最大の任務:06
ようやく酒場から戻ったのは、午前を二時間ほど回った頃だった。
それはいつもより少し遅くて、さすがに瓶底オヤジも起きてはいなかった。こういう時の為にと秘密の場所に鍵を置いていることを思い出したザックスは、そこから鍵を見つけ出し静かにドアを開ける。
もう眠っているのだから…そう思うと思わず忍び足になり、何だか妙な感覚になった。今日はもう瓶底オヤジに挨拶することはできないからと思い直に二階に上がると、いつものように跡のついたそこに手をついてドアを開ける。
暗い部屋のなか、真っ先にクラウドの存在を確認したザックスは、間違いなくそこにあった姿にホッとして笑んだ。
クラウドはベットの上に寝転がっている。瞼は閉じられていたから、もう既に眠りの中なのだろう。
何もかけずにベットに横たわっている状態のクラウドに、ザックスは適当なものを羽織らせた。布団はクラウドが下敷きにしているから取る事ができない。
そうした後にベット脇に腰を降ろしたザックスは、一気に襲ってきた疲れに眼を瞑った。ルヴィと飲んでいたときは何でもなかったのに、この部屋に戻って安心したのか、妙にダルさを感じる。
「……」
声にならない程度の息を吐き出すと、すっと眼を開けてクラウドを見遣る。クラウドは静かに眼を閉じるばかりでザックスには気付いていない。いや、例え起きていても何の反応も示さないのだろうが。
暗い部屋の中、ザックスはそれでも日課を果たすべく、眠るクラウドに言葉を降らせた。今日の報告をする為に。
「…今日はな、ある建物を解体する仕事をしてきたんだ。ちょっと疲れたかな。でもその建物が…神羅と関わりがあるんだって言うんだ。気になるよな。でも大丈夫だ、そんな危険なことはしない。神羅とミッドガルは俺達にとって、今や敵だもんな」
そこまでを報告したザックスは、少し間を置いた後に、酒場でのルヴィとのことを報告し始める。
「それからルヴィと約束してたから酒場にいって飲んでた。ごめんな、いっつも俺ばっかり。それからルヴィに色々言われて…――――ああ…そうだ」
そこまで言ったザックスは、そういえばルヴィに勧められて受け取ってしまった例のものについて思い出した。あの後暫くは色々と話していて、最終的にはルヴィの天国話をまた延々と聞いていたものだからすっかり忘れていた。
そういえば、ドラッグを受け取ってしまったのだ。
「…これか」
どこにいったかな、そう思って思わず探したザックスは、難なくそれがポケットの中から見つかったとき、何故かホッとしてしまった。しかしそうした次の瞬間には、ホッとした自分に対する嫌悪感でいっぱいになる。
何故こんなものの存在にホッとなどしたのだろうか。こんなものに頼ろうとなんて思っていないのに。
しかし取り出してみたそれを眼にすると、何だか妙に救いのように思えてきた。多分、今この瞬間の環境が影響しているのだろう。
今この部屋は暗くて、その暗がりの中で独り話をしている自分―――多分その状況がそう思わせるのだ。
ふと、ルヴィの言葉が蘇る。
“どこをどうしたら良いのか、そう考えて考えて、でも答えが出ないから煮詰る”
“そんなふうにしてたら、クラウドの病を治すどころか、ザクまで壊れるわ”
「―――――もうとっくだよ、そんなの…」
暗闇の中、ザックスは呟く。
もうとっくに壊れているのだ、本当は。
今迄何度も襲った挫折感や、悲しみや辛さからくる涙が、それを如実に物語っているではないか。壊れていることに気付かないふりをして、何とか自分を維持している…それだけに過ぎないのだ、この今という状況は。
どこをどうしたら良いか?――――――そんなものは分からない。
答え?―――――それを知っていたらとっくに出している。
「……真っ暗だなあ…」
天井を見上げたザックスは、どこに目をやっても暗いままのその空間にふとそう漏らす。
それは多分、この先のことについても同じだった。この先うまい打開策がない限りは、例え毎日を何とかやり過ごしたとしても、未来が真っ暗であることには変わりない。
もしクラウドのこの状況が治ったとしたら―――その時自分がどうするかも、ザックスには分からなかった。
もしそうなったとしたら、その状況はクラウドにとっては真っ白だろう。しかし多分、ザックスにとっては真っ暗なままなのだ。そう思う裏にはやはり、クラウドに対しての感情が動いているのだろうか。…それすら分からない。
ゴロン、とベットに横たわったザックスは、真横にいるクラウドの顔を見つめた。
眼を閉じたクラウドとの距離は、10センチほど。
こんなに近い距離にいるのに、クラウドの事が分からない。自分の言葉を伝えることすらできない。
「……なあ、クラウド」
無意識に伸ばした手が、クラウドの髪を掬った。
「お前は…俺をどう思ってる?」
髪から滑り落ちた指が、頬を伝い、それからゆっくりと唇に触れた。
「俺、本当は……お前の事……」
静かで、暗い部屋の中。
唇をなぞる指先は、ゆっくりとその柔らかさから離れていく。それから数秒の間そこを見詰めていたザックスは、ひどくゆっくりと、見詰めていたそこに唇を重ねた。
暖かさと、柔らかさが、伝わってくる。
それと同時に、何かが心の底から込み上げてきた。
それは多分、罪悪感。
いつもいつも感じていたジレンマや、襲い来る空しさ。そういう数々の苦しさや辛さを感じる本当の自分と、それらを無理矢理に押し殺してきた表層の自分。それがせめぎあうようにしてザックスの心を締め付ける。
それでも今こうしてクラウドに口付けてしまったのはきっと、本来の自分が勝ったためだろう。
駄目だ―――――このままじゃ。
溢れ出てしまう、溢れ出てしまう。このままでは。
「…っ」
焦りが込み上げるのを感じたザックスは、姿を現してしまった本来の自分を抑えるように、唐突にある物を頭に描した。それは先ほど手にしていた例のドラッグで、緩和して欲しいといってルヴィがくれたものである。
いけない、そう思うのに、気持ちを抑えなければと思う気持ちが急上昇してブレーキがきかない。
そしてとうとう、ザックスはそのドラッグを口に含んだ。
―――――――――――何でだよ!?
―――――――――――何でなんだよ、セフィロス!!
―――――――――――そうやって…全部奪っていくのか……
頼む…頼むから、もう…
俺から何も、奪わないでくれ――――――――……
ジン、と響く痛み。
何だろうか、この痛みは。
そう思ったが、そういえば先ほどセフィロスに一撃を喰らったのだったか。
そうだ―――――セフィロス、セフィロスはどこだ…?
床に倒れこんでいたザックスは、先ほど傷を受けたわき腹を抑えながらも、歯を食いしばって前方を見遣った。仰向けに倒れているから顔を上げるのは辛い。しかしそれでも確認しなければ、セフィロスの姿を。
そう思って前方を見遣ったザックスの視界に飛び込んできたのは、長身のセフィロスと、それから……。
「セフィロス…俺の家族を!俺の故郷を!よくもやってくれたな!」
――――――クラウド。
クラウドは、セフィロスを目前にしてその場に佇んでいる。
今回の魔晄炉調査に一般兵としてついてきたクラウドは、久々にこの故郷のニブルヘイムにやってき事に心を躍らせていた。
確かクラウドは、ザックスと同じように故郷を飛び出してからこの方、故郷には一度も足を運んでいなかったはずだ。だから今回は初めての帰還で、その良し悪しはともかくとしても記念の日になるはずだった。
その上今回の任務はセフィロスと同行できる任務ということで、クラウドはそれに関しても何か特別な気持ちを抱えていたようである。
それなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
この視界に映るものは何か。
「俺の悲しみはどうしてくれる!家族…友達……故郷を奪われた俺の悲しみは!あ…あんたの悲しみと同じだ」
ぐっと握りこまれる拳が眼に映り、ザックスはそれに手を伸ばそうとした。駄目だ、セフィロスにそんなことをいっても無駄だ、今のセフィロスに。…そう伝えたかった。
しかしその力が及ばずに、対峙したセフィロスは歪んだ笑みを漏らす。
「クク…俺の悲しみ?何を悲しむ?…俺は選ばれし存在だ。この星を、愚かなお前たちからセトラの手に取り戻す為に生を受けた。何を悲しめと言うのだ?」
響くセフィロスの言葉に、クラウドは悲鳴に近い声で叫ぶ。
ああ…駄目だ、そんなふうにしたって。
そう思うのに。
「セフィロス…信頼していたのに。―――いや…お前はもう俺の知ってるセフィロスじゃない!!」
そう言ってザックスの隣に転がっていたバスターソードを拾い上げたクラウドは、それを握り締めるのと同時にセフィロスに立ち向かっていった。悲しみがそうさせたのか、その瞬発力は凄まじい。
「……!」
――――――――――やめろ、クラウド…!!!
必死にそう叫ぼうとしたのに、声が出ない。
止めなければ…クラウドを止めなければ。
セフィロスに敵うはずなんか無い、あの強靭な力を前にしたら、一撃を喰らわせるどころか逆に殺されてしまう。
駄目だ、それだけは絶対に。
これ以上犠牲なんて要らない。
―――――――――――クラウド………!!!!
何でこんなことになってしまったのか……
頭を旋回するのはそんな事だった。
何故、どうして?
少し前まで、あんなに平和だった。いや、正に昨日までは平和だったのに。