18:籠鳥の想
好きだなんて、とても言えない。
いつも優しく側にいてくれる…仲間の一人。
あの人に、伝えたい。
本当の気持ちを。
でも――――。
きっと、嫌われる。
好きだなんて、言えない。
その気持ちは邪魔だった。そうして段々と矛盾の波に飲まれ、自分を塞ぎこませ。
その気持ちを消化しようと、心の中で何かが蠢いた。
それは、心という小さなトリカゴの中で。
隣で寝入った愛しい人を見つめ、クラウドはそっと窓の外に目をやった。
外の闇はいつも眺めていたものと一緒で、誰かの心の中で膝を抱えていた自分が見ていた景色でもあった。自分には、この漆黒の闇、夜しか目にするは許されなかったから。
けれど、もう違う。
だって、自分はその人の心を手に入れたのだ。その人は自分の方を選んでくれたのだ。
「俺はお前に勝ったんだ」
最初は馬鹿馬鹿しい奴だと思った。
確実に頭の中に巡る記憶の中で、もう一人の自分は悩み、落ち込んでいった。そうする中で生まれた自分がすべきことは、否定でしかなかった。
自分を生み出した彼を、ひどく憎んでいた。
だから、ヴィンセントが現れたとき、これはチャンスだと思ったのだ。
だってヴィンセントは、表の自分が”想う”張本人だったから。
幸い、ヴィンセントは条件をのんだ。
まさかそうそう首を縦に振るとは思ってもみなかったから、勿論その答えには驚いた。
けれど、これで裏切れると思った。
誰かが口に出せないほど謙虚に見つめているヴィンセントと、羞恥も何もなく身体を重ねられる。自分ならそれが可能なのだ。
本当にそれを望む誰かさんには、到底、真似など出来やしないだろう。
ヴィンセントは、自分の方を選んだ。最初はそれさえ、笑いが込み上げるようなことだった。何しろ、何も想っていない自分のほうが、確実に触れ合えるのだから。
けれど――――――。
それでもヴィンセントは、何も言い出せない誰かの方を、見ていた。それは、とても許せなかった。
どう考えても自分のほうが優位なのに、それでも自分は本当の“クラウド”になれない。
ヴィンセントがずっと拘ってきた“約束”は、自分の為のものではなく、いわば自分を消し去るための“約束”である。
ああ、憎々しい。あの男の為の、約束だなんて。
“アンタさ、その約束ってそんなに大切?”
“アンタにとっては俺なんかどうでも良い存在じゃないのか?”
あんまりに悔しくて、そう口にした。どうでもいい存在だと言って欲しかった。どうせ全ての感情を注がれているのは自分なんかじゃないのだから。
その約束で救われるのは、誰だ?
―――――自分じゃない。
救われるのは、あの男。クラウドを名乗れる彼でしかない。
もしそうして彼が救われてしまうなら、その時自分は、何もなかったように消えてしまうのだろう。
こうして色んな感情を持つことさえ、できなくなってしまう。
自分の存在を、誰も覚えてはいない。この姿を見て、誰もが自分をクラウドと言うだろうが、それさえ違う。
今、この自分を知っているのは、ヴィンセントだけだった。
「俺は生きていたい…」
最初は利用しようとしか思っていなかった。
それでも、その人が欲しくなった。
その人に、ちゃんと自分を認めて欲しくなった。
でも、今更――――――何と言えばいいというのだろうか。
散々、暴言を吐き、酷い事をした。それを今更、受け入れてくれというほうがおかしい。というより、想い始めたことのほうが、おかしかったのかもしれない。
数時間前に、自分を抱き寄せてくれたヴィンセントは、本当に自分を受け入れてそうしたのだろうか。それとも同情だったのだろうか。
優しさというのは、時にそういうことを有耶無耶にしてしまう。だから、本当の心は分からないままだと思う。
けれど、それが本心でなければ自分は確実な“クラウド”にはなれない。
…生きていたい。
消えたくはない。
「俺は生きていたいよ…」
トリカゴの中に閉じ込められたままなのは、もう嫌だった。その扉を開けて、トリカゴを壊してしまいたい。
そして、自分として生きていたい。
昼も、夜も、ずっとこれからも。
クラウドはふと隣で寝入っているヴィンセントを振り返ると、その人の唇にそっと自分のを重ねた。
「アイツを、選ばないで…」
そう呟いてから、肩に顔を埋める。
不覚にも、涙が出そうになった。
きっと今が夜で、誰も自分を見ているものもいなくて、側にはヴィンセントがいたからだろう。
もし――――もし、一つでも間違ったら、自分はいなくなる。
ヴィンセントとこうすることも、できなくなる。
ヴィンセントがそれに気付いてしまったら、きっと終わりなのだろう。
自分を選んでくれなければ、終わりだ。
「生きていたいよ、ヴィンセント」
とうとう、涙がこぼれた。
こんなのは自分らしくない。
こんなのは馬鹿らしいとさえ思っていた。
それでも、今は誰も見ていない。誰も自分の存在など知りはしないから。
たった一つ自分を見ているものがあるというなら、それはきっとこの夜だろう。
いつも目にしていた、この夜だけ。
自分の存在を許してくれた、この夜だけ。