09:ORDER FROM… 嫉妬の裏側
かつて幼い少女の暗殺を命令された事があった。
その少女は足が悪く、いつも座ったきりで立つことすらままならない状態だった。歳は10歳くらいだろうか。
とにかくまだまだ生きる上で幸せを掴む事ができる少女だったのだ。
だからツォンは不思議だった。
プレジデント直々ではなく、珍しくタークスのある種本業ともいえる部分で、ルーファウスがその命令を下したのが―――理解できなかった。
そもそもその少女のどこに、神羅としての不安要素があるのかが分からない。だが、そう思ってそれを口にしても、ルーファウスは何も教えてはくれなかった。
『とにかく殺ってくれ。それが先だ、これは命令なんだからな』
そう言われればそれ以上の詮索は出来ない。それはルーファウスが望んでいない事なのだから、嗅ぎまわるような事はご法度だった。
結局は命令通りにその少女を暗殺し、その死体は秘密裏に処理された。
少女は―――抵抗しなかった。
突きつけた銃に、何の恐怖も見せなかった。
ただツォンを見ながら、神羅の人間かどうか、という質問だけを口にした。
その質問の理由は分からなかったが、後に面倒になるのもどうかと思い、ツォンはそれには答えなかった。
けれど、少女は分かっていたのだろう。その答えくらいは…。
ツォンが冷酷に引き金を引いたのと、少女がもう一度口を開いたのは同時だった。
目前で飛び散る肉の破片を眼にしながら、ツォンはその言葉を聴いた。
“あの人に伝えて――――”
意味は、分からなかった。
その事実を思い出したのは、新組織の話を聞いてから間も無くだった。そういえば、どうしてルーファウスはあの少女を消したがったのだろうか。
それが妙に気になった。
何せルーファウスは、自分の感情から新組織を作ろうなどと言い出すような人間なのだ。もしかしたら命令の逐一に個人的な感情が含まれているかもしれない。
もしあの時の暗殺にしてもそういう事だったというならば、それはツォンにとっては酷い仕打ちといえた。
一体誰が、あの何も知らない純粋そうな少女を手にかけて、罪悪感を覚えずにいられるだろうか。それは無理だ、と思う。実際、ツォンも酷く嫌な気分になったものだ。
タークスという組織の性格上、そういった感情に縛られる事は危険で、こと暗殺という命令に関してはなるべく自分を押し殺してきたはずだった。巧くコントロールできていたのは、それが自分の立場だと十分理解していたからである。
それでも――――企業と何ら関係も感じられないその少女を手にかけたのには、罪悪感めいたものを感じずにはいられなかった。
だから、ツォンは調べようと思ったのだ。
どういう趣旨で命令されたか、を。
タークスの仕事の記録はほぼ隠蔽されているといって良い。だが、企業にとっての“悪い虫”に関してはそれなりの情報記録がある。それは大体が極秘ファイルで、相手方の詳細情報などが明記されていた。
それを難なく調べ上げたツォンだったが、やはりあの少女の記録は何も無い。
とはいえルーファウスに聞く事はできず、ツォンはその身辺調査を仕事の合間に進める事にした。
仕事の合間を縫って行うのだから、それは本当に短い時間である。
その短い時間の中でそれを知ったのは、本当に奇跡に近い事だったかもしれない。
少女がいなくなった家は、さらにひっそりと静まり返っていた。誰も訪れる者もいないらしい。
母親と二人暮しだったようで、その後の家には母親の姿しか見られなかった。母親は相当参っているようで、その顔にはとても生気があるようには見えない。
それがたまたま笑顔になったのは、ある人物がその家にやってきたからだった。
その姿を見た時は思わず動けなくなった。
あの……銀髪。
どうしてあの男がこんな所にいるのか?
しかも滅多に見せないであろう優しい表情をしている。
――――――セフィロス…。
その男は母親と何やら話し込んでいた。一体何の関係があるというのか不思議でならなかったが、母親が涙ながらに言葉を漏らした時に、それは明確になった。
『貴方には申し訳なくて…。戦場からあの子を助け出してくれたというのに…』
『それは気にしなくて良い。それより気をしっかり持った方が良い』
『ええ、有難う…。まさかあの子が、どこかに消えてしまうなんて…』
『…信じられない事だな…』
『あの子は、貴方が来る日をいつも楽しみにしてたのよ…こんな事、信じられないわ…』
その会話は少しして終わり、セフィロスは身を翻し帰っていった。
それでもツォンはその場を離れる事ができないまま、だった。
その会話は、ツォンに大筋の理解をさせた。
“いつも楽しみにしていた”―――それは、定期的にセフィロスがその少女に会いにいっていた事を示しているのだろう。
まさかあのセフィロスがそんなことをするなど考えられなかったが、あの表情はとても嘘だとは思えない。だからそれは本心で、自発的に行っていた事なのだろろうと思う。
セフィロスは戦場からあの少女を救い、そして今の状態へと戻してやったのだ。もしかしたら父親は戦死したのかもしれない。
それ以降セフィロスは少女の元に足を運んでいた。そして母親が言うことによれば、少女はそれを楽しみにしていたのだ。もしかしたらセフィロスという男を好きだったのかもしれない。それは今はもう分からないことだったが―――。
あの時…最期の瞬間に、あの少女は何を言おうとしたのだろう。
“あの人に伝えて――――”
あの人、それはセフィロスの事だったのではないだろうか。そしてその後に続くはずだった言葉は、愛情か感謝か、どちらかだったに違いない。
その事実全てが示していたのは、一つだった。
あの命令が、個人的な感情に基づいたものだった事――――。
きっとルーファウスはどこかでそれを知ったのだろう。セフィロスがその少女のもとに足を運んでいるという事を。
それは普通に考えれば、とても愛情のある行動だった。だが、ルーファウスにはそう思えなかったに違いない。
そう、だって―――あの男を服従させたかったのだから。
でもそれは名誉地位の話が出たときでさえ拒絶された。それは「納得できない結果」に他ならず、ルーファウスはまた新組織の話を持ち出したのだ。
それほどまでに服従をさせたかったのは…いや、それは服従などとは違うのだろう。そうじゃなく、本当はもっと単純な気持ちだったに違いない。
例えばその少女がセフィロスに抱いていただろう気持ちと、同じように。
自分は求めていても、相手は自分を求めてはいなかった。
お互い、違うものを求めていた。
“こんな苦しい思いは初めてだ”…そう思うくらいに求めていた相手を、いとも簡単に手に入れた少女に、何を感じただろう。
―――――そんなものは分かりきっている。
たった一つ。
たった一つだけの感情。
狂うくらいの、嫉妬心。
本当の望みは、たった一つの想い。
それは最初から叶うはずが無いのだ。それが分かっていながらもまだ追い求めようとするのはとても愚かな事だと思う。
それでも、望む事は――――。
だから、ルーファウス様。
あなたの望みは本当はもう既に崩れているのです。
それでもそれを求める貴方は、本当に憐れな人。
貴方の本当の望みは、手に入れたいという事じゃない。
それはもう答えが出ているのだから。
“いつかそうなるかもしれない”―――――その淡い期待自体が、あなたの本当の望みなのです。
だから壊してあげましょう…その期待すらできないように。
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