13:終止の釘
良く晴れた日。
その日、ヴィンセントはクラウドとともに仲間の群れから抜け出した。
それは、中途半端に止まってしまった先日の会話の続きをするためである。
結局、クラウドにはまだ伝えていない。
夜、クラウドが何をしているかという事実を。
呼び出した先で多分、クラウドは真っ先にそれを聞きたがるだろうが、多分それは言えないような気がしていた。
とはいえ、そういう事実を受け入れてもらわなければ、何一つ解決にはならないだろうと思う。
この先―――――どう考えても、ぶち当たる壁だから。
意味の無いところでパーティを2つに分けようと言い出したクラウドは、訝しむ仲間達に微笑みを残し、ヴィンセントについてきていた。
2人だけのパーティだなんてどう考えてもおかしい。みんなには散々そう言われたが、なんとか切り抜けたものである。
クラウドがほかの仲間の対応をしていたせいか、ヴィンセントは周囲の疑惑の視線を一切受けていない。
というより、会話の内容に思考を巡らせていてそれどころではなかったのだ。
「で…教えてくれるんだろ?」
人通りから離れた場所に到着すると、開口一番、クラウドがその言葉を放った。
どういうわけか、今日は幾分かその表情が明るい。
「ああ、そうだな」
ヴィンセントは髪をかき上げながらそう呟き、これからどう話そうかと考えた。
取り敢えず、そのものずばりを言うのは躊躇われるので、遠まわしにこんなことから話し始める。
「クラウド。夜のお前は、今のお前とはずいぶんと違う」
「…そうか」
クラウドはそれについて、ではどういう雰囲気なのかだとか、そういった詳細は聞いてはこなかった。ただ、それを聞いて、何となく納得したような顔をしている。
「私が夜のお前を知った原因は、ティファだ」
「ティファ…か」
ティファがお前を過剰に心配してるのは知ってるだろう、と続けた質問に、クラウドは素っ気なく「ああ」と答えた。
それは多分、目前のクラウドも知ってることだろう。この前ティファが、バレットの罵声からクラウドを庇ったことでもそれは分かる。
「…お前はティファの事になるとずいぶん態度が素っ気無いな」
何となく気になってそう聞くと、
「そうかな。普通だよ」
とクラウドは答える。それこそ素っ気無い。
「心配してるぞ」
「…頼んでない」
少し強張った表情でそう言うクラウドに、ヴィンセントは首を傾げた。
やたらおどおどしてるかと思えば、こうして妙に強気なところもある。昼のクラウドでも妙なところは妙だな、思わずそう感じてしまう。
そう思うヴィンセントの前で、クラウドは例の話題について催促しはじめた。それはまるでティファの話題を遮るかのように。
「…これは推測だが。私が思うに…お前は夜の自分について自覚が無い。だが、夜の顔を持つあの男は、昼のお前が言ったこともちゃんと知っていた。つまり夜のクラウドには”自覚”があるんだろう」
「夜の俺は…なにか言ってたのか?ヴィンセントはなにかを聞いたのか?」
突然目を見開いたクラウドが、少し怯えたような表情でそう問う。
「ティファのことだ」
「あ…ティファの事か」
「…?」
クラウドはヴィンセントの回答を聞いて、あからさまにホッとしたような表情を浮かべた。どうやら、ティファのこと以外にも聞かれたらまずいことがあるらしい。
「…クラウド。お前…あの話は嘘なのか?」
「“あの話”?」
首を傾げるクラウドを見て、ヴィンセントは、ああ、今は自覚がないのか、と思い返す。そして、分かりやすくこう言い換えた。
”そういうクラウドの言動の原因はセフィロスだという話は嘘だったんだな?”、と。
それはあの酒場でティファを安心させた言葉であり、またヴィンセントを迷わせてた言葉でもあった。
今さらクラウドの言動に驚くことも無いが、何故そこまでして嘘をつくのかは腑に落ちないままである。
そういえば夜のあの男は言っていた、今までのことを全て知っていた、と。
しかし、果たして今目前にいるクラウドはどうだろうか?
もしかすると、それすらも知らないのではないか――――――。
「あれは…」
クラウドはふっとヴィンセントを見上げて呟いた。
「あれは嘘って訳でもない…けど、それが原因じゃない」
「では一体何のために嘘なんかついたんだ?」
「だって一番安心できる言葉はそれしかないだろ?セフィロスは今は敵でしかない。憎むべき相手は、そういうところにいた方が良いだろうから…」
「憎むべき?」
「もう良いよ。やめよう、この話は」
クラウドはそう口にすると、そっと顔を伏せる。
そんなクラウドの様子を見つめながら、ヴィンセントはある男の顔を思い出していた。それは…そう、あの夜のクラウドの顔である。
同じ顔、同じ声。
それでも―――――違う。
……馬鹿馬鹿しい、何で今さら思い出したりするんだろうか、あのクラウドのことを。
今なら目前のクラウドだって何らかの事情は話してくれそうな気がする。それなのに、その隙をつくようにあの夜のクラウドの余裕を携えた笑みが浮かんでくる。
「さっきの話の続きに戻ろう。…あの男には自覚があるんだ。それはもはや別人といっていいだろう。性格も違う、言動も違う…となればな」
「そうか…。でも俺にはわからない。そいつの性格なんて知らないし…」
まあ当然か、と続けてクラウドは少し笑う。確かに本人同士が出会うなんてことはまずないだろう。
その少し乾いたような笑いを目にとめながら、ヴィンセントはティファから受けた依頼について話すことを決心した。
だってそれが、“始まり”だったから。
それがなければ、こんなふうに関わったりはしなかった。
けれどこうなってしまって離れることもできないとなれば、もう話してしまっても良いだろう。
そもそもティファはクラウド自身に聞けないからと、遠まわしに探りを入れ始めたのだ。それを考えれば、これは実に直球で、本来なら一番理想的な方法なはずである。
とはいっても―――――クラウドは結局、その事実を知らなかった。何かはまだ隠し持っているとしても。
「クラウド。私はティファに頼まれたんだ。お前が暗い顔ばかりみせるその裏には、何かがあるのではないか、と」
「……」
「結局ティファは、この前お前が出した嘘の答えに納得した。…彼女も焦ってたんだろう。すっかり納得しきってるみたいだからな」
「……それで?」
「お前は夜の自分を知らない。だが、そういう夜のお前が出来上がったのは、つい最近の話ではないか?…それは時間でいえば、お前が暗い表情ばかり見せるようになってからだ」
「…何が言いたいんだ、ヴィンセント」
ゆっくりしたそのクラウドの言葉に、ヴィンセントはあくまで冷静にこう告げる。
「つまり、”何かが原因で”―――――お前の人格は、割れたんじゃないだろうか」
「―――――…」
その結論めいた言葉に、クラウドはただ黙り込んだ。
詳細すら知らないはずなのにそういう態度を見せるということは、そこにはっきりした意味や理由があるからだろう。
きっとクラウドは気付いたのに違いない。彼自身がひた隠しにする”何らかの原因”が、自分の人格を2つに分裂させたという事実に。
それは、まるでクラウド自身がそのヴィンセントの説明に納得したかのような態度だった。
がしかし、少ししてクラウドは急に笑みを漏らしてこんなことを口にする。
「…正気か、ヴィンセント?」
「何?」
クラウドは苦笑すると、一歩下がって髪をかきあげた。仕草の割にその様子はずいぶんと弱弱しい。
「そんな馬鹿なこと無いだろ?確かに俺は前から良くそう言われてたけど、そんなのは気のせいだ。俺は俺だ。そうだよな?」
「クラウド…」
「…ヴィンセントはまだ俺を探ってるのか?」
「……いや」
それはもう終わったはずだった。というより、ティファの言葉によって表面上は終わりを告げたはずである。
しかし、そんなのは無理に決まっている。
なにしろ目前のクラウドには自覚がないのだ。その事実そのものが、ヴィンセントに無理だと思わせる原因だった。
「じゃあ、もう気にしないで良いから」
「どういう意味だ」
「だから―――――」
クラウドは少し押さえ気味の声で、続きの言葉を口にした。
「もう全部のこと、忘れてくれ…」
クラウドの発した最後の一言は、ヴィンセントの頭の中をずっと巡っていた。
結局その言葉で真実は途切れてしまったわけだが、きっとクラウドの中に出来上がった新事実は、クラウドの状況を悪化させたのだろう。悪循環なことに、それは更にクラウドの集中力を欠けさせた。
自分についてそれ以上の真実を探ろうとしないのは、やはり原因を隠し続けなければならないからだろうか。
とにかくそれは、ヴィンセントにとって第二の制御にしかならなかった。
「あの男だけか…」
ティファは“ありがとう”と言ってピリオドを打った。
クラウドは“忘れて欲しい”と言って釘をさした。
結局、2人は真実を見ようとしないまま現状維持を選んだことになる。
しかし夜のクラウドはどうだろうか。
彼だけは違う気がする―――――そんな気がした。
夜。
暗闇に目をやりながらヴィンセントはクラウドのことを思い返していた。
あの、夜のクラウドのことを。
彼の言葉が脳裏をかすめる。
“苦しむのは俺じゃない”
「―――――そうかもな…」
ヴィンセントは呟くと、そっと目をとじて自嘲した。