甘い雰囲気のままにソファになだれ込んだ二人は、体勢が変わっても同じようにみつめあっていた。
こんなふうに甘い雰囲気になるのは久々で、もう少し浸っていたいような気持ちにさせる。しかし、このまま時を過ごすには、やはり時間がたりない。何しろ映画で結構時間が過ぎていたから。
折角の雰囲気…こういう時はどっちが良いものだろう。
ツォンは、ルーファウスを見おろす形になっているにも関わらず、そんなことを悩んだものである。
このまま肌を重ね合わせるのはいつもの事だったが、今日のような久々の雰囲気だと、いつもと同じように終わらせるのは何だか味気ない気がする。むしろ、みつめながら抱きしめあっている方が素直な気さえする。
とはいえ、こういう気持ちだからこそ、その先を欲するという気もするのだ。
そう考え込んだままみつめていると、ルーファウスが、
「どうしたんだ?」
などと聞いてくる。
その体勢になったからには当然その先の展開が待っているのだろうと思っていたルーファウスにとって、それは尤もな言葉だったろう。
ツォンは直ぐには答えられず、「いや…」とか「何か…」だとか曖昧に返答をする。
ルーファウスはそんなツォンに首を傾げた。
「気分が乗らないのか?」
「いえ…その。そういう訳ではなく、むしろ気分が乗りすぎてどうして良いか分からないというか…」
自分で言っておいて、何だそれは、と慌てふためかずにはいられない。
しかしルーファウスはその言葉に笑いもしなければ怒りもせず、ただ「そんなものかな」などと言って首を傾げる。
しかし。
「…俺は、したいんだけど」
何と、決定打を口にした。
したい、と言われれば、それはもうするしかないではないか。というより、二択で迷っていたときに一方を希望されたのだから決定して当然である。
「そう…ですよね。じゃあ、その…」
何を今更照れているのだか分からないが、とにかくちょっとした照れを浮かべたまま、ツォンはルーファウスの服に手をかけた。そして、徐々に肌から脱がしていく。
暗い、モニターの光だけが頼りの部屋の中。
いつもよりは勝手が悪いはずなのに、どうやら手は感覚を覚えているらしく、そうしていくのに何一つ不自由が無い。だからそれはいつもと同じ具合に進んでいたわけだが、どうやら何かは違っていたようだ。
それは多分、感情の高ぶりが原因だろうけれど。
「ツォン。何だか今日は…変な感じだ」
「変?」
何かおかしかっただろうかと気になってしまったツォンだったが、聞いてみるとどうもそういう意味ではないらしい。
ルーファウスが言うことによると、どうもいつもとは感じ方が違う、という。それはどういう意味なのかと聞いたところ、どうやらこういうことだった。
つまり…いつもより感じる、ということ。
純粋にそう言われたツォンは、ええと…、などと言葉を濁す。
説明できる立場ではないが、しかしその気持ちは良く分かる。というより多分、今の自分も同じ気がするのだ。それが証拠にもう既に…というのはともかくとして、いつもよりは体の変化のスピードが速いわけで。
「多分それは…すごく好きだと思うからですよ」
自分でそう言って恥ずかしくなったツォンは、そう言ってから顔をそらすようにルーファウスの肌にキスを落とした。
モニターの光に照らされた肌を愛撫をすると、いつもの倍の速度で反応している自分を制御しつつ、ルーファウスのを握りこむ。
「んー…っ」
ルーファウスの言葉通り、そこはもう既にツォンのと相違ないほどに感じていたらしい。しかしそれは触れる前からそうなっていたわけで、多分キスか何かの時点でもう既にそんな具合だったのだろう。
人のことは言えなかったものの、ツォンはそんなルーファウスが少し嬉しかった。
あまりに好きだとキスだけでも勃つのだから、こういうとき人間は愚かなものだと思わざるを得ない。感情を抜きにすればそんなものは単なる興奮であり、生存本能がどうのと言われて終わってしまう問題なのだろう。
しかし、今日みたいな雰囲気の場合、それは感情の賜物だと断言したいものである。
好きだからそうなるんだと言いきってしまいたい。
好きだから、欲しいから、すべて一つに重なりたいから、だからそうなるんだと。
「ツ…ォン…っ」
ギュッと腕を掴まれて、ツォンは顔を上げた。
見ると、ルーファウスはもう既に半開きの眼を滲ませている。いつもこういう表情を見るのはもっと後の事だったので、ツォンは興奮の中だというのに更にドキッとした。
勃起したそれにちょっと摩擦を与えたくらいだというのにこんななのだから、このまま行為を続けていくとなると相当なことになりそうな予感である。
それはルーファウスだけでなくツォンも同じことなのだが、ツォンの場合はこの行為の中で興奮に素直なままでいけば、いつもよりは暴走することになる。
そうしてツォンがちょっとばかり暴走した場合、ルーファウスはそれを受けざるをえないのだから、その表情が倍速で助長されることになるだろう。
そう考えると、やはり少し自分を制御して事を進めねばならないな、などとツォンは思う。というか、そんなことを考えている時点でそれは制御だったが。
「大丈夫ですか…」
愛撫を続けながらもそう聞いてみると、ルーファウスは、とても大丈夫じゃなさそうな表情で「大丈夫」などとコクコク頷いた。信憑性がまったく無い。
しかしそんな必死なルーファウスを見てついつい笑んでしまったツォンは、やはりちょっとは暴走してみようかという気になって、自分の制御を解いた。
そこからはもう、考える余裕も無いままルーファウスを抱く。
耳にはルーファウスの喘ぐ声が聞こえ、肩にはルーファウスの力が篭り、頬にはルーファウスの吐息が掠めている。
その間何度も汗の感じが肌を襲ったが、それは重なった肌の中ではどちらのものかハッキリしなかった。ただ、いつもよりも多く感じられたその汗が、まるで同化したみたいに思えただけ。
「あ、ああっ、ツォン…!」
必死の中でそう呼ばれる名前は、ツォンを更に興奮の淵に落とす。
いつも自分とは無縁だと思っていた情熱という二文字がチラッと頭を掠めて、どうやら自分もまだこんなに興奮できる対象を持っていたらしい、などと思う。
しかしそれを考えたのも一瞬のことで、後はただただ考えることを止めてその身体を抱いた。
吐息交じりのその空間、暗いままのその空間。
二人の背景には、すっかり砂嵐になった映画が映し出されていた。
映画の中の二人の、幸せの続き――――それは垣間見ることを許されないわけである。
しかしそれと同様に、こうして抱き合う二人の姿も秘密だった。
それは映画のワンシーンを抜け出したその先で向き合う、秘密。