ルーファウスはツォンの首に回していた腕をゆっくり解くと、折角整えた衣類を取り払った。そうしてから再度、ツォンのいるベットの脇に腰を下ろし、先ほどと同じように首に腕を回す。
そして、もう一度―――今度はゆっくりと口付けを交わした。
唇の先の方で、触れるか触れないかくらいの軽いキスを何度かして、それからやっと柔らかい口内に舌を滑り込ませる。ゆっくりと舌を絡めると、それはやがて熱を帯びて重厚なものとなった。
口端で何度か声が漏れる。こんなふうに全てを預けて感情に溺れるのは、最近のルーファウスにとっては珍しいことだった。張り詰めていたものが一気に抜けたかのように体全体を預けてしまうと、本当に楽で、気持ちが良い。
ツォンは片方の手でルーファウスの後ろ髪を撫で、もう一方の手で腰の辺りをきつく抱きしめていた。
少し長めのキスが終わると、ルーファウスはそっと体勢を変え、ツォンの上に跨るようにして肩に顔を埋める。
それは丁度向き合い抱きしめあっている状態だったが、誰かが見たら少しおかしな光景だったろう。ルーファウスはスーツの上着を脱いだだけで普通の格好だったし、ツォンは病人そのものの格好だったのだから。
やがてルーファウスが顔を上げ、少しばかり見詰め合った後、ツォンはそっと髪を撫でていた指を解いた。
その指をゆっくりと頬に持っていくと、そこを一撫でして、今度は顎、首筋をなぞる。首筋の最後である鎖骨の部分までいって、今度はルーファウスの身につけている真っ白なシャツに手を伸ばす。
一番最初のボタンをゆっくりと外す。
その次は二番目のボタンを。
そうして…最後までボタンを外すと、はらりとシャツが両側に反れ、その間からルーファウスの肌が覗いた。以前から色素が薄いとは思っていたが、その肌はいつの間にか更に白くなってしまったように思う。
腰の辺りから手の平全体で愛撫し、徐々に場所を上にずらしていくと、丁度胸の辺りでツォンはその動きを止めた。そうして、肌寒さでしっかりと突起しているその部分に触れる。
指の先で小さく触ってやると、ルーファウスの身がぴくり、と反応を返す。
ツォンは少し微笑むと、そのままそこを丁寧に何度もなぞった。時々つまむようにしてやり、更に時々は小刻みに先端をくすぐってやる。その度にピクピクと反応するルーファウスが可愛くて、もう一方の胸の突起にも、口で愛撫を加えた。
舌先でしっとりと優しく触れると、そこは少し固くなる。両の胸からの刺激を受けたルーファウスは、少し身を反らしながら顔を背け、目を瞑って素直な喘ぎ声を漏らした。
「…っはあ…っ」
吐息混じりの声を頭上で感じたツォンは、目を閉じながら愛撫を続ける。
ギュッと握られた肩が、熱い。
深夜の社屋での出来事とは、到底思えない。
この部屋に来てからは、もうツォンはほぼ会社に必要の無い人間で、本当ならこの場所に留まっていることすらおかしかった。それでもこのような非常識な行為をこの場ですることは、何もない自分や空間に意味を与えるような気がしていた。
しかし―――こうして事を進めるのにも、限界がある。
ツォンが仕事に戻れないというのは、身体的な問題なのだ。だから本当はこんなことをするのも間違っている。気持ちの上では、此処で体が壊れても良いからルーファウスと共に上り詰めてみたかった。けれど、まだ壊れるわけにはいかない。
まだ、花は咲いていないから。
ツォンは愛撫をしていた手をするりと下降させ、ルーファウスの下半身に手を這わせた。衣服の上からでもしっかりと感じられる高ぶりを確認して、ゆっくりとベルトを外す。ジッパーを引き下げてその中に手を滑り込ませると、そこにあった感触は既に暖かい肌だった。
「こんなふうにしか、できないですが…」
そう言って少しすまなそうにツォンは笑う。ルーファウスはそんなツォンを見つめながら、静かに首を横に振った。
手が、重なる。
ルーファウスの手は、自分のそこを包んでいたツォンの手をその場から離すと、それをそのまま後ろに回した。
「…ツォンのが、良い」
「しかし…」
それはできない。
そう言おうとした口はすぐに唇で塞がれ、続きの言葉を言えなくなってしまった。どうやらルーファウスは、誤魔化しの抱き合いは嫌であるらしい。気持ちはこもっているのに、やはりそれは違うのだろう。
「…ツォン」
物欲しそうなその表情は、どうにもならないほど感情を高ぶらせた。しかしその裏で、理性の部分が心の中で苦笑する。こんなに愛しくて、こんなに全てを欲しいと思うのに、こんな些細なことすらできないなんて…そんなのは悲しすぎる。
身体で愛し合い、その人を満足させる事すらできなくなってしまったなんて―――…。
返す言葉と行動に迷っていたツォンは、少しして動いたルーファウスの手に、おのずと次の行動を決することとなった。
受け入れる為とでもいうような、狭く奥深いそこまでの誘導。
「…ツォン」
二度目にそう言われた時には、自然に指はその中に入り込んでいた。跳ね返す壁をこじ開けて、奥へ奥へと突き入れる。指の付け根まで入り込んだ頃、その先端の方でそっと円を描くようにルーファウスの中を描き回した。
そうしながらツォンは、ルーファウスの顔に視線を注ぐ。
「あっ…んんっ」
感じているその表情は、少しづつツォンを満たしていた。とても素直で、とても綺麗で、不謹慎だがそういう時の顔は好きだと思う。それはきっと、自分が相手にとって特別な存在だと実感するからだろう。
できるなら―――もっと、もっと感じて欲しい。
この後、ルーファウスが望むような快楽は与えられないだろうとは思っていたが、それでも身体は実直であり、ツォンの下半身も嘘のつき様がないほどに高まっている。それは少し皮肉だったが。
「もっと…欲しいですよね…?」
一旦勢いづけて指先を抜いたツォンは、その後すぐにまた、同じ場所に指を突き入れた。
「あ、あっ!ツォン…っ!」
「この方が…良いでしょう…?」
空いていた指も重ねて突き入れてやると、支えていた身体は大きくうねりを返す。内部をかき乱すように動かし、更には上下にピストンさせて、少しでも快楽の絶頂に近づけようとする。このままルーファウスが達してしまえば、それはそれで良い。悶え乱れるその姿を目にできただけでも、ツォンは満足に近いものを感じられたはずだから。
だがそんなツォンの思考も、ルーファウスは許さなかったらしい。
暫くツォンの指に喘ぎを漏らし、我を忘れたように感覚に溺れていたルーファウスだったが、その内その動作を止めるようにツォンの腕をとった。
乱れる呼吸で、その言葉はツォンの耳元に囁かれる。
「ね……欲、し…ツォン、の…」
濡れた瞳と、欲を隠しきれずに昂ぶる身体。
それを知っていても、その言葉に何と返すこともできない。
しかしルーファウスは、いつ出るかも分からないツォンの回答を待たずに、先ほどと同じように唇を塞ぐと、その後自ら腰を浮かせた。そしてツォンの下半身に手を伸ばし、勃起したそれを手にすると、自分が先ほどまで散々感じていた箇所にそれを押し当てた。
「ルーファウス様…?」
まさか奉仕でもしようというのだろうか。そんなふうに思ってツォンがその動きを制御しようとすると、ルーファウスはそんなツォンにこう言った。
「ツォン…は、何もしなくて良い…」
途切れ途切れの言葉は、その後もゆっくりと続く。
欲しいのは私の我侭だから、ツォンは何もしなくていいから、そんなふうにルーファウスは言い、その言葉はツォンの胸に重く響いた。
今までそんなふうにしてもらったことなどないし、できればツォンはいつでもその人に奉仕する側でいたかった。自分が大名よろしく何もせずに悦楽を覚えるというのは、何ともしっくりこない。まずはルーファウスを存分に満足させるべきなのに。
しかし今の状態では、それは理想でしかない。
「…ツォンので、イきたい…から」
最後にそう言ったルーファウスは、その言葉通り、ズッと自分の中にツォンを受け入れた。その瞬間に先ほどとはまた違う感覚が身体に回る。それは勿論、ツォンも同じことである。
少しずつ腰を上げ、そしてまた腰を落とす―――その動作の連続は、やがて少しスピードを増し、それと同時にルーファウスの喘ぎも更に熱を帯びていく。それを何度も何度も聞きながら、ツォンも、もうどうしようもない気分に陥っていった。
局部から感じる、この快感。
そして揺ぎ無い気持ちからくる快感。
それは暗く静かな部屋の中で、二人を確実に満たしていった。
無音の中で響く喘ぎも、
熱を帯びる吐息も、
シーツが摺れる音すら、
本当に、本当に、全てが愛しいと思える。
側にいるのが貴方だから―――……。