STRAY PIECE(46)【ツォンルー】

*STRAY PIECE

46:副社長の来店

 

 

その出来事の数日後、二人は食事をした。

それはミッドガルでも隠れた名店と言われる高級素材を駆使した美食の店である。

本当なら過去に行ったことのあるとても雰囲気の良い店に行きたいところだったが、そんな心持ちにはなれなかった。こんなときに雰囲気の良い店など行っては傷になりそうで。

食事に来たは良いものの、二人はどこかぎこちなかった。

話すことは仕事の話だとか世間話だとかそういったものに限定されてしまう。加えてルーファウスは気分が悪そうだった。

その中で唯一核心に触れたことといえば、例の彼女の話だったろう。

マリアという名でCLUB ROSEなる店で働いていることが分かった例の女性は、ツォンの理解とは正反対に一時的な代償関係を許してはくれなかった。

散々止めても悪い薬をやめず、挙句の果てにはSOSを出してくる。

その度にツォンは仕方なくSOSに応答したが、それらの事についてルーファウスに告げることはなかった。

別段それに後ろめたさがあるわけではなく、その時のツォンの中には、彼女とルーファウスは別個のものだという考えがあったからである。

ルーファウスは守るべき大切な関係。

彼女は矢張り一時的な代償関係。

そういう違いがはっきりとしていたから。

だからルーファウスがその一言を切り出してきたとき、ツォンは驚いたものである。覚えていたのか、と。

『お前が助けた例の女性とは…まだ付き合いがあるのか』

『え?』

最初はそれがマリアのことだと気付かなかった。

しかし少ししてやっとそれに行きつくと、ああ、とツォンは納得する。

『ええ。たまに連絡をしてきます。薬物中毒なのですよ』

『へえ…』

それはツォンにとって世間話の一環でしかなかったが、ルーファウスにとっては心苦しい大きな話題だった。

しかしツォンはそれに気付かず、その端的な会話によって彼女との繋がりがまだあることを露呈してしまう。それはルーファウスにとっては裏切りの継続に過ぎなかったのである。

その日、ルーファウスは食事を一切口にしなかった。

 

 

 

それから、関係は希薄になっていった。

その関係の希薄さは、何でもないはずだったマリアとの関係を深みにはめていく。

後ろめたさなど無かったはずなのに、たった一度のセックスが後ろめたさを作り出し、それが重なれば重なるほど泥沼に嵌るだけだった。

助けなければいけない人がいるのに、何をやっているのか。

そう思っても、本当に助けたい人はとても遠くなっており、その代わりとても近くに助けて欲しいと咽び泣く存在がいる。だから、その近い存在を助ける。

そうして助けてあげれば、まるで自分は許されるとでもいうように。

 

 

 

日中と同じように、矢張りルーファウスは憂鬱だった。

ツォンから衝撃的な告白を受けどうにもならないほど堕ちていた自分の元にやってきたのはレノで、彼は業務終了と共にルーファウスをある場所へとつれだした。

その道中、何処に行くんだと何度も問うたが、レノは秘密だと言って教えてはくれなかったものである。

だからルーファウスは少々不安に思っていたが、レノの運転する車で数分走った後、ようやくその場所が分かって一気に憂鬱さを蔓延させた。

嫌だ、帰ろう、そう何度かレノに告げる。

けれどもレノは頑として駄目だ、と言い張った。

何故レノは自分をこんな場所に連れてくるのか、そもそも何故レノはこの場所を知っているのか、ルーファウスには不思議で仕方なかったものである。

しかしそんな疑問よりも何よりも、嫌気と憂鬱がひどかったのは言うまでも無い。

何でよりによって―――――今日なのか。

今日でなければまだマトモだったのに、どうして。

そんな気持ちを渦巻かせている間にもレノはルーファウスの手を引いてそこへと進んでいく。

そこは、CLUB ROSEという名前の店だった。

 

 

 

カラン、と音をさせてドアを開ける。

そしてレノとルーファウスが店内に入ると、間もなくその場はざわめいた。

このような場所に初めて来たルーファウスにとっては、そのざわめきだけでなく、店の雰囲気もその場にいる女性たちも全てが全て理解不能なものだったが、レノの方はそうでもなかったようである。

手際良くことを進め、ルーファウスが腰を下ろしたときには既に全て準備万端という状態だった。

店内の数人の女性が二人のいるテーブルに入り、何やらモジモジとしている。

ルーファウスにはその理由が良く分からなかったが、彼女たちの発言を聴くうちに段々とそれがどういうことなのかを理解していった。

「神羅の副社長さんですよね!お会いできて光栄ですっ」

「本当に、噂に違わない方でしたわ」

副社長はどんなものを召し上がりますか、とか、お口に合うか分かりませんけれどこれがお勧めで、とか、女性たちは滅多矢鱈と話しかけてくる。

その言葉はどれも自分を副社長と意識したもので、なるほどこの肩書きの為に彼女たちはそんなふうに余所余所しく振舞うのかとルーファウスは納得する。

納得ついでに隣のレノをチラと見やると、レノもこちらを見ていた。

「お兄さんも神羅の方なんでしょう?」

「ああ、まあな」

「凄いわあ。CLUB ROSEもとうとう神羅のお墨付きになるのかしら。ふふ」

これで三人目だもの、と穴場の店の女性は言う。

「お墨付き、ね。そりゃつまり神羅の奴が他にも来てるってことだよな?」

「そうなの。実はね、数ヶ月前からちょくちょく神羅の方が来るようになったの」

良くこの店を見つけたものだと思うけど、と謙遜なのか本気なのか、その女性はくすくすと笑う。その言葉を受けて目を細めたレノは、へえ、と口の上だけで納得を返す。

その、ちょくちょく来る神羅の人というのは、間違いなくツォンである。レノはそれを分かっている。

レノの隣に座っていたルーファウスも、小耳にその会話を挟んで、それがツォンのことなのだと分かっていた。ただ、口には出さなかった。

ルーファウス脇に腰を下ろしていた女性は、さすがにルーファウスが副社長とあってか甘ったるいながらもどこかしどろもどろしているように見える。

無礼講だと笑い飛ばすような豪傑とはまるで違うルーファウスの態度に、少々戸惑っているのだろう。

「ねえ、神羅社員っていったらやっぱり皆エリートでしょ。こういうトコの女はやっぱり駄目?」

「そんなこと無いと思うけど。人によるだろ」

「へえ~じゃあ私もエリート神羅社員を狙っちゃおうかなあ」

「神羅の男を?つまんない奴多いけど良いのかよ、あんな奴らで」

ルーファウスに比べて随分と馴染んでいるレノは、女性とそんな会話を弾ませていた。

とはいえ、レノも単にこんな話をしに此処にきたわけではない。目的はちゃんとあり、それに向かってレノは着実に動いているのである。

その会話の流れで、レノはふとこんなことを聞いた。当然、それは計算だったけれど。

「俺なんて最高に良い男だと思うんだけど。因みにあんた、寡黙な男って好き?そういうのって女受け良いもんかな」

「あ~そうね、インテリっぽい人は独特の魅力があるわね。ま、ウチの店にもそーいうのにハマちゃった子がいるし」

「へえ?」

レノはふっと笑った。

隣のルーファウスがこちらを見ているのが何となく分かる。

「それ、エリートな男なの?」

「そう。例のホラ、神羅の人なのよ。一番最初に此処に来た神羅の人。その人、すごく真面目そうでね、こうやって噛み砕いた話とか全然しないの。いつもカウンター席で、マスターかその子か、どっちかと話してるだけ。何ていうのかなあ…とにかく真面目ね」

「――――そいつ、そんな頻繁に来てた?」

「うん、まあね。そんなしょっちゅうってわけでもないけど、まあまあ来てるんじゃない。随分と前から来てるし。マリアもその人にご執心でね…あ、マリアって子がいるのよ、ウチに。何を隠そうウチのナンバーワンだけどね。今までの顧客全部取っ払って今じゃその人一筋だもん、参っちゃうよねえ」

―――――そんなに親密な関係だったのか。

その会話を脇で聞いていたルーファウスは、手にしていたグラスの中を見つめながらそんなことを考えた。まさかそれほど親身になっていたなんて…いや、そんなことは今更だけれど。

そう、今更それが何だと言うのだ。

もう事態はそれより先に進行しているのだし、その事実をルーファウスはツォン直々に聞いて知っているのである。ご執心どころの話ではない。

「マリアって子、今日はいないわけ?」

「あーマリアね、今日まだ来てないの。連絡も無いし。来ないってことは無いとは思うんだけどねえ」

「ふうん」

レノは少しばかり冷たさの混じった声音でそんなふうに頷く。

マリア―――――その女が来なければ始まらない。

以前一度此処にきたことがあるレノは、その時にもマリアが不在だったことで、未だに彼女と対面を果たしていない。

尤もマリアはレノのことなど知らないし、急にやってきて何がしかを言おうと、彼女は理解してくれないかもしれない。

しかし、レノには許せなかった。

何が許せなかったかといえば、それは―――――そう。

数時間前にツォンから告げられた事実が、である。

例のパーティに現れるであろう悪党共について何かが分かったのかと思いきや、それはまったく別の事実だった。しかもその事実は、レノにどうしようもない感情を齎した。

“身を固めることにしたんだ、彼女と”

“は?”

“―――――-子供が…”

“…!”

“…だから、レノ。あの人のことを頼む。お前はあの人が好きなんだろう”

何だそれは、そう思った。

ついこのあいだは、自分の感情は譲れないだとかなんだとか豪語していたくせに、数日あけたら手の平を返したようにコレである。

馬鹿じゃないか、何を考えてるんだ。そうとしか思えなかった。

しかもレノにとって許せなかったのはその最後の言葉である。

だから頼むとはどういうことだ、そんな物言いは間違っているじゃないか。

だったら、マリアに子供ができなければ未だに何だかんだと豪語し続けていたということになるし、自分はもう愛せないから後はよろしくだなんて、まるで物に対する言い草のようである。

そんなに簡単な気持ちだったなら、最初から愛しなどしなければ良かったのだ。

ルーファウスを傷つけ置き去りにして、マリアという女を守り続けるというのならば。

―――――許せない。

「レノ…」

ふと、不安そうな顔をしたルーファウスがレノを見やった。

それに反応して、レノがルーファウスを見やる。

ルーファウスの目に映ったレノは、真面目な上にきつい顔つきをしていた。

…と、その時。

 

  

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