12:LOGICAL SEEK 蟻の行列
独走状態のミッドガルが全世界に呼びかけをしたのは、とても珍しい事だった。
それはプレジデントからの命令で、タークス以下、ミッドガルの微力な警察機構、その他全地域の組織が秘密裏に動いている。それは神羅の力を表してもいた。
この非常事態に、こと冷静さを保っていたのはツォンだけだったかもしれない。
いつもと同じ様子のツォンに、対策について談義していたレノも妙な感じがしていた。いつもならルーファウスに関する事には素早く反応していたツォンが、この状態でこの態度は絶対におかしい。
「主任、何だか妙に落ち着いてる気がするぞ」
別にこれといって何がどうおかしいという具体的なものは説明できなかったが、それでも何かがひっかかる。そんな心を隠しながらそう問うレノに、ツォンはあくまで冷静な表情で対応した。
「私が慌てでもしてみろ。混乱する」
「…まあ、そうだけど」
そんな事はどうでも良いから早く作業を続けろ、とレノに言い渡すと、ツォンは静かにその場を去った。
一人取り残されたレノは、何だかやはり納得がいかないように首を傾げたが、そう深く考えることはせずに仕事へと戻っていった。
それは、神羅内では幹部だけの秘密だった。
まさか副社長が行方をくらますなど誰も考えてもみなかったが、実際にそのような事態になり神羅は焦りを隠せないでいた。
勿論ソルジャーや一般兵士などは知りもしない事実である。そもそも普段から幹部との関わりが無いのだから、そんな事が起きていようとも知る由すらない。
だが、何となく空気が伝わる。
詳細は分からずとも、何かが起きたのだろうという事は誰しもが感じていた。例えばそれは恒例行事の一部中止や、体制管理の緩和からも伝わる事である。
ソルジャーの中でも高待遇を受けていたセフィロスは、それがどういう関連のものかを察知していた。紛れも無くルーファウスに関わる事だろう、と。
数日前にプレジデントの秘書がやってきて伝えた話を覚えている。その秘書は、溜息混じりにこう言ったものだ。
『本当に、お前は運が良い』
それがどういう意味かと考える暇も無く、その男は話の全容を明かした。その内容は過去に感じた嫌悪感を再び連れてくる内容であり、やはりセフィロスはそれに同意は出来なかった。
『何でも副社長がまた厄介な計画を立てているようだ。標的はまたお前だ、セフィロス。表面上の趣旨は治安維持の強化だが、まあお前もそろそろ付き合ってやったらどうだ』
何度と無くセフィロスに掛け合ってきた秘書だけに、その言葉には疲弊が入り混じっていた。それが副社長という地位から出た言葉なのかどうかという境界線を、その男は良く分かっていたのだ。
というのも、セフィロスに関わる何がしかが今まで何度も提案され、拒絶されるのを分かっていながらルーファウスはそれを繰り返していたからである。
しかし、その裏にある感情までは考えはしなかった。
『そうすればあの方も納得できるだろう。…とにかく返事を聞きにくる。まあ、お前がどう返すかは分かってるがな』
それだけ言い残して去っていったその男の後姿―――――。
覚えているのだ、それを。
その話から考えると、そろそろその“返事”とやらを聞きにくる頃なのである。それなのに、その動きすらない。
勿論その結果はルーファウスの希望するものではなく、返事を聞きに来なければそれに越した事は無い。
しかし―――。
神羅本社ビルに足を踏みいれたセフィロスは、そこで偶然にもツォンと鉢合わせた。
セフィロスにとって、タークスは神羅の組織の一部に過ぎず、特別視するようなものではない。しかし、自分に異様な執着を持つルーファウスの支配下にあるその組織は、何だか妙に自分とは遠い気がしていた。
というよりも、居場所が違う―――そう思う。
役割も異なれば、存在理由も違う。
その時に鉢合わせたツォンは、今まで何度か共に任務を遂行した時とはまるで違う雰囲気を醸し出していた。
神羅の、ルーファウスの忠実な部下…ソルジャーから見れば上司とはいえ、てんで呆れるくらいの忠誠心。
それが今までの印象だったのだが、今は何か全く違う感じがする。
「―――何か、あったのか」
ふいに立ち止まったツォンに、セフィロスは核心たる疑問をぶつけた。しかしそれに対する確実な答えは無い。
それどころかツォンは、不思議な笑いすら浮かべた。
「…お前には関係無いだろう。知る権利すら、無い」
「―――隠してるのは…重要な事なんじゃないのか。良いのか、何ならソルジャーの手を借りる事もできる」
協力するつもりは毛頭無かったが、誘導のつもりでセフィロスはそう切り返す。
しかし、それは遮られた。
しかも逆撫でるような言葉で―――。
「随分な自信だな。お前など必要ない、タークスがいる」
ふっと笑いを漏らすツォンは、見下すような鋭い視線をセフィロスに投げつけた。そして、とても不可解な言葉がこぼれる。
「お前など―――最初からいなければ良かったのに」
セフィロスはその言葉に、何も返さなかった。
“ルーファウス神羅の行方を全力で捜索しております”
“この区域にはいないかと思われますが…”
“とにかく隅々まで探せ!”
“神羅はこの先どうなるんだ…プレジデント神羅の跡継ぎは…”
“ジュノンエリアから捜索班A-2が飛びました”
“今日づけの書類を纏めておけ”
必死に必死に、たった一人の人間を探す―――人間たち。
まるでそれは、蟻の行列を見ているかのような、馬鹿馬鹿しい動きだった。
心ゆくまで探せば良い。
神羅カンパニー副社長、ルーファウス神羅を。
どうせ誰も見つけることなどできやしない。
そもそも、何のためにあの人を探すのか?
私欲の為に、何もかもを捨てようと、利用しようとする―――あの人を。
その理由すら理解していない人間たちが、必死に探している。
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