Honey Style(Sunday-2)【ツォンルー】

*Honey Style

日曜日:500ギルの我侭

 

その頃、あまりにもツォンの帰りが遅いからと少し店内をまわろうと思っていたルーファウスは、ジェエリー店の前に長蛇の列ができているのに目を丸くした。

“限定モデル18金ダイヤモンドペアリング。先着100個。このチャンスは逃さずに”

なるほど、そのキャッチコピーにこの列という訳である。

それを横目で見ながら、女って大変だな、なんて感心していられたのも束の間だった。ちょんちょん、と肩を小突かれ、ふっと振り返る。

と。

「副社長じゃないですかあ!」

「うっ!イリーナ…!」

幸か不幸か運命の悪戯か、はたまた単なる偶然か…何でも良いがとにかくそこにはイリーナの姿があった。しかも何だか嬉しそうな顔である。

「副社長も限定ペアリング買いに来たんですかっ!いや~ん、一緒っ!ささっ、並びましょ」

「え!ちょ、俺…じゃなくて。私は違っ…!」

イリーナは強引にルーファウスの腕を取ると、長蛇の列の最後尾までズルズルと引っ張った。

そんな訳で―――――悲しいかな、何故か並ぶハメに。

すっかり同志と思い込んでいるイリーナは、嬉々としてルーファウスにマシンガントークをし始める。

しかし相手は何と言ってもイリーナな訳で、それは今回の浮気疑惑に深く関わっていたりしたので、ルーファウスはその人にあるまじき焦りを見せていたりした。

しかしそれも束の間。
数分後には完全にイリーナと同ペースに成り果てていたのだった…。

「副社長のお相手ってどんな人なんですかっ?」

「は?」

「だって~!ペアリングって事は…ふふ。もうヤダ!そんなこと言わせないで下さいよっ」

照れながらイリーナ、ぴしゃり、とルーファウスを叩く。

「痛っ!…ってあのな。私はそーいう…」

「やっぱりもう…結婚を誓い合っちゃったりしてるんですかっ?あ~素敵~っ」

「結婚?それはちょっとなあ、できないというか…」

「え!できない!?そんな、もしや危険な恋!?」

「う~ん…危険といえば危険なのか?良く分からないな」

「じゃあじゃあ、愛の巣なんかは…」

「愛の巣?鳥じゃないんだから…」

「ヤダもう、副社長ったら!家ですよ、家!」

照れながらイリーナ、ぴしゃり、とルーファウスを叩く。

「痛っ!…って家はな、私としてはもう用意してるんだけどな」

問題発言が此処に一つ。

「えええっ!!?じゃあじゃあ、もう一緒に…ドキドキですっ」

「いや、ところがな。どうも嫌がってるんだ。私としてはずっと側にいて欲しいと思って用意も万全だというのに」

「ずっと側にいて欲しい!?ああ~もう素敵っ、副社長がそんなに情熱的な人だったなんてっ」

「そうだろ?私はこんなにも情熱的だというのになあ」

「きっと照れてるんですよ~!あ、分かった。だからペアリングで落とそうって魂胆ですね!さすが副社長!」

「え。いや別にそういう訳じゃ…」

「でもでも此処の限定モノなんて超レアですよ!きっとお相手も喜びますよ」

「そうか?」

「はい、もう絶対!副社長のことしか見えなくなっちゃいますって」

「なるほど、そういうものか。それは良いな」

「でしょ~!で、それを夜景の見えるレストランですっと渡しちゃったりするんですっ」

「で、アルコールが強かったりすると…」

「もうイチコロって感じですよ、副社長!で、そこで感動の言葉を…」

「言ったりすると更に…」

「うふふ…」

「ふふふ…」

―――――――何だか妖しい人が二人。

 

 

 

ルーファウスがそんな会話で盛り上がって(?)いる頃、ツォンは焦っていた。何せデパートはいかにも広い。その中で探せというのはまた結構に大変なことである。

手にアルバムを抱えて、とにかく探そうと店内を回っていたツォンは、とうとう屋上近くまで辿り着いた。

ルーファウスの行きそうなところはほぼ回ったつもりだったが、姿は見えないままである。というかまず『ルーファウスの行きそうな場所』というのに、このデパート自体が入っていなかったのはいうまでもないことだったが…。

「どこにいかれたんだか…」

溜息をつきつつそんな事を呟いていると――――――。

ドンッ

「あ、すみません!」

どうやら誰かとぶつかったらしい。いえいえ、などと言いながら見てみると、それはどうやら若い女性だった。

その人はどうやら急いでいるらしく、もう一度“すみません”と謝ると、さっと去っていった。

…何だか忙しいな、日曜だというのに。

そう思ったのは良かったが、ふと下を見るとそこには何と小さな包みと紙が落ちているではないか。いわゆる「落し物」というやつである。

「あ、ちょっと!」

それを急いで拾うと、ツォンはその影を追って走った。しかしどうやらちょっとの差でその姿はどこか見えない場所に消えてしまったらしく、そのままその人を追うことは叶わなくなる。

「仕方無い、届けるか」

もしも大切なものだったら困るだろうし…、そう考えながら、ツォンはその包みと紙をアルバムと一緒に荷物にした。

「…と、そうだ。ルーファウス様を探さないと」

結局そのまま階を下がっていく事にすると、今度は最上階で何やら騒がしい音が聞こえてくる。何だろうかと目を向けると、どうやら何かの抽選をしているらしい。

ツォンもデパートにやってくることがないので、それは何だか微笑ましい場面でもあった。

が、ツォンのそんな思考とは裏腹に抽選会場は白熱していた。

「一等は“ペアで行く!コスタ・デル・ソルとゴールドソーサーの豪華一週間旅行”ですーっ!はい、次の方どうぞ~!」

ゴロン…

「あ~惜しいですね~!四等はティッシュです」

「ちょっと何よ!ケチケチしてんじゃないわよ!せめてこのDVDデッキ寄越しなさいよ!」

「あ、お客様!それは二等の!」

「ちっ。ケチね、やってらんないわよ」

そう言って客はティッシュを4個ほど手掴みして帰っていったのだった。…白熱・ザ・抽選。正に恐ろしい世界。

それを横目で見ていたツォンは、ふとある事を思い出した。そう、それは先ほど拾った落し物である。包みと供に落ちていたのは確か…そう思ってゴソゴソと取り出してみる。

するとそこには。

“抽選で当る!豪華ペア旅行一週間!”

「ああ、これか」

どうやらそれは抽選券だったらしい。それをまじまじと見つめていると、ふと店員がやってきて、凄い剣幕でこう捲くし立てた。

「お客様!こちらに並んでください!!」

「えっ、いや、私は…」

「はい、こちらが最後尾です~!抽選はこちらに並んでください~!!」

――――――店員、聞く耳持たず。

何だかんだとスロープに合わせて何故か並ぶ羽目になったツォンは、すぐにやってきた自分の番に大層戸惑った。

何故って、その抽選の権利はそもそもあの女性にあるのであって、自分のものではないのだ。しかしそんな事を真面目に考えている暇もない。

「はい、お客様。これを引いてくださいねー」

「え、あ、いや…」

とか何とかいいつつ、つい引いてしまうと。

ゴロン…

「あ」

「あ」

ツォンは目を見張った。
店員も目を見張った。
後ろの主婦も目を見張った。

だってそれは!!!!

「おめでとうございますーっ!!一等大当たりですーっ!!!」

カラン~カラン~カラン~と音が鳴り、そのフロア全体にそれは響き渡る。何せ一等が出たのである。

一個しか用意されていない一等が、こともあろうに抽選券を拾ったツォンに!

嗚呼、これぞ世の中の神秘。

「そんな馬鹿なっ!?」

そんな訳で、ひょんな事からツォンは、“ペアで行く!コスタ・デル・ソルとゴールドソーサーの豪華一週間旅行”を当ててしまったのであった。

 

 

 

その頃のルーファウスは何故かまだイリーナといた。
しかし場所は何故か移っており、それはかなり静かな空間だった。

そこは―――――…フェイシャルエステ。

何だか良く分からないままにイリーナに引っ張られてきたルーファウスは、何故かそこで短時間でできるエステなどをしていた。

おいおい私は男だぞ、という抗議も空しく、結局仲良く隣り合って気持ちよくなっていたりしたわけで。

「それにしてもさっきは残念でしたね、副社長。だって私のちょっと先で売り切れなんて!あ~もうショック!」

そう、先着100名様の限定モデル18金ペアリングは、イリーナの少し前に並んでいた女性がゲットしたまでで終了してしまったのである。

イリーナはかなりショックだった。そんな訳で、落ち込んだ挙句にルーファウスを連れたまま此処に入った次第である。

あんまりの強引さにすっかりペースにはめられていたルーファウスは、イリーナの隣で、う~ん、と唸っていた。

「確かに勿体無いというか…」

「ですよね、ですよねっ!?」

特に欲しいわけでもないはずなのに、イリーナの言葉にすっかり影響されているルーファウスがいる。…本人、気付いていない。

「あれが結婚指輪とかだったら凄い素敵ですよね~。あ~あ、残念です…」

「結婚指輪?それにしては安すぎないか?」

「何言ってるんですか!要は愛です、愛!」

「そ、そうか」

…何だかかなり押されているような気がする。

「で、で!やっぱり新婚旅行ですよね~二人でラブラブ…うふふ」

どうやらイリーナの頭の中では危険妄想が渦巻いているらしい。しかしその相手が誰かということまではルーファウスも考えなかったので、これはとても平和な会話だった。

「新婚旅行なあ…」

新婚の部分は置いておくとして、旅行というのは良いと思う。しかしルーファウスにとっては知らない世界というものがない。

仕事であれば何処にでも不自由なく行けるし、皆がリゾートだという地にも速攻で行けてしまうのだ。…ちょっと悲しい話である。

そんなルーファウスをよそにイリーナのトークは続いていた。

「二人きりの旅、二人きりの夜…あ~もうヤダ!恥ずかしいっ!」

照れながらイリーナ、ぴしゃり、とルーファウスを叩く。

「痛っ!…そうだな、夜な」

「ちょっと副社長。その言葉に反応しないで下さいよ」

「え。いや、だってそれは」

「は~…でも良いなあ~…やっぱりあの指輪、欲しかったなあ~」

そんな取り止めのない乙女な会話を楽しんでいるうち、どうやらそのエステは終わった。

イリーナはその後の予定があるらしくそのままデパートを出るというので、ルーファウスはそこで彼女と別れたのだが、そうしてからはたと首を傾げる。

…何で今まで付き合ってたんだ…?――――後悔先に立たず、後の祭り。

そんな訳でやっとイリーナワールドから抜けたルーファウスは、本来の目的を思い出してツォンを探すことにした。

そもそも最初はツォンを待っていたはずなのに、あれよこれよという間に全然関係のないフロアにまで来てしまっていたわけで、今度は探さないことには始まらないという具合である。

しかし、いかにもデパートは広い―――――――。

そこで。

「あ、そうだ!」

良いことを閃いたルーファウスは、それを即実行に移した。

 

  

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