クラウドのことだから兵舎だろうか。
そう思ったセフィロスはまず、兵舎の方を探し回った。さすがに全ての部屋を探すわけにはいかなかったが、これは意外と楽でもあった。帰省組が多いらしく、大体の部屋には鍵がかけられていたからである。しかも鍵の開いている部屋も、反対側の窓から覗いてみれば、その中にいる人間が確認できる。
そうして、かなり面倒なことに兵舎を全部回ったセフィロスだったが、クラウドはそのどこにもいなかった。
次は兵舎を抜けて、共同スペース。
休憩室とかトレーニングルームとかいったところである。しかしこれは直ぐに確認できるし、とにかくバレやすい場所でもある。見てみたが、やはりいなかった。
「全く…面倒な奴」
溜息を吐きつつ、セフィロスのクラウド探索は続いていく。
その後は「もしや」と思って自分の部屋まで帰ってみたが、やはりそこにもいないようだった。
ソルジャー関連の場所はクラウドは入れないから、除外となる。
「となると、外か?」
この寒いのに…そんなふうに文句の一つや二つ吐きつつ、今度は外に出てみる。
一気に寒さが身を覆ったが、それはあまりセフィロスにとって問題ではなかった。それよりもやはり目がいってしまのは、
「雪か」
―――空から降ってくる雪である。
見れば足元にも随分と積もっていて、足跡が克明についていく。雪が降るといえば、冬だなという気がする。
冬といえば―――ああ、今年も終わりか、そんなふうに思う。
そんな事を考えていると、年始めのことなどを思い出す。それはまだクラウドとも出会っていない頃の話で、今の生活とは随分違う日々を過ごしていたような気がした。それがこんな遊びに付き合ってしまうほどの人間になったのは、きっとクラウドと出会ったからではないだろうか。
クラウドを初めて見たとき、何だか変な奴だと思った。それは顔見知りになっても、単なる知り合いになっても、友達のような仲になっても、ずっと思っていたことである。
そして、今でもそんなふうに思う。
セフィロスとは全く違うことを気にしたり、全く違うことにむきになる。今回のこともそうだと思う。クリスマスなんて結局、大元の意味は違うじゃないか、そうセフィロスは思っていたが、どうやらクラウドにとってはやはり何かを残さなくてはならない日であるらしい。そんなまったく違うもの同士なのに、今ではこんなふうに一緒にいるのが、セフィロスは少し不思議だった。
普通、誰だって少し緊張をしたりするだろうセフィロス相手に、三ヶ月もすれば普通に話しかけていたクラウドである。ザックスといい、セフィロスの周りにはセフィロスにとって「変な奴」が集まるらしい。
それでもセフィロスは、そういう生活が嫌いでは無かった。
口には出さないが―――むしろ好きだった。
「変なもんだ…」
そんなことを延々考えていたセフィロスだったが、そういえばクラウドを探していたのだったという事を思い出して、気を取り直した。
しかし、そう思った瞬間。
「なっ…!」
何かがゴン、と後頭部に当る。
一体何だ、そう思って素早く後ろを見たが、誰いない。木の上から雪の塊でも落ちたのかと思ったが、木なんかは立っていない。セフィロスの背後にあるのは、建物である。
しかし視線をすっと上に向けると―――そこに。
「…おいっ!」
雪の塊が降ってきて、セフィロスはそれを咄嗟に避けた。雪の塊は、雪の地面にずっぽりと溶け込んでいく。
何だ、そう思ってその雪の降ってきた方向を見ると、そこにはクラウドがいた。
「クラウド!」
しかもそのクラウドはにっこり笑って2階のベランダから雪を投げてくる。しかもあらかじめ丸めておいたのか、それはかなり短い間隔でセフィロスに投げられていた。
「おい、クラウド!何やってるんだ!」
そうセフィロスが叫ぶと、クラウドは笑いながら、
「えー?雪、投げてる!!」
などと言った。…確かにその通りである。
「お前なあ…って。おい、やめろ、馬鹿!」
そんなふうに嘆息してる暇もないほど、クラウドの投げる雪はどんどんとセフィロスに向かってきていて、それをセフィロスは巧みに避けるしかなかった。避けながらチラと見えるクラウドは何だかとても楽しそうである。何でこんなことが楽しいのか、やはりセフィロスには良く分からない。何せセフィロスは、的になっているのだから。
しかし途中でクラウドのペースが緩んだので、セフィロスは地面からギュッと雪を掴むと、それを思い切りクラウドに投げつけてやった。
と、それは顔面に大命中する。
しかもセフィロスの力が強いのは言わずとも知れたことである。というわけで、それが当ったクラウドは、大打撃だった。
「いたたたた……容赦ないんだから…」
クラウドは顔を抑えると、よろよろとする。そうしながらチラッとセフィロスを見ると、何だかセフィロスは満足そうに笑っていた。
それを見て、クラウドも何だか少し笑ってしまう。絶対雪なんか投げ返さないだろうと思っていたのに、セフィロスがそう返したのが、何だか少し嬉しい気もしたからである。
クラウドは咄嗟に身を乗り出すと、セフィロスに向かって笑って叫んだ。
「やったな!今度は容赦しないからな!」
それを見ながら、セフィロスは、
「まだやるつもりか?」
そう言って笑う。
しかしそう笑っていられたのも、その瞬間だけの話だった。次の瞬間には、セフィロスの目は丸くなっていた。そして、思わず焦って声を上げる。
「クラウド、何してるんだ!!」
セフィロスが驚いたのも無理はない話だった。何故ならクラウドは、手すりによじ登って、その上に立とうとしていたのだから。思わずセフィロスは真下まで駆け寄ると、そこからクラウドを見上げてもう一度叫んだ。
「止めろ、あぶないだろう!?」
しかしその声を聞いても、クラウドはにっこり笑っているだけだった。セフィロスにはその笑いの意味は良く分からなかったが、とにかく今はそんなことを言っている場合ではないだろう。
もし落ちたらどうするんだ、そんな思いでセフィロスはクラウドを見つめる。
やがて、クラウドはそっと口を開いて、こんな事を言った。
「容赦しないって言っただろ?…ちゃんと受け止めてよ、セフィロス」
そんな言葉の後―――クラウドの身体はすっと二階から舞った。
「ば…っ!」
セフィロスは急降下するクラウドの身体の真下で言葉を失った。そして、数秒と経たない内に衝撃が走る。
セフィロスの身体は雪の積もった地面の上に倒れ、その上にクラウドの身体が重なる。それはあまりにも一瞬だったが、後にジン、と鈍い痛みを走らせた。
一瞬、衝撃で目を瞑ったものの、少しして目を開けると、セフィロスはクラウドの髪をぽんと叩く。それから溜息を付くと、容赦なくこう言い放った。
「この…馬鹿!」
セフィロスの身体の上で横を向いていたクラウドは、その言葉を聞きながら、ごめん、と小さく言う。
しかしそう言ったクラウドの表情は微笑みに溢れていて、とてもその言葉の内容とは合っていないような感じである。
「そんな危険なことまでして思い出を作りたいのか?」
クラウドはそっと身を起こすと、セフィロスの顔を見つめながらその言葉に返答をする。
「作りたいよ」
「……」
あまりにもハッキリそう言われて、質問したセフィロスのほうが絶句してしまった。クラウドの表情はいかにも真剣で、とても嘘でそう言っているわけではなさそうだった。
その表情のままクラウドは言葉を続ける。
「俺はどんな危険なことしてでも、思い出が作れるならそれで良い」
はっきり言って無茶苦茶な意見だった。けれどそれは、それくらい何かをしたがったクラウドを表していて、それだけはセフィロスにもはっきり伝わる。
やがてセフィロスは呆れたような顔つきになり、それでも少し笑うと、
「馬鹿だな。そんなの…死んだら作るもんも作れないだろうが」
と、そんなふうに言った。
「死なないよ。受け止めてくれる人がいるみたいだから…」
「……それって」
「良い思い出が出来ただろ、セフィロス?」
「…変な奴」
体勢も立て直さずにそんな会話をすると、暫くしてセフィロスは「もう帰ろう」とそんなふうに言う。これでクラウドのしたかったことも解消されたし、ずっと外にいるわけだからクラウドも寒いだろうと思う。セフィロスはそう言いながらクラウドの身体を起こそうとしたが、何故かクラウドは一向に立ち上がろうとはしなかった。
しっかりと抱きついたまま、クラウドは目を閉じている。
「おい、クラウド?」
そう呼びかける声にも反応しない。しかしやがて、こんな言葉が返され、セフィロスはその無駄なあがきを止めたのだった。
「もう少し、こうしてようよ」
その言葉は、何故かその時のセフィロスの中では反論する必要のない言葉だった。多分それは、クラウドと同じ気持ちが、少しでもあったからなのだろう。
セフィロスの視界には、空から降る雪。
クラウドの視界には、地に積もった雪。
その視界からそっと雪を消したクラウドは、少し上体を上げると、セフィロスの顔を見てそっと笑った。
それから、ゆっくりと口付ける。それは少し長いキスだった。
「セフィロスを見下ろすなんて、俺の特権だよ」
「そうだな」
セフィロスはそっと腕を回すと、クラウドの身体を強く抱きしめる。
そうしながらセフィロスは思っていた。
きっと、これが思い出なのだろう。
クラウドが欲しいという思い出は、危険を冒してでも欲しいという思い出は、もしかしたら、自分も同じように欲しいものだったのかもしれない。
結局クラウドは、自分の思い出作りの為にカードを書いたりしたわけだが、それは結果的に多くの人の思い出を作る事になった。
勿論、そんなことは知らなかったけれど。
セフィロスが後にそれを知って、思わず笑いを堪えたことも、やはりクラウドは知らなかった。
END