“共にいるのは嫌か”
―――――ああ、嫌だよ。
“俺とは関わりたくないということか”
―――――ああ、そうだ。関わりたくなんてない。
“何故だ”
―――――“何故”……?何故ってそれは……。
「それは……」
そこまで絞って、ザックスは自分自身でも理解できなかった部分がやっと分かった気がした。
何故そう思うのか、何故嫌なのか、そういえばその理由がイマイチはっきりしていない。ただ感情的に“辛い”とか“嫌だ”とか思うだけで、それが何故かなんて分からない。
それが分かれば―――――。
そう思って、考えて、何となく思い当たるフシは無いでもなかった。
かつてセフィロスと共に行動し始めた頃、確かザックスは嬉しいと感じていたのだ。
セフィロスに声をかけられ任務に同行すること、それだって嬉しかった。何かにつけ自分に話しかけてくるセフィロスが何となく嬉しかった。周りに羨望の眼で見られるのも悪くないと思っていた。
それがいつの間にか、正反対になっていたのだ。
そういうセフィロスを見ているのが辛い。嫌だ。そう思うようになっていた。
何故そんなふうに自分は思うようになったのか―――――それが問題だ。
でもそれは多分、セフィロスがどうのというより、自分自身の問題だったのだろう。
「セフィロス…俺はさ」
やがてそうザックスが口にしたときには、心の中にあるモヤモヤはある程度の形を作り始めていた。
「別にアンタのこと、嫌いじゃない。むしろ好きなんだよ。でもさ、俺…ぶっちゃけて言うと今は、アンタと一緒にいるのも嫌だし関わりたくない。でもそれはアンタが嫌いって意味じゃないんだ。何ていうか……」
「“何ていうか”…?」
「その…さ。―――――アンタと一緒にいたり関わったりすると俺、辛いんだよ。そうやって辛いって思うの、嫌なんだ」
「辛い?」
一体何がどう辛いんだ、そう問われて、ザックスは口を閉ざした。その態度を見て、セフィロスは、まさか、などと言う。
「まさかお前、あの取りまき連中に何かやられてるとか、そういったことか?」
「馬鹿、違えよ!」
そんなことじゃない。そんな程度のことなら、もうとっくにけりをつけてるはずだ。
あんな連中はザックスにとって目じゃなかった。確かに彼らはあまりにもセフィロスからつれない態度を受けているから、それに関して言えばもう少しくらい気を遣ってやればいいのに、なんて思いもするが。
でもとにかく、そんな単純なことじゃないのだ。
問題は―――――…自分だから。
「俺は」
ザックスはそう口を開けると、セフィロスに本音を告げる覚悟を決めた。
それは今さっき自分の中でまとまったばかりの、本音である。
「俺は―――――…ハッキリ言って、アンタって人が好きなんだ。憧れてるんだよ、きっと今でも!…でも今の俺はそうしてもいられない。何でって俺とアンタは一緒に任務に行くし、あんな飲み会の中でさえアンタって人は俺に向かって話しかけてくんだ。俺はアンタに憧れるなんて出来ねえよ。あいつらみたいに騒いでらんねえんだよ。だって俺はもう…アンタを知りすぎてる。ガキみたいにアンタのこと、格好いいだとか言ってられないんだ」
「……じゃあ俺はどうすれば良いというんだ」
どうともできないままにセフィロスがそんなことを呟く。
その答えは、多分今はもう無いものだ。もしザックスがまだセフィロスという人物についてそれほど知らなければ、まだそんな言葉は出てこなかったかもしれない。
知らないものがあれば、人は憧れ続けることができるのだから。
でも、今はもう無理だ。
「分からないけど…どうも出来ないんじゃないかな。ただ俺が辛いってのは…」
そこで一旦言葉を止めたザックスは、何故か無意識に拳を握り締めた。
それから、一気にこう言う。
「絶対届かないって思ってたアンタが今ではこんな側にいて、しかもいつだって俺なんかを選ぶのが辛いんだよ。俺にとって憧れレベルだったアンタが、俺の言葉一つでこんなふうに予想外のこと言ったりやったりするのが、俺、すっげえ辛いんだよ!」
「ザックス…!?」
「だってそうだろうがよ。他の奴らの前では冷静な面して沈黙してるアンタが、俺の前だとそうやって色んな表情して色んなことペラペラ喋って!…俺はアンタの親友だとかになれるようなレベルの人間じゃないんだぜ!?…それなのにアンタは…そうやって」
「ザックス…おい、お前…」
少し戸惑ったようにセフィロスがそう声を出す。
しかしそれすらザックスの中では辛いことだった。
他の人間にだったら、同じ台詞を言われても沈黙を守り冷静を守るだろうセフィロスが、そんなふうに戸惑うのが辛い。
「頼むから俺の前でも威厳保ってくれよ。頼むから…俺の前で本音なんか、零すなよな…」
「……」
背を向けたまま告げられた言葉は、そこで途切れた。
セフィロスはその言葉を受けて、どう対処したら良いか分からないといった様子だった。
確かにそう言われても、では今から違う態度で接しようといっても出来ることではない。
大体セフィロスにとってのザックスへの態度というのは無意識に形成されていたものだったので、意識的に他の人間と同じようにしろと言われてもそれはかなり難しいものだった。
セフィロス自身も、ザックスだからといって態度を切り替えているわけではないのだ。勝手に切り替わってしまうのだ。
しかしそれが何故そうなったかといえば、やはりそれは、二人の過去があったからでしかない。
今迄に共にしてきた時間が、今のセフィロスの態度を可能にしたのだろうから。
「では聞くが…そう、かつてのように白々しい態度でいれば、お前は満足なのか?俺がお前に一言も口を聞かず、いつでも興味すらなく…そうしていれば。それでお前は満足できるというのか」
「…そういう意味じゃねえよ」
「では何だ」
「…だからさ」
だからそれは―――――…それは。
「昔は大きな存在だったアンタが…今は小さく見えるのが、嫌なんだよ。そういうふうになるくらい大きくなっちまった自分も、嫌なんだ」
「―――……」
言葉を返せなかったセフィロスにザックスは、だからどうすることもできないんだ、と言う。経験や過去は今更取り消すことなどできない。だからそれはそれで仕方ないことなのだ。
つまりは、どうしようもない。
受け入れるしかない。
けれどそれにジレンマを感じずにはいられない…つまりこれが我が侭だということを、ザックスは知っていた。
あの夜に自分は我が侭だと言った、その言葉が蘇る。
あの時はあの場限りの逃げ言葉でしかなかったが、あれは強ち嘘ではないらしい。
セフィロスに何かを求めるのは間違っているのだ。今更過去のような態度を取られたら、それはそれで自分が辛くなると分かっているのだ。
ただ、過去あまりにも大きな存在だったセフィロスが、あんなに常人離れしていると思っていたセフィロスが、結局は普通の人間でしかなかったという当然の事実が辛く感じるというだけの話で。
しかもそのセフィロスが本音を吐く場所が自分だと分かってしまったのが、辛くて。
セフィロスに憧れるしかなかったような自分が、今ではその人をある意味では握ってしまっているのだ。嬉しいという気持ちを凌ぐほど、それは切ない。
大きかった存在が小さく見える瞬間というのは、とても切ないものだ。
凄いと思っていたものが、実はそれほど凄くなかったと知った時は、切ないものなのだ。
だから―――――ただ“辛い”と思っていた。
「―――――…凡人である俺は嫌か?」
そうセフィロスの声が響く。
「…少しな」
「では、今は言わずにおこう」
「え?」
「いや。いつか言おうと思っていた言葉があったんだが…それはまだ言えないようだ。何しろお前の中でまだ俺は凡人と超人とが半々らしいからな。凡人たる言葉は、まだ控えておこう」
「…何だよ」
「気にするな」
そう言ったきり、セフィロスはその話題については触れなかった。
その代わり、違う話題をザックスに振り掛ける。それは先日拒否されたものへのリベンジであるかのようにも感じられる、いわば誘いの文句であった。
「今夜少し飲まないか。お前が嫌というなら強引には誘わないつもりだが、たまには良いだろう。……もっと色々見えるかもしれないし、な」
どうだ、そう答えを求められて、ザックスは正直迷った。
この前は即座に断ったが、今は状況が違う。
心の内も知られてしまった後であるから、そのような場では更なる告白になるとも限らない。けれどもそういった本音の明かしあいこそが、もしかしたらこのジレンマの解消法なのかもしれないと思う。
そう考えて、ザックスはこう答えた。
「…分かった。良いよ、飲もうぜ」
その返答を聞きセフィロスはふっと笑みを漏らしたが、それは背を向けているザックスには届かなかった。
「ではついでにもう一つ。ザックス、やはり今回の任務はお前が同行するように」
「え?」
思わず耳を疑う。これほどの会話の後にその決断がくるとは思わなかった。
が、しかし。
セフィロスの口から出た言葉は、その決断の理由を明確にしていた。
「―――――悪いがな、俺はそうしたいんだ。お前と共に任務を遂行したい」
ビールを流し込む。
ただただ流し込む。
隣で管をまいているのは、単なる凡人だ。
あの日の栄光も、威厳も、何も感じられない、ただ英雄と名を貰っただけの凡人。
だけどそれでもザックスは思うことがあった。
多分自分は、そういった憧れとしてのセフィロスは失ってしまったが、その代わり得たものがあるのだろうと。
それはきっと、自分が嫌っていた“常人でしかない英雄の姿”だったのだ。
それは誰もが欲しがりながらも手にいれられない、きっとプレミアなのだろう。
それを毛嫌いしていた自分はまだ心のどこかで燻っているけれど、結局は今隣にある姿こそがその人の真実なのだ。
大きくなってしまった自分は今でも切ないが、それでも仕方無い。
だって過去の自分は、その人が結局は常人であるという事実ですら見抜けなかったのだから。
そう、つまりは―――――大きくなりすぎたとか、成長しすぎたとかではなくて。
そうではなくて、あの頃の自分には見えていなかっただけなのだ。
真実なんか見ずに、憧れだけを抱いていたのだ。
そう思うと、何だかその状況も素直に喜べる気がした。
ビールを流し込む。
ビールを流し込む。
それと同時に、過去の青かった憧れも流し込む。
そして残るのはきっと―――――……
「言いたかったことがあるといったのを…覚えているか?」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「―――――ザックス、お前にずっと言いたかったのは…」
「俺には、お前が必要なんだ」
そして残るのはきっと、その言葉だろう。
END
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