これは悪夢だろうか?
いや、夢だったらまだ良い。これは現実だ。
今、冷や汗をたらすクラウドの前に、大仏か何かのようにデンと構えた大層恐い物体がある。それは何を隠そうこの家の主であり、クラウドの隠密作業を絶対に知られてはならない相手だった。
参考までに言うと、その大仏の名前はセフィロスという。
「―――――で、クラウド。一体お前は何を企んでいるんだ」
大仏セフィロスは、大仏というより悪魔という言葉がピッタリな嫌らしい笑みを怒り混じりに浮かべると、恐れ多くもそんなことを仰る。
許されるなら此処で、申し上げるほどのものじゃあございません、とか何とか言って切り抜けたいところだったが、残念ながらその悪魔はそれを許してくれそうもない。どうやら、申し上げるほどのものじゃあございますらしい。
そんな状況に陥ったクラウドだったが、クラウドはクラウドなりにそこで踏ん張っていた。
いかにも恐ろしいセフィロスがそんな詰問をしてくるというのに、此処で口を割ったらザックスの身まで危ないと、親切にもそう思って固く口を閉ざしている。実に涙ぐましいではないか。
しかしそんな涙ぐましいクラウドの努力も、悪魔を前にしては無意味であった。
何しろ悪魔は悪魔である。悪魔は悪魔らしく、それなりの所業を行うのが当然。最早そこに大仏の影は無い。
「なるほど、だんまりというわけか。…良い根性だ」
セフィロスはそんな恐ろしげなことをサクッと言ってのけると、では、とか何とか、更に恐ろしそうな接続詞を口にする。一体何が「では」なのだか気が気ではない。
そんな気が気ではないクラウドに降り注いだ言葉―――――それは、こんなものだった。
「お前がそのつもりならばそれも仕方ない、良いだろう。だがクラウド、いかにお前がこの家に慣れたからといって、何でもかんでもやって良いという訳じゃない。要するにお前の行為は人権の侵害に近い」
何故そこで人権なのかは良く分からないが、悪魔がそう言うからにはそうなのだろう。というか悪魔は人間なのだろうか、ちょっと微妙である。
「それを犯したからには、お前も少し痛みが必要だな」
「い、痛み!?」
その残虐(?)な言葉に思わずヒッと顔を引きつらせたクラウドは、その痛みという言葉から一気にあるものを思い出した。
それはそう――――――牛乳だ。
クラウドの脳裏には、幼き日々の記憶が蘇っていた。
ガブガブと牛乳を飲んだ挙句に腹を下して下痢になったあの儚くも切ない思い出が過ぎり、まさかまたあの痛みを受けろというのかと顔面蒼白になる。あの腹痛を考えると思わず頭痛までしてしまう気がするのは何故だろうか。
きっとセフィロスは、あの冷蔵庫にあった牛乳を飲めとそう言うに違いない。そしてあわよくばその牛乳で腹でもこわしてしまえと、きっとそう思っているのだ。
そういえばサイコロステーキ300gパックは賞味期限が4ヶ月も過ぎていたが果たしてあの牛乳はどうであったろうか…そういえばチェックしていない。何たることか、これは実に大きな過失だ。
もしやあれも賞味期限が4が月ほど経っているのでは――――――!?
…そう思うと気が気じゃない。
「ではクラウド、今から俺の言うとおりにするんだ」
「うっ…!」
ああ…とうとう…―――――。
そう諦めムードになったクラウドは、観念したかのように息をつくと、眉を八の字にさせて自ら冷蔵庫に向かった。
「…おい。何やってるんだ」
「え。いや、だから牛乳を…」
「?…その牛乳は賞味期限が半年ほど過ぎているはずだが」
「は、半年!?」
予測を二ヶ月も上回るとは――――――!
思わずクラウドは「半年」の言葉の「し」の形に口を固定させたまま顔を強張らせたものだが、それよりも半年も賞味期限が過ぎている牛乳を冷蔵庫に保管しているのはどうなんだとそちらの方に驚きを隠せなかった。
しかし、悪魔は容赦ない。
「そんな訳の分からない事をやっていないで、早く言う通りにしろ」
「…半年…か…」
「おい、牛乳は関係ないぞ」
「えっ」
何だ、関係なかったのか――――そうクラウドがホッとしたのも束の間、悪魔は悪魔なことをサッと口にする。無論、嫌らしい笑みを浮かべながら。
「―――――さあ、パフォーマンスでもしてもらおうか」
その意味深な言葉を耳にしたクラウドは、最初、何だそんなことか、と訳のわからない安堵をした。がしかし、良く考えてみるとそのパフォーマンスとは一体何ぞやという疑問が浮かんでくる。
というかまず最初にそれが浮かばなければならないのに何故だか最後にそれがきてしまったのはクラウドが相当焦っていた証拠かもしれない。
して、そのパフォーマンスというのは、悪魔曰く「俺を満足させるもの」でなくてはならないらしい。
悪魔たるもの、生贄を要する。
ではその生贄とは一体何だろうか。まさか処女の血などとは言わないだろう、クラウドは男なのだから。
処女の血は無い、だからその変わりは…。
「お前とこの前寝たのは確か二週間前だったな…溜まってるだろう、クラウド?―――――ソイツを出してもらおうか」
「…はい?」
―――――今、何かとてつもなく危険な言葉を聞いた気がしたが、それは気のせいだろうか。
そう思ったクラウドだったが、どうやらそれは気のせいではなく現実だったらしい。
「聞こえなかったか?俺の前でイってみろ」
「…イ、イくって…え?そ、それってどういう…」
「飲み込みの遅い奴だな。俺の前でヤってイけということだ」
「え、だからそのヤってっていうのは、つまり俺は何をすれば…」
セフィロスとすることしか考えになかったクラウドにとっては、それは意味の分からない言い方だった。
だからヤれといわれてもセフィロスが何かリアクションをしてくれなくては始めようにも始まらないという感じだったが、それはどうも根本から意味が違っていたようである。
「だから。お前は俺の前で自分でヤれば良いんだ。独りでもしてるんだろう?」
「独りで―――…って!そっ、そんなこと出来ないよ!」
やっと意味を理解したらしいクラウドは、俄か慌てふためいてそんなふうに喚いた。ついでに顔もブンブンと横に振っている。
何しろ、そんなことは本当に出来っこない。セフィロスの前でなんて。
普通に考えても誰かに見られるなんて恥ずかしいのに、よりにもよってセフィロスの前でなんて、とてもじゃないがやりたくない。これでは本当に悪魔だ。
しかし、セフィロスがそんなクラウドに対して優しい言葉などかけるはずがなかった。何せこれは、クラウドが勝手な行動をした挙句にその理由を言わないことへの、いわばお仕置きなのだから。
「出来ない?そんな事はないだろう、クラウド。出来ないわけがない。出来るはずだ」
「で、出来るとしても、そんなの嫌だよ!」
「お前に拒否権があるとでも思ってるのか?嫌じゃなくてやるんだ。出来ないじゃなくてやるんだ。嫌がるな。やれろ。というか、やれ!」
もう既に滅茶苦茶である。
ともかくセフィロスは駄目とか無理とかそんなことは一切許さずに、やれ、とそう言う。
そう言うからにはやるしかないのだろうが、そんなことを言ったって、やっぱりどうしてもやりたくない。幾ら悪いことをしたといっても、何でこんな事をしなくてはならないのだろう。
出来ればもっと違うことにして欲しかったとクラウドは思う、例えば牛乳一気飲みとか――――…まあ、それも少々辛いが。
「簡単なことだろう、クラウド?お前も最終的にはスッキリする、それで許されるんだぞ。これほど楽なことはないと思うがな」
「…そうは思えないんだけど…」
「そうか、そう思えないか。だが残念だったな、お前に拒否権はない。よってお前は今から俺の見ている前で抜くんだ」
「……悪魔」
思わずクラウドは本音をポロリと漏らした。
だって、それはどう考えても悪魔の所業に違いない。
しかしその悪魔は悪魔であるからしてやはりそれを遂行しないことには収まらないらしい…となればクラウドはやはりそれをやるしかないのだ。
しかし此処で原点に返って考えてみると、それに従うことがいかにオカシイことかがわかる。何しろこれは元々ザックスから頼まれただけのことなのだ。
だから此処で、実はあれはザックスに頼まれたことで…とか何とか本当のことを話してしまえばそれでチャラになるはずである。
それは最初にクラウドが思っていたことに反する考えではあったが、それでも出来ないわけじゃない。
しかしそれでも目前のセフィロスは、今更それを言ったところでそのパフォーマンスを止めてくれる気配などさっぱり何処にも無かった…。
はあ…何だか人間不信になりそうだ―――――。
そんなことを思いながらもクラウドは、セフィロスが指定した場所で憂鬱な面持ちながら体勢を整えた。
セフィロスはといえば、監視とばかりにすぐ隣でじっとクラウドを見ている。…至極最悪。
ともかくクラウドはなるべくセフィロスを視界に入れないようにすると、体育座りのような格好を固定させて、丁度溝になった股間にゆるゆると手を忍ばせた。
ズボンのジップなどを下げ、その中へと更に手を進めると、かなり躊躇った後に大切なソコをするりと取り出す。この時点でもう既に羞恥心の針が大きく揺れ動いていたのは言うまでもない。
いくら視界に入れないようにしていても、そこにセフィロスがいると頭のどこかで知っているから、どうしても「見られている」という気分になってしまって駄目である。
「…もうっ」
―――――目を瞑ろう!
そう思ってクラウドはギュッと目を瞑った。
そうしてみてもセフィロスが隣にいるというのは分かりきっていてやっぱり何処か嫌だったけれど、ともかく目を瞑ればそのものズバリ自分の行為自体は見えない。
ともかくイってしまえばそれで終わるんだから…そう思ったクラウドは、なるべく行為に集中しようといろいろなものを想像しはじめた。いや、妄想かもしれない。
しかし――――こういう時に限って良いものが浮かばない。
「ううっ…」
取りあえずは摩擦を始めてみたものの、何だか良いものが浮かばない為にイマイチ気持ちよさに辿り着かない。これでは長々となってしまうだけじゃないかと思うと、余計に焦って素に戻ってしまう。正に、悪循環。
「どうした、調子が出ないのか」
その上笑みを含んだ調子でそんな声が聞こえてくると、クラウドは一気に萎えていった。
「…もうっ。できないよ、こんなのっ」
目を瞑ったままそう抗議すると、それを聞いたセフィロスが小さく笑う。セフィロスからすれば、自分が見ていることで集中できないのが分かっているのである。その上それを強要しているのだから極道そのものだ。
しかしそんなセフィロスも、とうとう優しさらしきものを提供してくれたようである。それは勿論パフォーマンスを成功させる為の優しさであって、止めても良いという基本的な優しさではない。
で、その優しさらしきものといえば、これだった。
「協力してやろうか―――――こうして」
「うわっ…!」
すっと伸びてきたセフィロスの手。
それがクラウドの手に重なり、クラウドの手の上から動きを与える。自然、クラウドの手も動き、それが摩擦へと変わっていく。
確かにこれは協力である。強力な協力である。こうされては、動かないわけにはいかない。
直に触れているのは勿論自分の手だからその感触は自分のものだが、しかしどうもセフィロスにそうされているような気分になるそれは、段々とクラウドの気分を高ぶらせた。
最初はセフィロスが見ていると思うとそれだけで萎えてしまう有様だったのに、これは一体全体どういう事なのだろうか。
何だか、セフィロスにされていると思うと……妙に興奮して、感じる。
そんな自分の気持ちの変化すら何だか恥ずかしい気がしたけれど、今や気分は高揚気味で、それは羞恥心を上回っていた。
「ん、んっ…んん…」
目を閉じたまま俯いていたクラウドは、自然と緩まった口元から吐息を漏らす。それは下降していき、勃起したそれを上下する手に落ちていった。
「固くなってきたな」
悪魔の笑みを漏らしながらそう言ったセフィロスは、じゃあもう少し色を付けてやろうか、などと意味深な言葉を発する。
色って一体何だろう?
クラウドがそう思った瞬間、セフィロスの言うその色は追加された。
「あっ…!」
セフィロスの片手はクラウドの手に重なったままだったが、もう一方の手が何だか妙な動きをし始める。
その手は後ろからクラウドの肩を抱くように巻きつき、更には脇の下を通って上半身を嘗め回した。それが胸の突起を弄り始めたのはその後直ぐのこと。
「あ、あっ!んっ…つ」
ダブルで攻められて一気に感度を増したクラウドは、何だか良く分からないままに今や至近距離にいるセフィロスの半身にしがみついた。胸の辺りをギュッと掴んで、そのまま顔までもを埋める。
そうすると、何だか抱きしめあっているみたいな暖かさがあった。
セフィロスの髪と思われるものがクラウドの頬にかかる。それが時折揺れると、何となくセフィロスとしている時のことを思い出した。
そういえばいつもこんなふうに髪がかかって、それが少しくすぐったいななんて思っていた事を。
今あるのは、セフィロスとしている時とはまた違う刺激だけれど、最終的に達するとなればその経路は同じことである。
とすればこれは、ある意味ではセフィロスとしている時と同じようなものかもしれない。
体のどこかで上り詰めていく感じ…それがクラウドの興奮度を更に高めた。
だから、いつの間にかクラウドの手の動きは、嫌々ながらではなく自発的なものへと変わっていく。
…セフィロスの協力などもう要らないくらいに。
「やればできるじゃないか」
耳元で囁くセフィロスはやはり悪魔並であったが、その時はもうそんな事を考えている余裕は無かった。その言葉すら興奮剤と変わるくらいで。
「はっ、あ…セフィ…ロスっ…!」
「ん…」
「もう…む、無理―――っ」
「そうか」
目前の胸に、ギュッと、強く強く抱きつく。
その中で固く目を瞑り、クラウドは声をくぐもらせたまま果てた。