてくるそのシーンを思い浮かべると自然と苦しさが込み上げる。
すぐ戻る。
ツォンはそう言ったが、そのいかにも配慮しているような…つまり一緒になることを前提としたような言葉は、何だか妙にマリアの胸をざわつかせた。
「ねえ、ツォン」
「何だ」
マリアは少し考え込むような顔をしていたのをすっと持ち上げると、ツォンを見やってこんなことを言う。
「そのパーティ、私も行けないかな」
その突拍子もない言葉に、当然ツォンは驚いた。
まさか、招待制であるそのパーティに民間人が参加できるはずがない。ツォンとて何とか潜り込む許可を得たというのに、まるで関係ない人間などもっての外である。
それに、そもそもマリアがそこに来る意味合いが全く理解できない。
「何を言ってるんだ、マリア。それは無理だ、パーティは元来招待客のみが参加できることになっている。そもそも今年のパーティには例の――――」
ルーファウスを狙っている輩が来るというのに。
マリアの義兄だという、その男が。
ツォンは途中で止まってしまった言葉をそのままに、とにかく危ない、などとその話題を振り切ろうとした。がしかし、マリアは何故か妙にその話題に食い下がってくる。
確かにマリアがいれば、その兄という存在をすぐに見つけることができるだろう。
それさえ分かれば後は捕まえれば良いのだし、問題は未然に防げることになる。まさに願ったり叶ったりだろう。
しかし、現実問題、それは無理なのだ。
ツォンはゆっくりと首を横に振ると、無理だ、と一言口にした。
「パーティはVIP客ばかりが来る。その絡みで何が起こるか分からない」
「分かってる。でも私、副社長さんに会いたいの」
マリアのその言葉に、ツォンは思わず目を見開く。
一体何故そんな事を言い出すのだろうか、訳が分からない。
まさかマリアがルーファウスのことなど知るはずもないし、況してやツォンと恋人関係にあるのがその人だと知る術もないだろう。
もしマリアがどこかでそれを知り得たとすればそういう言葉が出るのも頷けるが、そうではない限り何故そんな言葉が出てくるのだかまるで理解できない。
しかしとにかく、マリアがパーティに参加するなどという事は無理に違いなかった。
「無理を言うな。今は自分の身体の事を考えた方が良い」
「病人じゃないのに」
マリアはツォンの配慮に対し、やんわり反論しながら笑う。その笑みは先ほどとは違って曇りがない笑みだったから、ツォンも何となく混じりけの無い笑みを返す。
その場はまるで、幸せ溢れる空間のようだった。
些細な事で笑いあう、そんな小さな幸せが存在するかのようだった。
でも―――――。
「まだ時間あるよね。何か飲み物でも淹れるよ」
マリアはそう言うと、その場からすっと立ち上がりキッチンへと向かう。
ツォンに背を向ける格好になったその瞬間、マリアの表情からは急速に笑みが消えていった。
勿論、それはツォンの目には届いていなかったが。
その日の午後、ルーファウスはとにかく憂鬱だった。
色々な理由が交じり合って、仕事もやる気がでない。
問題は、目下時間が迫っているパーティのことである。
しかし憂鬱の理由はそれだけではなく、全館警備の名目とはいえツォンが姿を現すだろうことや、些細なことだが例の純血種の男が来ることなど、とにかく全てが全て憂鬱だったのだ。
今朝がたから何度も内線で連絡を寄越してくるプレジデント神羅は、今日の日程などの事細かな話をルーファウスに告げては、成功させなければと意気込んでいる。
成功も何も、ただの趣味じゃないか。
そうルーファウスは思うが、懇親会の意味合いも含んでいるそれは実際には商談を円滑にするという目的をも有しており、そこからすればプレジデント神羅がそう意気込むのも無理は無かった。
まあどちらにしろ、ルーファウスにはあまり関係は無い。
毎年ルーファウスの担う役目はといえば、プレジデント神羅の令息、ひいては神羅カンパニー次期社長としてその存在をアピールするというものである。
但しそれは、戦略的なアピールというわけではない。ただ、プレジデント神羅の顔を立てるために必要というだけの、僅かなアピールである。
神羅にはご立派なご令息がいらっしゃる、だとか、神羅には未来を担う副社長が存在している、だとか、たかだかそんな程度だ。
しかし今年は、そんな微々たるアピール役にも出番が回ってきたらしい。
それはとても厄介で、そして危険な出番。
―――――到底、笑えるわけがない。
「……」
気晴らしにもならないのに窓の外を眺めてみる。
あと数時間でやってくるであろう問題の場面が空の彼方に続いているのだと思うと、その青さも何だか恨めしい。しかし恨めしいとはいっても、実際心は微妙だった。
自分の身に危機が迫っている―――――それは承知している。
しかしそれよりも心のウェイトを占めるのは、ツォンの事だった。