「クラウド、どうしたんだ?」
俺が悶々としているのを見て、レノが不思議そうな顔をしてそう言った。
だから俺は慌てて、ううん、何でもない、って首を横に振りながら、フォローするみたいに、
「今日こそはストーカー見つけようね!」
そんなことを言う。
だけどそう言った俺は内心ドキドキしていて、そんなのは嘘だって思ってた。
確かにセフィロスの為にストーカー退治はしたいけど、それより何だか大きくなってしまったことがあるような気がする。
だって、例えばストーカーを退治できたら俺はもうこんなことをしなくても良くなる。そうするとこの時間は無くなるわけだから―――…俺はもう、レノと二人だけで時間を過ごすこともなくなるんだ。
「…そっか…そうなんだ」
俺はそこに行き当たって、何だか微妙な気持ちになった。
ストーカーを退治するってことは、レノとはもう二人でこういう時間を過ごせないかもしれないってことなんだ。
そういう、事なんだ。
「なに暗い顔してんだよ。ストーカー退治するんだろ。気合入れなきゃだぞ、っと」
「…うん」
俺はレノの言葉にそう頷いたけど、とても気合なんて入れられるはずもなかった。
良く考えると今までだってずっと同じことだったんだ。ストーカーを退治しようと頑張れば頑張るほど、この時間が無くなるかもって…そういう事だったんだ。
何で今更気づいたんだろ。遅すぎるよ。
俺はそうして少し落ち込み気味になってレノの隣に立っていたけど、隣のレノはそれとは対照的に意気揚々としてた。
今日はちょっと仕事がさ、なんて言ってる。きっと遅れた理由か何かを言ってるんだろうけど、まるで耳に入ってこない。だけど、最後にレノがこう言った時、さすがにそれは俺の耳に入り込んできた。
「さて、と。今日こそはマジに片付けるぞっと。ま、簡単だけど」
「えっ」
俺は思わずそんな声を上げてしまうと、ちょっと困った顔つきになった。それはいかにもオカシイ表情だったんだろうなって思う。
それが証拠にレノは、あれ、という顔をしていた。
「捕まえたいんだろ、ストーカー?じゃなきゃ英雄が正宗売り飛ばすぞっと」
「いや、そうだけど…さ。何かその…」
「何だよ?」
俺はレノを見ながらも口をもごもごさせた。何だか言葉が出てこない。
まさか此処で、退治したらもう会えないよ、なんて…言えるわけないし……っていうか、そんなこと言ったら気持ち悪がられる…のかな。
レノはこの時間のコト、どう思ってるんだろう。
必ず来てくれるけど、一体どう思って此処に来てくれてるんだろう。
そんな俺の微妙な気持ちは、表情になってレノの目に映ってた。レノの眼の中には俺がいて、その俺っていうのは何だか情けなさそうな顔をしてる。…最悪だ、俺。
でも。
「――シケ面」
「あてっ!」
ペシッ!
そう音が響いて、俺のオデコに痛みが走る。
レノが俺にデコピンしたんだ。こんなローカルなこと、久々にされた。
俺はさすさすとオデコを摩ると、何だよ、と一応文句を垂れてみる。でも本心では全然文句なんて無かった。むしろ、何だかこういうのって近い感じがして良いなあなんて思ってた。
「ヤル気失くすなよっと。一応兵士なんだろ。受けた依頼は確実にこなす!…だろ?」
「そうだけどさ…」
そうだけど、何だかヤル気が出ない。
何だか今日はダメみたいだ。さっきのことに気付かなければこんなヤル気ダウンなんてしなかったんだろうけど。
でも、そんなヤル気ゲージの下がってる俺に、レノは拍車をかけるようにこんなことを言ってくる。
「クラウド、今日は確実終わらせるぞ。あてもあるし」
「あてがある…!?」
俺はビックリして声を上げた。
あてがあるって…レノは調べてたってことか?
でもそんなあてなんか出来ちゃったら、もうこの時間は無くなっちゃうのに。
「そのあてってどんな?誰だか分かったってこと?ストーカー誰だったの?」
俺は焦ってたんだか、単刀直入にそう聞いた。
「んー、誰ってことはないけど。でも英雄はマトモに戻るんじゃないかな。もうスゴク簡単。朝飯前だぞっと」
「え…あ、朝飯前って…」
そんな手っ取り早く捕まっちゃうんだろうか。
だったら最初からそうすれば良かったんじゃないかとか、普通だったらそう思うんだろうけど、俺はちょっとどこかオカシクなってて、そんな早い方法なんて嫌だと思ってた。
だから、そのレノの朝飯前っていう方法が気になって仕方無い。
そんな不安な俺の隣で、レノときたらニヤニヤ笑ってた。
「でもホラ、手柄はクラウドにやるからさ」
「要らないよ、そんなの!…それより…それってどういう方法なの」
「どういう、ね…。んー…」
レノは少し考えるふうにして天井を見上げえると、暫くして俺に視線を戻した。
それから、
「じゃ、やってみる?」
そんなことを言う。
やってみる?、って―――何だよそれ!?
俺はワケが分からないまま、それを敢行したら今すぐこの時間が終わるんだと思って悲壮な顔つきになった。そんなの嫌だ。でもストーカー退治しなきゃ。
でも…――――そんなの嫌だっ!!!
「やだ!俺、そんなのしたくない!!」
俺は無意識の内にそう叫んでた。しかも心底そう思ってたからか、両手は拳を握ってて、目なんかはギュッと瞑ってて。
そんな俺の叫びにレノは一瞬驚いたみたいで何も言わなかったけど、すぐにいつもの調子で「大丈夫大丈夫」なんて言ってくる。何が大丈夫なんだか分からない。レノは大丈夫でも俺は大丈夫じゃないのに。分かってるのかよ、レノの阿保!
俺は心の中でそう散々レノをなじった。
なじって、なじって、なじって――――…でも。
「じゃ、俺にキスしてみ?」
―――――え。
「な、なな…えっ、なに…???」
聞こえてきた言葉に、俺は唖然とした。違う、パニックだ。
何か今スゴク不思議な言葉を聞いた気がしたけどまた宇宙語かな。でも違う、何だか妙にドキドキするような…でも、でも…ええっ!?
とにかく混乱そのものだった俺に、レノは笑ってもう一度その言葉を繰り返した。
「ストーカー退治したいだろ?だったら俺にキスしてみ?」
「え、ええ…え、だって、何で。だって、それとこれと何も関係なんか…」
「関係あるぞっと。だってそれがストーカー退治方法だから」
「はあっ!?」
何だよ、そりゃ!?
訳わかんない。意味わかんない。宇宙語だ。もうホント宇宙!
俺がそんな状態だっていうのにレノは、やるのかやらないのかどっちだよ、なんて言ってくる。酷い、こんな訳わかんない状態なのにさっさと二者択一しろっていうんだ。酷いよ。
キス…何でそれがストーカー退治方法なのか分からないけど、とにかくソレしたらこの時間が終わっちゃう。キスが嫌ってわけじゃなくて、その先が嫌だ。
「ストーカー退治したら……全部無くなっちゃうよ!」
「無くならないって」
レノは分かってんだか分かってないんだか、そんなことを言う。
もう…適当なこと言うなよ!!
「無くなるよ!絶対無くなる!」
「無くならない」
「嘘だ!もうレノ来ないよ、仕事あるし、もう絶対来ないじゃん!」
「そんなこと無いって。来る、ちゃんと来るよ」
「嘘つき!!」
「嘘なんかつくかって。…もー…仕方ないヤツ」
俺はもうワケが分からなかった。自分が何言ってるのかも良く分かってなかった。レノが目の前で笑ってるのが余裕綽綽ってカンジで何だかヤケにムカついた。
俺はこんないっぱいいっぱいなのに、笑ってる場合かよ!って。
でも、散々叫んだ次の瞬間、俺はもう次の言葉を叫べなくなってた。
「んー…っ」
ビックリして見開いた目の中に、レノがいる。
これ…って、いわゆるキス――――だと思うけど……。
…ドキドキ…
…ドキドキ…
何だかヤケに鼓動が早くて落ち着かない。
何だろう、生暖かいカンジが唇に伝わってきて…それから、それから…。
「んっ、つ…」
舌まで絡んできた…何か、ヤバイ。
俺は段々目を閉じていくと、暫くレノがしてくるままに唇を預けてた。その時間は何だかヤケに長く感じて、でも嫌じゃなくて、むしろもう少しこのままいたいような…そんな気分にさせた。
「…やばいな」
少ししてふっと唇が離れた瞬間、レノの口からそんな言葉を漏れる。
俺はその時まだうとうとした感覚の中にいたけど、その中でも取りあえず、何が?、ってレノに問いかけてた。
「いや…これ以上やってると変な気起きそうかなって」
「変な気?」
「あー、っと!何でもない。とにかくこれでストーカー退治は完了だなっと!」
そう言われて俺は、そういえばストーカー退治=キスということを思い出した。
そうだ、何でこれがストーカー退治なんだ。ついうとうとして忘れそうになってたけど、思えばそれが問題なんだった。
だから俺は、うとうとしてたクセに怒ったみたいな表情をしてレノに抗議する。何でこれがストーカー退治なんだよって。
それに、さっきレノが言ってたことだって本当かどうか妖しい。ストーカー退治したらもう全部なくなるのに、レノはそれを大丈夫だって笑ってた。何も確証ないクセに。
…あれ…?
でも何だか変だな?
だって俺は言ったんだ、もうレノは来なくなるだろって。そしたらレノは大丈夫だって、来るって、そう言ってた…ような気がする。
ってことは…あれ…??
俺―――無意識の内に言っちゃったんだ。
レノに告白みたいなこと…言っちゃったんだ。
「俺…っ」
俺は今更そのことに気付いて、顔が赤くなった。何を今更ってカンジだ。だって今さっきキスまでしちゃったのに、こんなの今更すぎる。
そんなふうに俺がどうして良いか分からなくなってる隣で、レノはやっぱり笑ってた。めちゃくちゃ余裕ってカンジだ。
「俺はタークスだ。タークスってのはな、受けた仕事は絶対完遂、失敗は許されないんだぞっと。だから、狙ったターゲットは絶対仕留める。例えどんな手を使ってもな」
「な…にソレ。訳わかんないよ。どういう意味?」
恥ずかしくてレノの顔から目を反らしたまま俺がそう言うと、レノはわざわざ俺の顔を覗き込むようにしてきた。…何だかスゴク嫌なカンジ。
レノは、笑ってる。
「だから、俺はクラウドを仕留めたかっただけ!その為にメール打ったり手紙書いたりするわけだ。で、仕上げに英雄に入れ知恵だ。クラウドにストーカー退治頼めば良いんじゃないか、って…なあ?」
「―――――はっ!?」
……何だ、ソレ。
ってことはつまり、ストーカーの手紙もメールもレノの仕業ってことか?
しかもしかも、セフィロスが俺にストーカー監視兼退治を頼んできたのも、元はといえばレノが仕組んだってこと…!?
な……何だよ、ソレ―――――!!!
「英雄のストーカーなんて命が惜しくて誰も出来ないだろ。盲点っていえば盲点だな。まずは外壁からやっつけておかないと」
「外壁って…」
俺はふとあの宇宙空間を思い出す。四人での空間。
俺の周りには、いつもセフィロスやザックスがいた。
レノはそこにやってきて同じ宇宙語を話してたけど、俺と二人きりになると普通の会話をしてた。
つまりそれって…外壁って、セフィロスとザックスのこと?
この時間の為に、まずは四人の空間を作って…って、そういうこと?
…だとしたら。
「戦略家。イヤらしい。最低」
「それは誉め言葉だろ?」
ニッと笑うレノが、俺の眼には映ってる。
俺は膨れ面をしながらも、最後には笑ってた。
俺は今、大好きなストーカーの側にいる。
END