Honey Style(Sunday-3)【ツォンルー】

*Honey Style

日曜日:500ギルの我侭

 

とにかく落ち着こうと思って、ツォンはコーヒーなどを飲んでいた。
しかしそれは優雅ではなかったらしい…。

やがて耳に入った音に、
「ぶっ!!」
思わずツォンはコーヒーを吹き出した。

 

ピンポンパンポン…

『迷子のお呼び出しを致します。黒の服をお召しのツォン君。お父さんが探しています』

 

呼び出しをしてもらったルーファウスは、それを聞いて「あ」と声を上げていた。

「間違えた。迷子じゃなかった…」

これこそ後の祭りで、もう修正など利きもせず…。
とにかくその場にイリーナがいないことだけが救いだったのは言うまでも無い。

 

 

 

何時間かぶりに顔を合わせたツォンとルーファウスは、少し店内を回った後に、時間もいい具合だし、とレストラン街へと出向いた。

感動の再会の一言目は、ツォンの泣きの入った言葉だった。

「貴方はいつ私の父親になったんですかっ!」

「いや、間違えたんだ」

この歳になって君付けされるとは思わなかったですよ、と溜息をつきつつツォンはガックリと肩を落とす。確かに一理ある。

「なになに、新鮮だったろ?」

「ええ、かなり」

少し皮肉を込めて言ってみたものの、ルーファウスはやはり強かった。

「じゃあもう一度…」

「やめてくださいっ」

そんな話をしつつ店を選ぶ。

いつもはこういった場所に入らないので少しばかり新鮮だが、何だかんだいっていつもと似た雰囲気の場所を選んでしまうのはなぜだろうか?

2人が選んだ店は、個室ではないがテーブル毎に敷居がある。だから完全とはいかないまでも二人きりに似た状態だった。

こちらにどうぞ、と言われて通された席は、偶然にも窓際で、ビルの上の方にあるせいか窓の外には夜景が広がっていた。

そこに腰を下ろしながら、ルーファウスは先ほどのイリーナとの会話を思い返す。そういえば夜景が云々だとか言ってなかっただろうか。

「先に何か飲まれますか?」

「うん。…何か、強い奴」

だから、何となくそんなことを言ってみる。

特に何という指定も詳しい言葉もないのに、それだけでツォンは「分かりました」と言葉を返した。強い、といった時点でアルコールだというのが分かるし、大体の好みは把握していたからである。

愛のなせる業か、はたまた単なる記憶力か、とにかくそのドリンクが来てからやっと、会話は始まった。

「一体どこにいらしたんですか?」

ツォンとしてはずっと探していた訳で、それは本当に純粋な疑問だった。何しろそのせいで色々なことがあったのだから。

しかしそれに対して、いや~イリーナと偶然会って限定ジュエリーの列に並んでそこからエステしてたんだ~…―――――とは、勿論言えなかった。

それにしてもイリーナとあれだけ色々話しておきながら特に悶々としなかったのは不思議なことである。火曜日以降のしこりは綺麗さっぱり消えてしまったのかもしれない。

「まあ、色々と」

結局そんな言葉だけで答えると、ツォンは何だか浮かない顔をしながらも納得をした。

「それにしても、もう今日も終わりだな」

「そうですよ。…こんなもので良かったんですか」

「え?」

「…私は…もう家が」

「ああ、そうだったな。じゃあ、もう明日には荷物を出すのか?」

一応はそのつもりでいます、とツォンは頷く。

実はもう既に手配は済んでいたが、それは敢えて隠しておいた。つまり明日は、もう帰る場所が別々ということで、正確に言えば明日の朝で最後ということになる。

「一週間って短いもんだな」

少し笑ってルーファウスがそう言うと、そうですね、と答えが返った。

あんなに楽しみにしていた一週間が、終わってみれば何だかとても早くて、その間にあったものといえば何だかドタバタなモノばかりだった。

とはいえ、思い出といえば思い出である。だからそれが悪いとは思わないが、やはり寂しい感じは消えない。

「あまり良い思い出ができなくて、すみません」

「ん?何でお前が謝るんだよ」

「いや…」

ツォンの頭の中には、月曜日のルーファウスの顔が浮かんでいた。

その表情と同じだけのものがこの一週間にあったかというと、そうでもないような気がしてならない。何せ、危険な誤解がうようよしていたのだから。

しかし、ルーファウスはそんな事を気にしていないようだった。

「なあ、アルバム」

そう言われてツォンは、アルバムを差し出す。

しかし此処で忘れてはいけないのが、そこに一緒に例の落し物+αが入っていることである。

ツォンはすっかりそのことを忘れていてまだ届け出もしていない状態だったが、ルーファウスの声でやっとそれを思い出した。

「あれ、この袋って」

ああ、それは落し物で、拾ったんです――――――と言いたかった。

が。

「ツォン…ありがとう」

「は?」

「だって、これ。例の限定ペアリングじゃないか」

「ええ!?」

そう、何ということかその包みの中身は、ルーファウスとイリーナが並んでいた例の100個限定ペアリングだったのである!

つまりそれは高価なものであって、それこそ届け出ないといけない状態だったが、ツォンはそれが言い出せなくなってしまった。

なぜって、すっかり勘違いしているルーファウスは、それを見てとても幸せそうな顔をしていたからだ。

此処でもし事実を言おうものなら、ルーファウスはがっかりしてしまうだろう。とはいえそれは事実なのだからもちろん仕方無いのだが、やはりツォンとしてもルーファウスが幸せそうなのはとても嬉しかったりするのであった。

だから。

「はめても良いかな?」

「はい」

…ついつい悪い大人になってしまったり。

「ツォンも。な?」

「はい」

…更に悪い大人が一人。

しかし此処でサイズが合わないだとかいう話になれば、それはそれである意味安泰だったろう。が、こういう時に限って悲劇は起こるのである。

元来細いルーファウスが指も細かったのか、それともあの女性がぽっちゃりだったのかは不明だが、何しろとにかく、そのリングはぴったりとルーファウスの指にはまってしまったのだった。

嗚呼、悲劇。

これでもう事実など口が裂けても言えなくなったのはいうまでもない話である。

しかもツォンの方もぴったりとはまっていた。元々男性にあげるものだったのだから、コチラは当然というべきか。

「ツォン…すごい嬉しい」

そう言ってルーファウスが笑ったので、ツォン、完全ノックアウト状態。

――――本当にごめんなさい。……取り合えず心だけで謝っておいた。

そんなツォンの隣で、ルーファウスはまたもやイリーナとの会話を思い出して、ふとこんな事を言い出す。

「これで旅行に行けたら完璧だな」

「え!」

「二人でな、行くんだ。良いよな、そんなのができたら」

「は、はあ…」

ツォンは冷や汗を流した。何でそうタイムリーな話をするのだろうか、と思う。

旅行といえばそう、先ほど当ててしまったのだ。しかしそれはやっぱり元々はツォンのものではなく、このリングの持ち主のものである。

行き先は例の場所で、それはルーファウスにとってお馴染みの場所だった。だからまさかそんなものに魅力を感じないだろうとは思……ったが!

「コスタ・デル・ソルはやっぱり人気らしいなあ」

「ぶっ!」

「良いなあ。仕事とは別に行きたいもんだな。なあ?」

「そ、そうですね」

ツォンの心の中では良い大人と悪い大人が葛藤を始めていた。

旅行するには時間を取らなければならないので、問題はどちらかといえばそちらだったが、それにしても今手元にチケットはある。そして「行こう」と言えば絶対にルーファウスは喜ぶのだ。これはもう100%である。

嗚呼、どうしたら…!?

そして三秒後。

「行きましょう、一緒に」

―――――――悪い大人、勝利。

ペア券のことを告げると、ルーファウスはやはりとても喜んで、だったら時間は調節しようと職権乱用にニヤリとした次第である。ビバ副社長!

「じゃあ、その時は写真を撮ろう」

「写真ですか?」

早速その旅行の話などを始めたルーファウスは、アルバムをひょい、と取り出して、そして笑って言った。

「で、このアルバムに入れよう」

この日、ルーファウスがアルバムを欲しがった理由は正にそこにあった。

勿論旅行の計画が元からあったわけではない。だからそれは除外するとしても、やはり原因はツォンのアルバムだったのだ。

ルーファウスはこうして写真を残すということをした事が無かった。だからこんなふうにアルバムをいうものを持ってはいなかったのだ。

けれど、ツォンのアルバムを見て思ったのである。

写真は証拠でもある。アルバムを開けば、いつでもそこには大切な人がいる。写真は色あせても、写真が与えてくれる思い出は色あせたりしない。

だから、大切な人との大切なものを、増やせるんだ―――――、と。

「そうですね、いっぱい写真を残しましょう」

ツォンはそっと笑って、そう答えた。

「…何せあと19500ギルも残ってるからなあ」

「……はい?」

「だから。このアルバムは500ギルだから、あと49個は買えるだろ」

「え。もしやそれって…50個分のアルバムに写真をっていう…」

まさかそんな無茶な!、そうツォンは思ったものだが、正にその“まさか”だったらしい。ルーファウスはニコニコ笑ってサックリこう言ってのけた。

「当然だろ。罰金だし」

「そんなっ」

「いや~これから大変だな。沢山思い出作りしないとなあ」

「ああああ~!!!!」

―――――それは、ちょっと幸せ、ちょっと悪魔な日曜の夜であった。

 

 

 

翌日。

初めて一緒に出勤した二人の指には、しっかりペアリングが光っていた。

これから始まる一週間はルーファウスにとっては地獄であり、ツォンにとってもまた地獄だったりしたわけだが……それはまた別の一週間のお話。

何だか色々あった一週間は、しっかりアルバムの中にしまわれていたのだった。

 

  

HONEY STYLE ・ END

 

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