「相棒はその女を気に入ったらしくて毎日ヤってた。小柄男の女だって知ってるくせに、ヤリまくってた。女はアイツが怖くて泣きながら従ってた。仲間の女を寝取るなんてフェアじゃないって言っても、アイツはきかなかったよ。だって俺らはノンルールだろ、ってさ。確かにそうだ、俺達はノンルールだ。他人のことなんてどうだって良い。でも、小柄男は俺らの仲間だったし、仲間を裏切るなんて俺には許せなかった。アイツはクスリってイってて、怒ってる俺にゲラゲラ笑ってこう言った。“だったらお前も一緒に挿れるか”ってな」
更なる不運が襲ったのは、その女が相棒の子供を孕んだときである。
それは、女が体調不良を訴え毎日嘔吐をし出すようになってようやく発覚した出来事だった。
ノンルールでやりたいことだけしかやってこなかった彼らには、子供を孕んだ女の処置など出来なかったものである。
可愛そうだとか不憫だとか思っていたのはごく僅かな人間だけで、大方のゴロツキはこの女を迷惑がるようになった。
特に酷かったのは相棒だろう。彼は、嘔吐するばかりでちっともセックスできないその女を使い物にならないと罵倒した。散々弄んだ女を捨てることなど簡単なことだったのである。
女が孕んだのは、当然、相棒の子供だった。
「相棒は、小柄男に言った。女を始末しろって。そうじゃなきゃお前が責任を取れ、そもそもお前の女だろ、って。馬鹿かよって思った。最高にムカついた。だけど仲間の殆どは同じように小柄男を叩いた。…小柄男は考えてたよ、何とか女を助ける方法ってヤツを。相棒のガキだって分かってても、何とかしようって悩んでた。殺したくなんてなかったんだ、好きなんだから当然だろ?あいつはそっから社会復帰しようと頑張ったけど、てんで上手くいかなかった。その上、そーいう行動が仲間にバレて集団リンチ状態んなった。しかもアイツラ、俺が居ないときにやりやがるのな。…俺が帰ってきたときにはもう――――」
レノはその先を言わなかったが、ルードには大体予測がついた。
死んだのだろう。
仲間に愛する人を寝取られた上、仲間に裏切られ殺される。それのどこに自由があったのだろう。
ノンルールで楽しく暮らす毎日の結果がそれだというなら、あまりにも悲しすぎる。
ルードはふいに、あのゴロツキ達の顔ぶれを思い出した。
「女は…どうなった」
「どうしようもなくなってた。腹ん中にはガキがいるし、頼れる唯一の人間はいなくなるし、そんなの親にも相談できなかったんだろうな。毎日縮こまって、殺されるのに怯えてた。相棒はそこらの女を引っ掛けてまたセックスに没頭しててさ、仲間の奴らも毎日変わらず騒ぎ放題。仲間を殺したってのに誰もそんなの覚えちゃいない。そりゃそーだよな、俺達はノンルールだったんだから。誰が死のうと関係ないし、誰がどうなろうと知ったこっちゃない。そーだよ、それが俺達にとっての自由だったんだ。でも…俺にとってはそんなの全然自由じゃなかった。アイツラは世間と同じだった。昨日の仲間も今日は敵、鶴の一声で簡単にスイッチできる。よってたかって権力で嬲って、騒ぎが過ぎたら知らん振り。嫌ってたはずモンに成り下がってたんだよ。だから俺は―――…」
ああ、だから―――――。
“しかも…聞いた話だとレノさんが殺ったって”
だから、レノは手を下したのか。
“すげえ仲良かったって話だから、いざとなったらレノさんヤバイって話でさ”
“そんだけ仲良い奴でも手かけれるんだもんよ、あの人”
手を下したかったんじゃない。
下すしか考えられないほど、許せなかったのだ。
「ノンルールとか自由とか歌ってた俺らの中に、いつの間にか小さな町が出来てた。相棒と俺が権力者で、他のやつらが住人。自由って、ノンルールって、縛られないことだろ?なのに何でそんな上下関係なんかあんだろうな?相棒がXって名前をつけたとき、そこはもう自由じゃなくなってたんだ。自由に名前なんか付けちゃいけなかったんだ。そんなことをしたから、相棒はいつからか勘違いするようになったんだ。自分が王様だって、自分が法律なんだって、権力に胡坐かいて。二人きりで滅茶苦茶やってたときは、そんなこと無かったのにな。どうしてだろう、何であんなことになっちまったんだろうって、俺はずっと悔しかった。求めてたのと全然違うものになってんのに、誰も気付いてない。いつの間にかそれが当然だと思ってる。とにかく悔しかった」
だから俺は、相棒を殺したんだ。
レノは端的にそう言った。
それは仲間を裏切ることだと分かっていたけれど、それでもその決断に迷いはなかった。とても仲が良くてずっとつるんできた間柄だったけれど、それを超える怒りと落胆がレノを支配していたのである。
相棒を殺したレノ、その事実はX内を震撼させた。
相棒が動的な権力ならばレノは静的な権力という状態だったXにとって、動的な権力が殺されたことは多大なものだったのである。
そしてそれは、権力を集約させた。レノという一人の男に対して。
「権力に慣れたアイツラに分かってもらうためには、俺は権力でいなきゃいけないと思ったんだ。そりゃ俺の考える自由と180度違ったけど、俺はそいつを使って、仲間だけは裏切るなって言った。笑っちまうだろ、仲間を殺した俺がそれを言うんだからさ?でもさ、すぐに嫌気がさしてXから出てったんだ。なんかもうどーでも良くなっちゃってさ」
「…そうだったのか」
ルードはそう納得するふうに言いながらも、内心では違う、と思っていた。
レノがXから消えたのは、どうでも良いからではない。逆だろう。
どうでも良くなかったからこそ、そこを出ていったのに違いない。
嫌気がさしたわけでもなければ、自由が嫌になったわけでもなく、レノは出なくてはならない理由があったからこそそこを出たのだろう。
その理由は、すぐに分かった。
女だ。
大切な仲間が本当に好きだった女、それでも守りきれなかった女を、レノは守ろうとしたのに違いない。
ゴロツキ達は女がらみなどと言っていたが、それはつまりこういうことだったのだ。レノに関連すること ではなく、レノの仲間が関連していたということ。
そうじゃなければ、レノはタークスなどにいなかっただろう。
安全で、世間の信頼も完璧で、何もかもが保障されている巨大会社、神羅カンパニー。
そこに辿り着くまでにレノが乗り越えてきた道などは容易に想像がつく。だって、レノは言っていた。小柄男が社会復帰を目指したとき、それは上手くいかなかったのだ、と。それはレノも例外ではない。
「ほんと、ガッカリした。どんな場所でも、権力っていうルールの下にいなきゃ生きられないなんてさ。自由自由って言いながら、自由なんてどこにも無かった。ノンルールなんて言いながら、ノンルールって言葉こそがルールんなってた。…バカだよなあ」
「…今は、楽か?」
ルードがそう聞くと、レノは少し笑って「まあな」と答えた。
「今は医者にもいけるし、店に入れば普通にサービスが受けられる。誰も何も言わないし、それどころか近所の人間はおはようって声かけてくれる。権力の効果ってすごいんだって思い知った」
「権力、ルールか…」
「知ってるか、ルード。はみ出し者はさ、命が危険でもどんなにヤバイ状態でも、医者にもかかれないんだ。診てくれないんだ。心底困ってて、金もなくて、だけど助けて欲しくて、土下座して本当のこと全部吐き出して頼み込んでも、“それで料金のお支払いはできるんですか?”って言うんだ。他も全部おんなじ。どうしようもなくなって何かを頼ろうとすれば“あなたは納税されてませんから権利がありません”、“労働の義務を果たしてない”。働きたいといえば“住所がないとダメ”、“経験がないと雇えない”、“ウチじゃ迷惑だ”。じゃあ何からからすれば良い?どんなことでもするから、殴られても半殺しにされても良いから、土下座でも何でもするからって言ったって何もかも理由があってダメだって言う。ルールん中にいなきゃダメなんだ。自由を失わなきゃダメなんだ。夢なんて希望なんて捨てて雁字搦めじゃないと、どんなに頼み込んだって誰も何もしてくれないんだ。だってそれが世間で言う“義務”と“権利”なんだ」
俺は何でもした、とレノは言う。
時には自分の体を売った。
暇な老マダムを抱くのなんてどうってことない。男に犯されるのなんてどうってことない。
少し金が出来れば何でも良かった。元手を作って、そこからこつこつ築くしかなかった。
例えそれがどんなに惨めでみすぼらしくて汚れた金であろうとも、何かを得るためには必要なものだったのである。
散々見下してきた、だから今度は自分が見下される番だった、そうレノは言う。
「―――――お前は、医者に診せたかったんだな」
ルードが核心をついた言葉を口にすると、レノは「まあな」と呟いた。
小柄男の愛した女。身ごもったまま震えるしかなかった女。
彼女の体と、彼女の中に宿った生命を、どうにか助けたかった。
それは小柄男への気持ちであると同時に、ある意味ではXを作ってしまったことへの罪滅ぼしのようだった。
「…彼女はどうなった」
「自分から死んでった。…アリガトウ、って泣いてた」
俺って無力だなあって思った、そう言ったレノが泣いているんじゃないかと思ってルードは心配になる。
しかし、何故かレノに目を向けてはいけないような気がして、そのままベットから天井を仰いでいた。
今、レノは過去の中にいる。そこから戻ってきてくれようとしている。何となく、話しを聞いていてルードにはそれが分かっていた。
Xの俺、などと言ったレノは、多分とっくにそれを捨ててしまっていたのだろう。
だからこそ、今こうしてまたXの話を出来るのだろうし、任務にも自ら出向いたのだ。
レノはちゃんと、タークスのレノでいてくれたのだ。ずっと。
だってレノは全てを話してくれた。
相棒の自分に。
嫉妬するまでもなく、奪うまでもなく、レノはずっと傍にいたのである。